第6話 トスバッティング練習
さあて、いよいよお待ちかねのバッティング練習。
オレは投げるのも打つのも好きだが……あえて選べばやっぱり打つ方が楽しい。
相手投手が一番自信があるボールを芯でとらえて外野の奥まで弾き返す感触、その爽快感がたまらない。
だが今日できるのはトスバッティングで防球ネットに打ち込む練習だけ。バックネット裏のスペースではそれ以上のことは難しい。
とにかくやるか……でも先に決めることがある。
「なあ、しょーた! どっちが先に打つ?」
「おれが先でいいか?」
「いいよ。それはいいけどティーがあったら2人がかりでやらずに済むのに」
「倉庫で見当たらなかったからしょうがないだろ。それじゃトスよろしく」
ボールを10個ほどまとめてオレに渡してからバットを取りに行くしょーた。
だけどよく考えたら横からトスを上げるには幅が狭い。となるとネットの横の隙間から、つまり正面側から投げないといけないのだ。
「よっと。少し隙間開けて、投げたらすぐに隠れる、と」
「オージロウ〜! おれはもういいぜ〜!」
右打ちで構えるしょーたにヒョイとトスを上げる……のだが。
「低すぎ! ちゃんと投げろよ、腰が引けてんぞ!」
「う、うっせー! 感覚が戻ってねーだけだ!」
実際にはやっぱりちょっと怖い。でも久しぶりなんだから仕方ないだろ。
と自分に言い訳しつつ力加減を試行錯誤しながら投げていると、スカスカと空振りばかり見せてくれる。
「しょーただってちゃんと打てよ!」
「ちょっと目を慣らしていただけだ。次こそ当てる!」
「言い訳せずにブランクあるからって言えばいいのに……そらっ!」
「てぇーい!」
バコンッ!!
バットから鈍くて低い打球音が。だけどボールはネットに勢いよく突き刺さりポケットにそのまま収まった。
「ちゃんと低反発バットを選んで持ってきたんだな」
「もちろん。これしか試合で使えねーんだし」
「どうやって見分けるんだよ。見た目じゃ分からん」
「いや、昔のより少しだが細い。それにバット本体に『-R』マークが付いてる」
へえー、そういう違いがあるんだな。それならオレでも簡単だ。
そんなことを話している間にポケットの中としょーたの足元に落ちてるボールを集めてまたトスを始める。
空振りがほとんど無くなってバコンッ!って打球音が増えてきたところでようやく交代。
「結構鋭い打球飛ばしてたじゃん」
「久し振りにしてはまあまあかな。でもオージロウのトスが打ちやすいところに来てたから」
やっとオレの感覚も戻ってきたのかな。そう思いながら左打ちで構えると、しょーたは早速トスしてきた。
「ほらよっ!」
「おりゃああ!」
強い打球がネットを揺らす……どころか盛大に空振りしてボールはポトリと地面に落ちる。
「大振りし過ぎ! スイングスピードも遅い!」
「マジか……最速スイングしたつもりなのに」
「もっとコンパクトに早く振り抜かねーと。そらっ!」
「うおおーっ!」
威勢のいい掛け声とは裏腹にさっぱり前に飛ばない。やっぱり数年のブランクは簡単には取り戻せないってか。
だが歓喜の瞬間は20球連続で空振りしたあとに訪れた。
バコーンッ!!
芯を食った手応えと打球音!
そのまま振り抜くと防球ネットがガシャンと揺れる程に強い打球が突き刺さった。
これだ、この感触!! これを求めてオレは打席に入ってたんだ、あの頃は。
「うわあっ!! ウソだろ、倒れてきそうだ!」
ネットの後ろに隠れているしょーたの悲鳴が。確かにちょっとグラついているが大袈裟な。
オレはバットを手放してネットの支柱を掴んで押さえる。
「もう止まっただろ。でも大袈裟だって」
「いや、ホントに打球がネットを押し倒しそうな勢いで……なあオージロウ、中学時代は帰宅部だったってウソだろ? どこかで野球続けてたんじゃ」
「何もやってないって! オレ自身がちょっと驚いてる。とにかく続きやろーぜ」
「……もうやめにしない?」
「だってオレはまだお前より少ない数しか振ってねーんだけど」
「おいっ、なんだ今の大きな音は。なんかあったのか?」
急に声をかけてきたのはサッカー部のキャプテンの人だ。そこまで音が響くようなことしてないはずなのに。
「いえ、何でもありませんし誰もケガしてません」
「ならいいけど、2人だけで無茶な練習すんなよ」
なんか迷惑かけてしまったらしい……もうバッティング練習は終了するしかなくなった。物足りないけど今日は諦める。
その後の練習は各自でダッシュやら腕立て伏せやら、その場で思いついたことをやっているうちに終了時間となった。
防球ネットと用具を体育倉庫室へしまう最中、オレたちは明日からの練習方針について話し合い、一つの結論に達した。
このままじゃダメだ、と。
今は自分たちが過去にやった練習内容を思いつくままにやってるに過ぎない。何かこう、もっと体系立てて練習内容を組まないと。
しかしどうしたら……。帰り道でも考えていたが、そういうのを相談できるのはオレには一人しかいない。
家に帰り着いたら姉ちゃんに相談してみよう。何かいい方法を考えてくれるに違いない。
だがその判断で良かったのかどうか……あとから振り返れば、そう思う。