第64話 暴れ球の攻略
「オージロウくん! まずは出塁して勝ち越しを狙っていこう!」
6回裏の攻撃で先頭打者として左打席に入ろうとするオレの背後から別府さんの声が聞こえてきた。
チラッと振り向いて軽く頷き、そのまま打席に向かう。
マウンドにいるのは津々木マイク。
ヤツはオレにタイムリーヒットを打たれて以降はフォアボールひとつだけでヒットを許していない。
というのも配球をガラッと変えてきたから。
制球のいいナックルカーブ主体にして時折暴れ球のストレートを投げ込んでくるという具合で、いつストライクゾーンに入るかわからない剛球を打ちあぐねて狙いが絞りづらいのだ。
どうしようかな。ストライクを取りに来たナックルカーブに絞り確実にミートすべきか。
だけど今の津々木から連打を打つのは難しいからむしろホームランの方が点を取れる……いやこれは言い訳だな。
オレの本音は……あの暴れ球ストレートをスタンドに放り込みたいのだ。
打席で見るとゾクッとする威力だけど、その分打った時の快感はこれまでにないものに違いない。ふふふ。
などと考えている間に津々木は投げる準備が整ったようだ。
オレもグッとバットを握り力負けしないように重心を心持ち下げて迎え撃つ用意をする。
ヤツはオレを鋭い眼差しで睨みつけてから振りかぶり、踏み出した左足を踏ん張ると一気に右腕を振り下ろした!
「ぉらあっ!!」
……内角……カーブか!?
パシッ!
「ストライク!」
肩口から膝に向かって大きく曲がり落ちてきたカーブ。
やっぱりこれでストライクを取りに来たか。
津々木は野球マンガのように気持ちで力任せの勝負なんてことはしてこない。強豪私学の投手だからやっぱり安定したピッチングが求められるのだ。
だからといってオレの狙いに変わりはないけど。
さて2球目は……。
「ぉらあっ!!」
外角バックドア、ストライクのカウント稼ぎのカーブ!
だけど……。
「ボール!」
ギリギリを狙ったボールはわずかに外れた。この辺は球審の上中野監督のストライクゾーンを把握してるオレたちの方が若干有利かな。
さて3球目はどうする。またストライクを取りに来るか、それとも……。
「ぉらあっ!!」
ズドンッッ!!
「ボール! ツーボールワンストライク!」
来たよ暴れ球ストレート!
でも外角高めに完全に外れたのでオレは余裕を持って見送った。
やっぱり相手キャッチャーは制球が不安定な剛球を内角に要求しづらいらしく、基本的に真ん中から外側に投げ込んでくる。油断はできないけど。
で、当然オレの狙いは外角寄りで甘く入ってくるボールだ。だから普段よりちょいホームベース寄りに構えている。
さて4球目はどうするんだろう。ボール先行だし、オレの狙いは分かってるとは思うんだけど。
「ぉらあっ!」
内角……もちろん膝に落ちてくるナックルカーブ!
バシィーン!
「……ファウル!」
思いっきり叩くように引っ張ったライナーは強烈だった……が窮屈な姿勢だったからかファウルゾーンに打球は切れてスタンドで強く跳ねた。
「いいぞオージロウ! その調子でいけー!」
「アイツまたあんな打球を……切れて助かった〜!」
ウチのベンチから押せ押せの声が、対照的に向こうからは安堵の溜息が伝わってくる。
試合前はここまで白熱した戦いになるなんてお互い思っていなかったが、ここまで来たらウチも勝ちを狙いにいくし向こうも負けられない。
それはともかくカーブの軌道はもう見切れたかな。外角のバックドアでも甘く入ってきたら……!
ここで津々木がオレの顔を見てきた。今までと違って睨むというよりも何か覚悟を決めたみたいな視線だ。
まあオレは何処に何が来ても確実に捉えるために全集中。
そして5球目……少し間を置いてからおもむろに投げ込んでくる。
「ぉらあっ!!!」
内角に暴れ球ストレート来た! けれど。
「うおっと!」
ドスンッッ!!
「ボール! スリーボールツーストライク!」
内角低め……というか膝上あたりに向かってきた剛球を腰を引いて寸前で避けた。
ふう。当たってたら膝がヤバかった……だけど津々木のヤツ、覚悟と言っても中途半端だったな。
もっと上の場所……オレの得意な場所と紙一重に攻めないとオレは仕留められないよ。
……アドレナリンでも出てるのかな、我ながらちょっと興奮していると思う。
さて、得意なコースに来てくれなかったのは残念だが次で勝負を決めよう。
今度は違う方へ視線を向けながら投げ始めた津々木には、投げられるボールは決まっているからだ。
オレは姉ちゃんのやり方をちょいと真似させてもらうことにした。
そして6球目……。
「ぉらあっ!!」
狙い通り、外角低めストレート!
「うりゃああああっ!!」
バシィーーッ!
甘く中に入ってきたボールに踏み込んで芯で捉えた!
でも角度と威力はある……オレは腰を鋭く回転させてヘッドの遠心力を最大限にボールにぶつけたのを、更に押し込んでいく!
「……りゃああーっ!!」
バシィーーーンッ!!
全力でセンター方向へ打ち返した打球は放物線を描きながらフェンスへ向かっていく。
確信歩きはちょっとできない打球速度だから全速力で1塁を駆け抜けないと……でもちょっとだけ見ようかな。
相手センターがフェンスの手前で見送るような姿勢で背中を見せている。
その向こう側へと上空から落ちてきたボールがポーンと跳ね、小さなバックスクリーンも飛び越えていくとセカンド塁審が腕を回し始めた。
「いよっしゃあ!」
ついに! ついにあの剛球から勝ち越しホームランを!
実はまだちょっと手が痺れているけど……全力を込めてスタンドに運んだホームラン、オレは飛び跳ねたいくらい嬉しくてたまらない。
だけどなんかガッツポーズをする気にはなれなかった。割とギリギリの勝負だったからかな。
「オージロウくん! ナイスホームラン!」
ベースを1周して戻ったオレは別府さんに背中をポンと叩かれ、それからベンチに戻っても手荒く祝福されたのであった。




