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第9話:親友

 第3区画研究所の会議室、この日は本部運営会議が行われていた。

 区画内の運営方針、課題管理や進捗確認を目的として開催される。しかし今回は、セリスが先日の調査で体験した違和感についての調査結果が報告されていた。

「君の報告内容はわかった。だが調査チームの報告を聞く限り、ユグドラシルに何も異変は無かった」

「……あの時、私は確かに違和感を感じたのです」

 セリスは苛立ちを募らせていた。

「その”違和感”だが、君のLLリストとドローンとの通信記録にも、周囲の監視記録にも、何も変わったことはない」

「確かに計測値には異常はありませんでした、しかし……」

「また君特有の感覚の話か、これ以上個人的な感情で発言することは控えなさい」

 セリスは静かに、こぶしを握り締めていた。



 本部長の男が口を開く。

「セリス主任、君の気持はよくわかる。ひとり洞窟の中、リストの不具合で急に暗闇に閉ざされれば混乱もするだろう」

「ですが、私はその前から……」

「既に、例の洞窟とその周囲も、調査班にくまなく調べさせた。異常は何もなかったし、調査班の誰も違和感など感じなかった」

「……」

 誰もセリスの違和感に理解を示そうとする者はいなかった。彼女の違和感を裏付ける証跡は何もなく、仕方がなかった。

「今回発見された洞窟は、ドローンの定期監視の対象に追加しよう。何かあれば君にも知らせるよ。皆もそれでよいか?」

 一同に異論はなかった。セリスは、本部長に頭を下げた。

「はい、承知致しました。この度はお騒がせしてすみませんでした」

 セリスにとって、珍しいことではなかった。昔から感じる植物の動向を、うまく言語化することができない。センサーにも何も反応しておらず、話しても伝わらない。彼女はそれ以上、この件に発言することなかった。



「あぁ、それと君のリストのことだが。不具合や故障などは見つからなかったそうだ。念のために、新しいもの変えさせようか?」

「いえ、それはには及びません。細かい調整に時間が掛かりますし、なにかあれば報告致します」

 そう言うと、セリスは会議室を後にした。


 普段の寡黙な彼女に戻っていたが、言葉が喉元まで出かかっていた。

”私たちはユグドラシルと共に世界を救う使命を持っているのではないのか、どのような些細なことでも、究明するべきなのに……”


「セリス主任!大丈夫でしたか、どこかお怪我などないですか?」

 レナード・シンクレア、彼はセリスのことを師匠と仰いでおり、今回の騒動も気になって仕方がない様子であった。

「えぇ、ありがとう。ちょっと掠り傷を負っただけだよ」

「傷口が広がってはいけません。ゆっくりなさってください。……ところで、会議の様子はいかがでした?」

「……先日発見した洞窟だけど、調査班の報告は、これといって変わったことのない空洞だったらしいわ」

「本部の判断も、過去の蓄積から見たら妥当なんでしょう。けど、現場には理屈では割り切れない何かがあるかも……」

「ええ、だから私が見る」



 第3区画の研究者たちは、ユグドラシルとその周囲の成育環境の監視とコントロールを担ってきた。彼らにはユグドラシルを長年守ってきた自負があった。彼らの徹底した観測データの分析により、トラブルを未然に防いできた。

 しかし、彼らはデータに基づかないセリスの話しに共感する者は少なかった。感情や憶測で物事を判断しない彼らにとって、それは当然のことであった。


 セリスはラボの端末を操作しながら、どこか楽し気な表情を浮かべていた。

 ユグドラシルの観測分析データを見ながら、既に機嫌を取り戻したようだった。


 レオンはセリスの横顔をチラッと見ながら、ほんの一瞬何かを言いかけたが、結局何も言えなかった。

 彼女の視線の中に自分が居ないことを、少し寂しく感じていた。

”あなたはいつも……ユグドラシルのことばかりなのですね”

 彼は何も言わず、そっとその場所を離れた──



 気が付けば夜も更け、ラボにはセリスが一人残っていた。

 リストのバイブレーションが震え、画面には着信の通知が表示される。

 着信中:ミナ カシワギ

「ミナ姉、どうしたの?」

「セリス元気してるー?って、まだラボにいるの!?」

「ええ、もう帰り支度するところ」

「そっかー、無理しないでよ」

「ありがとう。ところで、何か用があったの?」

「用ってワケじゃないんだけど、次の休みにそっちに遊びに行こうかと思ってー」

「……」

 性格は全く違う二人だったが、彼女たちは妙に気が合い、お互いの区画に遊びに行く間柄だった。二人の植物に対する関心は人一倍強く、雑談の中にも学ぶべきことが多かった。特に、ミナはこの時代には失われた植物、”ロスト・プラント”に関する文献収集に精を出していた。

 しかし、セリスは先日の洞窟調査の件が気になっていた。



「ミナ姉ごめん、今はちょっと調べたいことがあって、お茶する時間ないかも」

「そうなんだ、なにかトラブル?よかったら話聞くよー」

「うん……実はこっち(第3区画)の森林調査で、ユグドラシルの根を調べてたときに、洞窟を見つけたの。その時、なぜか違和感を感じてて……」

「そうなんだ。その時は何もセンサーに検出されなかったの?」

「ええ、周囲にも洞窟にもなにも反応は無かった。でも私にはあそこに何かがある気がするの」

 ミナの表情が変わった。研究者としての真剣な眼差しだった。

「うんうん。調査班は派遣されたの?」

「何度か派遣されて、詳細に調べたらしいけど……結果はオールクリア。何にも無かった」

 ミナはここまで聞いておや?と思った。セリスらしくなかったからだ。

 セリスは慎重な性格ではあったけれど、誰よりも早く現場へ赴き、気になったことはすぐに調べないと気が済まないタイプだった。


「洞窟で、何かあったの?」

「実は……あの時LLリストのAIが停止したの。調査班は何もなかったようだけど……」

 ミナはセリスの表情を見て、彼女の恐怖心を理解した。

「なにそれ、気になるじゃん。私も行っていい!?」

「えぇ!?それは心強いけど、大丈夫なの?」

「休暇中にそっち(第3区画)の見学に行くって上に報告しておくよ」

「ミナ姉、ありがとう」

「まかせときなよ!二人で自然保護区の観察に行くの久々だねー」

「うん、2年ぶりだね」

「私も、第3区画の保護区は滅多に行かないから、楽しみだよ」

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