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AI世界樹:ユグドラシルと呼ばれた生命  作者: Kamemaru
1章:ユグドラシルの世界
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第3話:変わり者ふたり

──5年前の今日、中央研究所2階のメインホール会場に、特別主任研究員が顔を揃えていた。この特殊な役職は、各研究分野のエキスパートから選抜され、更にそのトップである称号だった。

 7つの区画に、一人ずつ配属されており、彼らには配属区画の研究所の全権限が与えられていた。


 特別主任研究員7名、各区画の本部長、そして研究所長が一堂に会していた。

 懇親会に招かれた新入職員たちは、誰もが緊張を隠せない様子だった。

 所長挨拶が終わり、懇親会は立食ビュッフェ形式のパーティーへと移った。

 新入職員たちは、特別主任たちをまるで英雄を見るかのような眼差しで見つめていた。彼らにとっては、子どもの頃から憧れていたトッププレイヤーだ。誰もが興奮を抑えきれず、我先にと話しかけていた。



 レオンは、新入職員でありながら、一人異質な雰囲気を漂わせていた。まだ学生の面影を残す真新しいスーツ姿の新入職員たちの中で、フォーマルスーツを完璧に着こなし、長身にオールバックというスタイルである。幹部職員と談笑をしつつ、周囲を注意深く観察している。


”第1区画特別主任は……あの人か。アレク・ヴァンデル……”

 アレクもまた、レオンと同じく長身でありながら、大柄な体格をしていた。鋭い目つきと、短く整った黒髪と顎髭あごひげが特徴。よわい50にして覇気の衰えは全く見られない。


 初対面でアレクと対面すると、誰もが怯む……。が、レオンは全く動じず歩み寄っていく。周囲にいた者たちは自然と静まり返り、互いに視線を交わすと、誰もが一歩引いてレオンに道を譲った。

「あぁ、君がレナード・シンクレアか」

 アレクの声が低く、重く響く。瞬間、レオンの背筋は凍りついた。しかし、レオンは怯みを引きずる男ではなかった。

「はじめまして、アレク・ヴァンデル特別主任。お会いできて光栄です」

 レオンの声はアレクとは対照的に、青年らしい澄み渡った響きが際立っていた。

「君のことは聞いているよ……。中央研究所の志望なんだってね」

「はい、その通りです。期待を裏切らないよう、全力で取り組む所存です」

 アレクの鋭い眼光の中に、わずかな微笑みが見えた。

「君なら大丈夫だろう。頑張ってくれたまえ」


 周囲の誰もが、彼らの会話に注目していた。

 この時、セリスも暫く彼らのやり取りを見守っていたが、淹れたての紅茶を手に取ると、すぐに彼らのことは眼中から消えていた。香ばしい紅茶の匂いに、茶葉の産地(ユグドラシル)へ思いを馳せていた──



 翌日、第1区画の中央都市では、ラボの新入職員で賑わっていた。新生活の準備をする者や、ユグドラシルの観測施設を見学する者、観光やショッピングを楽しむ者など、様々である。

”まるで旅行者のようだな。いい気なもんだ……”

 レオンは、幼少期から厳しいエリート教育を受けて育った。努力を怠った日など、一日たりともなかった。

 研究員になったと浮かれている同僚たちが、この上なく、のんきに感じられてならなかった。

 若くして幾度も成功を収めた彼の心には、いつしか傲慢さが芽生えていた。実際には孤独感に苛まれていたが、彼はそれを決して認めようとはしなかった。


 この日は、第1区画の中央図書館を訪れていた。図書館には、広大な空間に書籍が整然と並び、座席にはホログラムディスプレイが備えられている。読んでいる本の内容に応じて、参考情報がホログラムに映し出される。紙面や文章の気になる部分に対して、AIが瞬時に資料を作成し提示するサービスが人気を博していた。

 また、座席には様々なタイプがあり、ホログラム閲覧専用席など、デジタルコンテンツに特化した席も設けられていた。レオンはデジタル特化席ではなく、自然光が差し込む窓際の一般席へ向かった。そこは自然光が差し込み、書籍棚が近く、必要な本をすぐに手に取れる場所だった。



 しかし、レオンのお気に入りの座席には先客がいた。机に何冊かの本を積み、読書に集中しているようだった。

 狙っていた席はしばらく空きそうになく、レオンは仕方なく隣の席に移った。

”いつも空いてるのに……誰かと思えば、第3区画の特別主任研究員、セリス・アマリリス”

 セリスもまた、空いた時間を利用して、図書館で研究資料の調査に没頭していた。

 ふと、積まれた本を見ると、自然研究や最新科学に関する本ばかりだった。


”52期の首席にして、なぜか第1区画ではなく第3区画の配属を希望した、変わり者……か”

 レオンが席に座ろうとしたその時……。

”あの本は……!!”

 セリスの手元に置かれた1冊の小説に目が留まった──

『樹霊のささやき(Whispers of the Tree Spirit)』

 それは、樹の精霊が主人公の少年に語り掛ける物語。

 主人公の少年は、森に棲む精霊と会話ができた。精霊との対話を通じて、徐々に自然の摂理せつりを理解していく。そして、科学技術では解決できなかった、大自然と人類の、共存の道を探求する物語ストーリーだった。

 この小説は、少年時代のレオンに多大な影響を与えた1冊だった。



 レオンは強気な心を抱きつつも、自分が好きな小説のファンがいることに、僅かながら親近感と嬉しさを感じていた。

”……挨拶しておいて損はないだろう”


「こんにちは、読書中にすみません。セリス・アマリリス特別主任ですよね?」

「……あら、こんにちは。レナード君でしたか」

 セリスは読みかけていたサイエンス情報誌を閉じると、ホログラムがすっと消えた。

「覚えていただき光栄です。昨日の懇親会ではお話できなかったので、お会いできて嬉しいです」

「うん、ありがとう。君も、昨日はお疲れ様でした」


 少しの沈黙が流れた後、セリスは再び情報誌を開いて読み始めた。人見知りではなかったものの、口数は少なく、人との会話は得意ではなかった。

 セリスは紙面に視線を落としたまま口を開く。

「そういえば、君は55期首席なんだってね」

「はい、その通りです。先日、中央研究所配属の辞令をいただきました」

 レオンの言葉は丁寧だが、その話す仕草と表情には”当然だ”という自信が滲んでいる。



「どうしてユグドラシル研究所に?君はたしか、Sinclair Corp.(シンクレアコーポレーション)のご子息だったよね」

 シンクレアコーポレーションはユグドラシルの総合素材メーカーであり、建築資材や超電導リニア、観測ドローンに至るまでの素材供給を一手に担っている。ユグドラシル領域では旧来の素材は使われず、ほとんどが自然植物由来の素材で、それらはバイオマテリアと呼ばれていた。

 ユグドラシルの都市や研究所のあらゆる部分にバイオマテリアが使われている。レオンは跡継ぎとして、企業人としての英才教育を受け、自然素材工学と経営学を専攻していた。


「その通りです。もともと俺は、科学者になるつもりなどなかった……」

「え、それはどういう──」

 セリスが言いかけたところで、レオンは彼女の手元にあった小説をさっと拾い上げた。

「あっ……なにをっ!」

 不意を突かれたセリスは慌てて手を伸ばしたが、すでに遅かった。



「この本が、俺の人生を変えたんです」

 若年層向けのファンタジー小説を片手に、彼は真面目な表情で話し出した。

「この少年(主人公)の問いかけは、いかにも稚拙に見える……けれど、核心を突いている」

 セリスは面食らった様子で、無言のままレオンを見つめていた。

「大自然と共存する世界というものを、ほとんどの人は理解していない。AIの解析結果を鵜呑みにし、分かったつもりになってる者ばかりだ……」

 彼は、どこか独り言のように語った。

「誰も、深く探求することも、求めることもしない。人々は皆、この少年のように探求心を持ち、思考することが必要なんだ」

「いや、でもフィクションだから……」

 彼はセリスの言葉を遮るように、すかさず言葉を重ねた。

「確かに作り話かもしれない。しかし、シンクレア製のユグドラシル環境保護シールド、この最新型の着想は、この作品の精霊の言葉から着想を得て開発に辿り着いた。当時は学生だったが、社内の開発ミーティングに参加していたのでよくわかる」



 レオンの話は止まらなかった──

 彼は家業を継がず科学者の道を選んだとき、厳格な父の大反対があった。父は息子に家業を継がせたかったのだ。

 しかし、息子は父の反対を押し切り、『科学者として世界を変える』と宣言して家を出た。当然、この小説のことは誰にも言えず、彼の中でもどかしさが募り続けていた。

 同じ小説に感銘を受けたと思われるセリスに、感情が抑えきれず、想いをぶつけてしまった。


「著者C.Maris、もちろん本名ではないだろう。──AI、この本の作者の詳細は?」

 ホログラムには赤文字で『機密(Secret)』と表示されている。

「あなたも気になりませんか? この作者がなぜ、機密扱いなのか……。俺は、中央研究所の上級研究員だと思っている」

「どうして、そう思うの?」

 冷静なセリスに対し、レオンの目には熱意が宿り、その眼差しは真剣そのものであった。



「人々は、科学技術に依存しすぎている。皆、AIの言葉や判断を疑わずに信じ切っている。この本は、理論に偏りすぎた研究員たちへの強烈なアンチテーゼだ」

「……」 セリスは恥ずかしそうに、頬をほんのり赤らめた。

「俺はこの世界を救うと決めた。真に自然と向き合う哲学を与えてくれた作者()の心を胸に、俺はトップを目指す。もし、研究所で会うことが叶えば、俺は”彼”を支えるために従事したい」

 セリスは頬を真っ赤に染め、うつむいてしまった。

「……もう、それくらいにしてくれないかな」


”なにか、癇に障ることでも言ってしまったか? いや、怒っているわけではなさそうだ……”

「え……まさか!」

 レオンは、真剣な表情のまま固まり、大きく目を見開いた。

「うん……。それ、私が書いた本なんだ……」


──この時の衝撃を、彼は生涯忘れることはできなかった。

 翌日、レオンは第1区画の中央研究所に出所初日でありながら、配属辞退を申し出た。

 彼の希望は、第3区画研究所だった。

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