第4話:男たちの恋バナ
『ご乗車お疲れ様でした。第1区画、中央ステーション、到着です。お降りの際は──』
車内アナウンスが流れる。
「レオン、着いたぞ。……どうしたんだ?なんか、ずっとぼーっとしていたな」
「……あぁ、すまない。少し考え事をしていたんだ」
「なんだ、珍しいこともあるもんだな」
レオンは毎年この日になると、5年前の日を思い出さずにはいられなかった。
「まだ少し時間があるな。レオン、このあたりで飯でも食っていくか」
「あぁ、そうしようか」
第1区画、中央リニアステーション──
ステーションから出てくる人々は、一様に足を止め、空を見上げていた。
世界樹の巨大な根と枝が、都市の上空を覆う。ここは、世界樹の生命力を最も強く感じられる場所である。誰もが、その大樹を見上げてしまうのだった。
ユグドラシル領域の中央に位置する第1区画は、その根元に隣接する広大な都市だった。都市でありながら、空気は澄み渡り、風が心地よい。周囲の公園には親子連れの笑顔があふれ、カフェのテラスには和やかに過ごす人々の姿があった。
レオンの目の前に、ふわりと青い粒子の光が舞い、光の輪となって案内ホログラムが浮かび上がった。
「第1区画セントラルシティへようこそ、レナード様。どちらへ向かわれますか?」
「ありがとう。近くで食事がしたい、評判の良い店はあるかな?」
ホログラムの左右に、それぞれ店舗情報のウィンドウが浮かび上がる。
「はい、徒歩5分の場所に『グリーンリーフカフェ』がございます。自然素材を使った料理が人気です」
「また、徒歩10分の場所に『サンシャインテラスカフェ』がございます。新鮮な食材を使ったランチメニューが自慢です」
「まだ開始まで時間はある、サンシャインテラスカフェに行こうか」
皆の表情に、異論の様子はなかった。
「承知致しました。それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ──」
ホログラムはそう告げると、やさしく発光しながら姿を消えていき、カフェまでの道のりが光で照らされる。歩行者向けの総合案内ナビ、LightGuideと呼ばれるシステムである。
この時点で、店への予約が完了し、人数や席の場所も正確に把握されている。光のガイドが店内の座席までスムーズに案内してくれる。この未来の都市では、AIによる効率的な運営が徹底されていた。
ほどなく、店に到着したレオンたちは席に着いた。春の優しい風がテラスを通り抜け、テーブルクロスが軽く揺れている。日差しは柔らかく、グラスや食器がきらきらと輝いていた。
「いい店じゃないか。さすがは、シンクレア製のナビゲーション、店の案内もバッチリだなぁ」
30代半ばの先輩職員が、レオンを見て軽く笑みを浮かべてからかった。
「えぇっ! チーフのご実家はシンクレアコーポレーションだったんですか!」
若手職員は心底驚いた様子だった。
レオンたちは、カフェのテラスでそれぞれ注文したランチを前に談笑していた。レオンは、カフェのテラスで仲間たちと過ごす何気ない時間の中に、これまで気付かなかった温かさと、絆の深さを改めて胸に刻んでいた。
「それにしても、レオンは丸くなったよな。……入所当時はどうなることかと思ったよ」
先輩職員が懐かしそうに笑いながら言った。
「先輩、もう5年も前の話です、よしてくださいよ……」
レオンは恥ずかしそうに苦笑いした。
「そういえば、どうしてレオンは第3区画を志望したんだ? もともと中央研究所配属だったよな」
和やかな雰囲気から一転して、レオンは真剣な眼差しを向けた。
「それは、決まっているではありませんか」
「まさか……セリス主任か?」
「はい、そうです」 とレオンは静かに答えた。
「えっ、チーフとセリス主任の関係って何かあるんですか!」
若手職員は興味津々な様子だった。
「あのな、それどころの話じゃ──」
先輩職員が言い始めたところを、レオンが遮って話をかぶせる。
「あの方は俺の師匠だ。恋愛感情とかそういうことではない。俺はあの方を支え、この第3区画のチームをまとめることが自分の使命だと思っている」
「じゃぁ、チーフは中央研究所を蹴って、セリス主任を追って第3区画に来たんですか?」
「……」 レオンは無言で頷く。
若手職員たちは、一瞬言葉を失い、互いに顔を見合わせた。
「な?惚れてるどころの騒ぎじゃなかっただろ……?」
先輩職員は半ば呆れたような、苦笑交じりの表情を浮かべていた。
「先輩方、私のことよりもご自身のことを心配されては? 結婚奨励金の補助は35歳迄ですよ」
「ぐわぁ、そうだった……」
レオンをいじっていた男性陣は、思い出したようにうなだれた。
別のテーブルでは、若いメンバーが彼女との初デートのプランについて、AIを使うかどうかによる議論を交わしている。
「AIのサポートは当たり前だよ。プランも全部最適なものを組んでくれるし」
「それって便利だけど、味気なく感じないか?」
「でも、俺の彼女からもらったプレゼントはAIのアドバイスを参考にしたらしいけど、すごく嬉しかったよ」
どれだけAIが進化しても、人の恋愛観は千差万別だった。好きな相手と相談しながら決めたいという意見もあれば、失敗したくないからこそAIの力を借りるという意見もある。
「理想の恋愛って、もっとドラマチックなものだと思ってたけどな」
「でも現実は、仕事と生活が忙しすぎて、そんな余裕ないな」
「だからこそ、AIのサポートが必要なんだろ──」
この話題はいつまでも尽きることがなかった。レオンは心の中で、”もっと自分を磨け”と思ったが、それを口にすることはなかった。
「みんな、時間だ。そろそろ会場に向かおう」
──セリスは自分が噂されていることなど知る由もなく、会場へまっすぐ向かっていた。
ユグドラシル中央研究所に隣接する大講堂は、神殿のような威厳ある外観で、この世界の重要な式典が執り行われる場所だった。そびえ立つ白亜の柱が、彼女を迎え入れるかのように静かに佇んでいる。まるで、時間がゆっくりと流れているかのように感じられた。
大講堂の重厚な扉の脇に、生体認証ゲートが光を放っていた。セリスはゲートを通り抜け、無言のまま認証を終えた。
『顔認証、虹彩認証オールクリア。セリス・アマリリス特別主任、ようこそ』
柔らかな光がセリスの足元を照らし、光はメインホールまでの道順を示す。
遠くからは厳かなオルガンの音色が響き渡る。式典のリハーサルが始まろうとしているところであった。
セリスがメインホールに到着すると、壇上から大きく手を振る女性がいた。
「おーい、セリスー! こっちだよー」
遠くからでも目立つ、赤髪のミディアムウェーブ。
ミナ・カシワギ(Mina Kashiwagi)──遺伝工学特別主任。
柔軟な発想を持ち、好奇心旺盛な研究者。第2区画の特別主任研究員である。
彼女は非常に明るく活発な性格だった。セリスとは真逆の性格だが、セリスと同じく苗に話しかけるスタイルで、お互い妙に気が合った。
研究に対しては極めて慎重で、微細な観察力を持ち合わせている。細かな環境の変化や苗の微妙な反応にも敏感で、決して妥協を許さない。
「もう~、時間ギリギリじゃん。大丈夫ー?」
「ごめん、ミナ姉。ちょっと報告行ってくるね」
笑顔で手を振るミナ。家族のいないセリスにとって、ミナは本当の姉のように信頼できる存在だった。
「……所長、遅くなって申し訳ございません」
「おぉ、セリスか、よく来てくれた! 体調に気をつけて、今日の式典をしっかり務めてくれ」
「はい、承知致しました。お任せください」
所長は軽く頷き、にこりと微笑んだ。
『只今より、入社式リハーサルを始めます──』
会場のアナウンスが響き、リハーサルの開始の案内が流れた。
『新入職員、ならびに辞令交付対象の皆様は、座席にご着席ください』




