第87話 連合チームへの勧誘 その4
「それじゃあ投げますねー、原塚さーん!」
「……ああ、わかった。さあ来い!」
オレは御野ヶ島高校野球部の原塚さんを打席に立たせ、その後ろに座っているしょーたに向かってボールを投げようとしている。
制服の上着を脱いだだけの服装だからちょっと投げにくいけど、まあこれくらいの方が丁度いい。
オレの……オレたちの目的はあくまでも原塚さんにバッティングの楽しさに目覚めてもらって連合チームに参加する気になってもらうことなのだから。
というわけでいつも通りにノーワインドアップから投球モーションに入って、左腕をしならせながら振り抜く!
「うりゃああっ!」
ズバンッ!
「フンッ!」
ブオンッ!
ど真ん中に投げたのに豪快に……というかボールがキャッチャーミットに収まってからスイングがベースの上を通過してる。
原塚さんは『やっぱりな』と言いたげな諦めに近い表情で呟く。
「……噂通り、というかそれ以上……自分の想像を遥かに超えるスピードだった。全然振り遅れてるし、とても打てる気はしない」
「いやこれからですって。必ず打てるようにしてみせます!」
と言ったがそんなに簡単ではない。
だけど……ポテンシャルは十分にあると思う。
まだ目と身体の反応がついていってないが、初見で振り遅れとはいえ反応はできているし豪快なスイングまでしている。
それに筋肉ムキムキで身体能力が高い……元体操選手だけに。
もっと大きな問題はドアスイングな上に始動も遅いバッティングフォームにあると思うんだよな。
ちなみにドアスイングとはバットがグリップを支点に扉を開けるような軌道を描いてヘッドが外に大回りしてしまうスイングのことだ。
だけどこの場で矯正は無理だろうから……このまま打たせてみせる。
もちろんオレは手加減しないよ? まあ準備不足でこの格好だからいつもの7割くらいの出力だけど。
「原塚さーん! ちょっとお願いが」
「お願いって? 何をさせられるんだ?」
「そんな大層なことじゃないです。オレのいう通りに構えてほしいだけなんで」
「……どうすればいい?」
「まずは……両腕をそのままの高さで思いっきり後ろに引いてください」
「こ、こうか?」
「次はバットの先を頭に近づけてください」
「……これだと振り始めが余計に遅くなるのでは? 後ろに倒した方が早く当てられると思うのだが」
「……理屈を説明すると長くなるので一度やってみてください」
渋々とその通りに構える原塚さん。でもいい感じになってきてる。
「最後に左足を少し前に出してください」
「……な、なんかこれ、見づらいし打ちにくくないか?」
「そんなことはありません。クローズドスタンスっていう打ち方の一つです」
「うーん。これくらいでいいかな」
さてそれじゃまたど真ん中に投げよう。バットに当てられるのを信じて……なんかおかしいけどまあいいか。
「投げます!」
オレがボールをリリースする直前にしょーたが叫ぶ。
「もうバット振り始めて!」
「ええっ!? あ、うん!」
戸惑いつつ始動する原塚さんにオレは投げ込む!
「うりゃああっ!」
「フンッ!」
ガコッ!
バットにボールがカスって、キャッチャーミットにバシッ! とそのまま収まった。
うっしゃ! 前には飛ばなかったがいい感じのファウルチップだ!
「な、何故だ! 今までどんなに急いで振っても全く当たる気配も無かったのに!」
「あとでまとめて説明します。そのスイングを忘れないうちに3球目いきますよ!」
「あ、ああ。えーと、こうだったな」
「うりゃああっ!」
「さっきと同じタイミングで始動……フンッ!」
バシィ――ンッ!!
アウトコースのストレートを芯で捉えた会心の当たり!
打球は……丁度ライトポールに相当する方向へ向かって低い弾道でミサイルみたいに飛んでいった!
なかなか落ちなかった打球だが、球場ならフェンス間際まで飛んだあたりでようやく失速して落ちていった。
「す、凄い。あんな当たり、というかトスバッティング以外で前にマトモに飛んでいったこと自体が初めてだ」
「どうですか? ちゃんと打てるようにしたでしょ?」
「いったいどうやって。自分でも信じられない」
「わ、ワタシにもお願いします。今までの自分の指導では考えられないことなので」
「ああ、えーとですね」
「オージロウくんは説明が下手だから代わりに説明しよう。いいかい?」
「うーん。わかりました古池監督」
なんか美味しいところ持ってかれた気もするが、まあいいか。古池監督はコホンと軽く咳払いしたあとにゆっくりとした口調で説明し始める。
「まずは指示通りにやってもらった構えについて説明します。最初に両腕を後ろに引いてもらったのは、トップの位置を早く決めてもらいたかったから、です」
「トップの位置、ですか?」
「バットを振り始める直前のグリップの位置、という意味で今回はとらえてください。それが早く決まらないとその分始動が遅れます」
「そうでしたか……自分ではそう感じていなかったので」
「まあそれは置いといて、普通はテイクバックしてからトップの位置に入るのですが……原塚くんは力を込めようと必要以上に引く上にトップが定まっていないようでしたので。こちらで適当な場所にいったん決めさせてもらいました」
「な、なるほど。でもなぜあの位置なのですか?」
「適切な位置は人によりますが……原塚くんの場合は左脇ができるだけ開かないように、あえてあの深さにしたんです」
「先ほどおっしゃっていた『ドアスイング』ってやつのことですか?」
「正確には両脇が開くことでそうなりやすい、だけどね。そして次の指示……バットの先を前に向けるのも一応そうだね」
「それはサッパリわからないです。必要性が」
「まずは伸ばし気味だった右肘を曲げさせるため。でないとインパクトの時に力が伝わりにくい。それにそもそも……」
「は、はい」
「後ろにバットを寝かせ気味にしたあの構え、原塚くんの場合は力任せに振ろうとして余計にバットが大回りになってたから。前にした方がむしろ自然にバットが出たでしょ?」
「確かに言われてみれば」
「最後にクローズドスタンス。あれは前への重心移動をさせるためと、身体が早く開くのを抑えるため」
「うーん。よく分からないです」
「これまでは後ろ足に重心が残ったまま駒みたいに回っちゃって、あれだとやっぱり力が伝わらない。だからちょっと構えが傾く感じにして無理やり前に突っ込ませるように仕向けたってところかな」
「……それも確かにそうですね」
「そして開くのが遅くなった。最後は左足がオープンになってたけどインパクトの瞬間までは開ききってなかった」
「そ、それじゃこれでドアスイングは直ったってことですか?」
「いや。まだそこまでは改善していないよ。今回はあくまでも『アウトコースを打てるようにしてみた』だけってとこだね」
「なぜアウトコースなんですか? 意味がよく分からないです」
「ドアスイングは外から大回りでスイングする。つまりバットの芯はアウトコースの方が通りやすい。ドアスイング唯一にして最大のメリットは遠心力を生かしたパワー……それと原塚くんの身体能力があの速度の打球を生み出したってわけさ」
「わかりました、それで納得です」
さすがは監督、オレやしょーただとあんなに筋道立てて説明できない。
そしてあんな凄い打球を打てたんだから原塚さんもその気になっているはず。ここで押しまくるぜ!
「さあ、オレたちと一緒に甲子園を目指しましょうよ!」
「……待ってくれ」
「な、何をこの期に及んで!」
「すまない。一度野球への気持ちが切れかけて、またこうなって……気持ちを整理させてもらいたいんだ」
「だ、だけど」
「慌ててゴリ押ししちゃダメだオージロウ。また失敗するぞ?」
「しょーた。すまねえ、また間違えるところだった」
「私たちは待ってますから。気持ちが整理できたら連絡をください。どのような結論でも構いません。上中野監督もそれでいいでしょうか?」
「アタシは構わないよ。この件はアンタに任そうかね」
「ありがとうございます、古池監督、上中野監督。遅くてもゴールデンウイーク明けには返事をします」
オレたちは見送ってくれた原塚さんたちに別れを告げたあと、少し急ぎ足で丘を降りていく。
あてが外れるか否かはまだ分からないが……今は定期連絡船の次の出発時刻に間に合わせることで頭がいっぱいだ。
何とか間に合ったオレたちは期待と不安が混ざった気持ちで帰路についたのであった。




