第62話 肝心なところで
パシッ!
「セーフ!」
「そんなヌルい牽制球じゃあねえ〜!」
言いたい放題言いやがって!
オレは1塁ランナーの木崎がリードを大胆に取るのを我慢できず既に2回牽制球を送った。
しかし余裕で帰塁される始末……練習はしてきたが、いざ実戦となるとボークが気になってしまう。
今のオレにできるのはセットポジションから右足を上げてそのまま1塁へ踏み出すだけの、本当に牽制するだけのものだ。
週明けからもっとテクニックを練習してやる……いやまずは目の前の状況を何とかしないと。
相手の4番・津々木は1打席目と同じくややホームベースから離れた位置でバットを構える。
今回はどうしようかな。さっきと同じ手は通じないだろうし。
木崎も気になるが……これ以上はキリがない。
しょーたには悪いが木崎のことは任せて、オレは津々木を打ち取ることに専念する。
既にツーアウトなんだからバッターをアウトにすれば得点されることは無いのだ。
それじゃあ行くか、津々木への初球!
「うりゃあああっ!」
「ぉらあっ!」
ズバンッ!!
「ストライク!」
おっしゃ! 内角高めビシッと決まって空振りだ。
ってしょーたがすぐに立ち上がって送球姿勢に入る。
うおっ! とにかくフォロースルーで流れる方向にそのまま避けよう。
オレがいなくなったマウンドを2塁ベースへの送球が通過する。
これまで見たしょーたの送球で一番速いといってもいいボールだ。これなら……。
「セーフ!」
振り返って見ると送球が届いた瞬間には既に木崎の足はベースに届いていた。
「まだまだ! こんなものでボクが受けた屈辱は晴らせないよ」
まだそんなこと言ってるのかよコイツ。いい加減しょーたを認めるべきところは認めて普通に勝負しろっての。
オレは鋭い牽制球でしょーたを援護……したいところだがうまいことクルリと回れる自信がないのでプレートを外して牽制するに止めた。
さてプレートを踏み直して。
クイックもまだ上手くできない今のオレにできるのはこれくらいだ。
コンパクトなテイクバックで左腕を振り抜く!
ズバンッ!
「ボール!」
内角ベルト付近に突き刺すように投げたボールはゾーンから外れた……というか外した。腰を引いた津々木だけどそこまで抉ってはないんだが。
そしてしょーたがすぐ立ち上がって3塁へ投げる構えを見せる。このタイミングなら……!
「ああっ!?」
しょーたの右手から……ボールが手につかなかったのかポロッと落ちた。
「あっはっはっ! 肝心なところで簡単なミスをする……しょーたくんはやっぱりしょーたくんだよ! クックック……」
ちくしょう、木崎の野郎! 調子に乗りやがって最後はイヤミな笑い方まで。
しょーたは何も言わずに黙って座ったが、オレの方が腹が立って仕方がねえ。
……あっと、結局はランナーに振り回されてる。まさに思う壺ってやつだ。
とにかく心を落ち着けてプレートを踏み、バッターに集中する。さて3球目はどうする?
……そこは相手の得意なコースじゃ。まあでもあえてそこと言うなら何か考えがあるのだろう。
セットポジションで今度はランナーを背にする形となる。チラチラとは見るがやっぱり見にくい。
まあオレの牽制テクニックが弱いのは今さらどうしようもない。このまま思い切り投げ込むのみ。
迷ったがしょーたの『あえて』でこっちに決めた。いつものテイクバックで力強く3球目!
「うりゃああっ!」
「ぉらあっ!!」
バシィッ!
「ファウル!」
「ぎゃああっ!」
津々木の強烈な打球が1塁側の多岐川第三ベンチの方向に……まあ誰もケガしなくて良かった。
外角低めだったけどその前に内角を抉ったのが少しは効いたかな?
これでようやくツーストライクと追い込んだ。
「おい津々木。どうしてボクの邪魔をしやがったのさ!?」
「知るか。俺は得意なコースに来たから打っただけだ。それにお前の動きはキャッチャーにバレてた……むしろ感謝しろよ」
「例えわかっていたってボクならしょーたくんのタッチなんていくらでも……!」
何だ急に仲間割れか?
そういや木崎のヤツいつの間にかホームベース近くまで来てやがる。
……まさかのホームスチール狙いだったのか?
そうか、津々木は右打者だからその大きな身体の陰に隠れながら……隙を見て突入するつもりだったってことか。
もちろんしょーたはそれを読んで少しでも動きを見やすいように外角に。
結構危険な賭けだったけど、オレのストレートならと……しょーたは肝心なところで勝負を賭けられる男だぜ木崎。
ならばあとはオレがやるだけだ。
オレは静かにプレートを踏んで、それからセットポジションで静止して。
津々木も読んでいるだろうコースにあえてこれから投げ込む。
安定した軸足から右足を踏み出して、力いっぱい左腕を振り抜く!
「うりゃあああーっ!!」
「……ぉらあっ!!」
ズバーンッ!!
「ストライク! バッターアウトでチェンジさね!」
うおっしゃ!! 例によってオレとしょーたは小さなガッツポーズで喜びを最大限に表現する。
最後は内角高めストレート……3球目とは対角線のコース、まあ読みやすい配球だ。
だがこれでもかとバックスピンをかけたボールは途中までストライクに見えて、バッターの手前でホップするかのようにボールゾーンへズバリと突き刺さった。
バットを振るか、津々木は恐らく一瞬迷った。それはヤツの苦り切った表情を見ればわかる。
だからバットはカスることもなく空を切ったのだ。
これで最大の難所を乗り切り、目標の5回無失点が見えてきた。
それにしても投げ終わった直後から汗が滝のように流れ出てアンダーシャツはビッショリだ。
松花高校の女子マネ泉さんが慌てて出してくれたタオルと替えのアンダーシャツでひとまずはスッキリしよう。




