第60話 暴れ球
「ボール! ツーボールノーストライク!」
2打席目の左打席でオレはマウンドの津々木が投げたボールを続けて見送った。
2球ともナックルカーブだったが……明らかに制球もキレも悪くなってすぐにボールだと見切れるほどだ。
理由はわかってる。カーブを投げるときだけ叫んでいたのをやめたからだ。
津々木は恐らく投げる瞬間……ボールを指先から抜く時に声を出すことで上手く回転をかけられるのだろう。
オレが打席に入る前、相手のキャッチャーはタイムを取ってマウンドに行ったから指摘はしたようだ。
でも本当は最初からわかってたんじゃないかな。
だけど3回裏でウチが早くも対応して……いや対応したところでヒットは打たれないとタカを括ってたんだろう。
さすがに連合チームだからってナメ過ぎだ。
ちょっと語りすぎたが、そろそろストレートを投げてくる。というか投げるしかないはず。
もちろん狙い撃ちでスタンドに放り込んで……ヤツをさっさと引きずり下ろしてやる。
多岐川第三は明日も練習試合があるからエースは温存だろうけど、強豪私学だから津々木以外にもそれなりのレベルの控えピッチャーがいるに違いない。
次はどんなのが出てくるのか楽しみだなあ、などと調子に乗っていたオレだが……。
「……!」
津々木のヤツ、マウンドから口パクでキャッチャーに何か伝えようとしている。
その後ガラリと雰囲気が変わった。なんだろう、これまでよりずっとゾクゾクさせられるような。
そしてキャッチャーからも不気味な呟きが。
「あのさ、一応は気をつけてくれよな。こちらもできるだけのことはするけど」
ど、どういう意味だよそりゃ!?
だが考える間もなく津々木はセットポジションから投球モーションに入る。
「ぉらあっ!!」
ドスンッッ!
「ス、ストライク!」
ひええ! 今までよりも明らかに荒々しいストレートが外角高めギリギリいっぱいに決まった!
球速も上がっていたように感じた……少なくともそう感じさせる圧倒的な球威だ。
審判の上中野監督も急な変貌に驚きながらのコールであった。
オレも何も言えず打席で立ちすくんでいる間に早くも4球目が!
「ぉらあっ!!」
うわあっ! 顔面に向かってくる!
ドスンッッ!
「ストライク! ツーボールツーストライクさね!」
ん? ボールは内角高め……ではあるが胸元でそこまで厳しく抉ってはいなかった。
だけど迫力に押されてしまった。これが津々木の本来のストレートってわけか。
オレは勘違いしていた。津々木はカーブの時だけ声が出るのではなく、ストレートでも出るんだ。
だけどまさに制御が難しい剛球になってしまうからここまでは叫ばず、カーブを投げる時だけ叫ぶことになったってわけだ。
面白いヤツだな津々木は。オレはゾクゾクする感覚を抑えられない。
あの暴れ球を絶対に仕留めてやる……!
さあ早いとこ5球目投げてこい!
「ぉらあっ!!」
今度は内角低め、ってか本当に足元に来る!
「おわっ!」
なんか変な声を出してしまった。
でもなんとか足を避けると、ボールはキャッチャーミットもすり抜けてそのままバックネットへ転がっていく。
「3塁取った!」
しょーたがすかさず走り出してズザァーと3塁ベースに滑り込む頃にようやくキャッチャーはボールを手にとって送球態勢に入るところであった。
よっしゃ! ツーアウトながらランナー3塁。
いやホームランなら別にランナーの位置は関係ないのだが、まあいいか。
それよりも6球目の方に集中しないと。
オレはバットを構え直して手に力を込める。
一方、津々木は次に暴投したら1点入るので、さすがに顔が引き締まっている。だけど目がギラギラしていることには変わりないが。
そしてセットポジションで少し長めに静止してから津々木はおもむろに投球モーションを始める。
慎重に左足を踏み込むとそこからは力強く右腕を振り下ろす。
「ぉらあっ!!」
外角低め! ストライクか瞬時に判断できないがどう見てもストレート!
「うりゃああっ!」
バシィーッ!!
芯で捉えた! ちょっと手が痺れるけど!
ライナー性の打球は左中間に向かって、丁度いい角度で一直線に……。
ボトッ!
な、なんだと! 急に失速してまさにセンターとレフトの中間に落ちてしまった。
「よし! 1点先取だ!」
「ナイスタイムリーだオージロウ!」
味方ベンチからは先制点を喜ぶ声が聞こえる。オレもベース上で一応は軽いガッツポーズで応じたが。
正直言って悔しさの方が勝っている。
確かに芯で捉えたはずなのに、打球が伸びなかった……あれはオレのスイングが押し返されたってことか?
津々木も声こそ出していないが、タイムリーを許したことに怒り……自分にだろうか、そんな表情をしていた。
お互いに力負けしたという思いが残った2打席目。どっちが勝ったと言えるのかオレにはわからなかった。
後続が断たれてベンチに戻る時までオレはモヤモヤしてしまい、スッキリしないままマウンドに向かうのであった。




