第72話 エース登場
「スマンなタケシ。こんなに早く出させてしもうて」
「別に気にせんでいい。今日勝てば夏のシード権が手に入る……ここで頑張った分、次の試合は休ませてもらうだけのこっちゃ」
ブルペンから小走りでマウンドに来たのは、投手としては比較的小柄な……といっても170センチは何とかあるかな?
だけど体格はユニフォームを着ててもわかるくらいガッチリしている。肩幅広めで逆三角形っぽいというか。
そして精悍な顔つきが強い精神力を表しているかのようだ。
あれが橘商業のエース山之口さんか。オレたちは遂に引きずり出すことに成功したのだ。
さて、どんなボールを投げてくるのかワクワクが止まらない。いやオレだけじゃなくてウチのベンチからも……塁上にいる大岡としょーたも視線をマウンドに集めている。
だが……投球練習では肩慣らし程度のボールだった。
「フンッ!」
バスッ!
「エエぞタケシ! 良い回転のボール来てる!」
クソッ、もったいつけやがって。気がはやりつつも改めて左打席に立ってから、オレはなんとなくバットをぐるっと回して構える。
別にルーティーンってわけじゃないけどなんとなくしっくりきた。さあいつでも来い!
ここで相手キャッチャーの吉高さんがオレの出鼻を挫くように話しかけてきた。
「お前らやるな〜! 今日はタケシを投げさせずに済むのを期待してたが……まさかここまで早く引きずり出されるとは」
「それはウチのことナメ過ぎじゃないっすか?」
「そういうこっちゃな。だけどこっからはもう得点を許さんでなぁ……!」
かなりの自信だが……いやこれ以上はやめておこう。
山之口さんはセットポジションでランナーがいる1、2塁の方に……あまり見てねーな。
こっちを……いやキャッチャーミットだけをまっすぐ見ているかのような目つきだ。
だけど何故か隙が見当たらない。うっかり飛び出すと刺されそうな、そんな静かな殺気みたいのが漂う。それを感じ取っているのかランナー二人ともそれほどリードを取っていない。
オレまで緊張してきた……いや飲み込まれないようにしないと。ここはあえてグッと睨み返す。
足が上がった。牽制する気はなく、そのまま投げ込んでくる。
体格に見合わない大きなストライドで踏み込んで、右腕を地面に叩きつける勢いで振り下ろす!
「フンッッ!」
ど真ん中!
ズバンッッ!!
「ストライク! ノーボールツーストライク!」
……ど真ん中だって思った瞬間に、もうキャッチャーミットに収まってた。
嘘だろ。こんな感覚初めてだ。ボールを見極めてバットを振る、それができなかった。
「タケシのボールはまだまだこんなもんじゃないからな〜!」
クソッ、吉高さんに煽られてる。
だからってせっかく作ってもらったチャンスをむざむざ無駄にするわけには行かねーんだ。
次は見えた瞬間に振っていかないと。ストレートならそれで当てられるはず。
せめて進塁打だけでも。オレはバットのヘッドが少しでも早く出るようにといつもより小さく構えて待つ。
2球目…いや実際には3球目。
山之口はさっきと同じく上半身ごと地面に倒しながら右腕を叩きつける!
「フンッッッ!!」
またど真ん中! もらった!!
「うりゃあああっ!」
ブンッッ!!
……パシッ!
「ストライク、バッターアウト!」
「オージロウくん、すごいスイングだったけど……ちょっと力み過ぎだったんちゃうかな〜!」
吉高さんのキャッチャーミットは真ん中低めでボールを捕っていた。
もしかしてチェンジアップか? 完全にタイミングをずらされて……ボールの変化すらちゃんと見れてなかった。
「どんまいオージロウくん! こういう時もある。まあここは先輩に任せたまえ!」
落ち込むオレを慰めてくれた別府さんは、徹底的な右打ちで粘ろうとしたのだが……。
「ストライク! バッターアウト!」
配球は全てストレートで、最後は外角高めに完全に振り遅れていた。
そして4番白城さんが珍しく気合いを入れながら左打席に立ったのだが。
「バッターアウト! スリーアウトチェンジ!」
バットコントロールの上手い白城さんだが、2球目を当てたもののファウルゾーンのポップフライでキャッチャーに捕られて終わった。
「……捉えたと思ったらバットの上っ面だった」
ウチの中軸まで簡単に打ち取られるなんて。
ベンチから見ていて思ったのは、本当に真っすぐキャッチャーミットに吸い込まれていくというか。
初速と終速にほとんど差が感じられない。あのボールを計測したらいったいどれくらい出るんだろう……。
絶好のチャンスを完全に抑え込まれたオレたちは重い雰囲気のまま守備につくことになってしまった。




