第41話 ひみつ兵器
「ひみつ兵器って……雛子さんのことですか? 監督!」
「ひ、ひ、雛子さんが! お、おれのすぐ傍に……!」
「お手柔らかにお願いね〜、石元くん、田中くん!」
左打席に入りながら石元さんとしょーたに笑顔で話しかける姉ちゃん。
どういうつもりだよ……いくら部内の練習試合である対OB戦だからって、さすがにふざけているのかと思う。
確かに姉ちゃんはリトルリーグ時代に中軸で打っていたけど、中学生になってからは野球から距離を置いていた。
今さら打席に立って、しかも木製バットでまともに打てるわけないと思うのだが。
姉ちゃんが冗談で打席に立たせてといったのを監督が真に受けたのか、はたまたしょーたを無力化させるためか。
まあ後者はないだろうからちょっとしたお遊びなんだろう。どうせOBチームは1人足りないし外野守備なら姉ちゃんでも問題なくこなせる。
しかし蒼田監督はオレの見立てと全然違うことをベンチから大声で説明した。
「言っておくが、お遊びの采配とかじゃないからな〜? 雛子くんに試しにバットを振らせてみたらなかなか鋭いスイングで、バッターとして使えると思ったから打たせている!」
「……それじゃ、雛子さんにも真剣勝負していいってことですか?」
「その通りだ石元。だが野球部員ではないバッターにヒットを打たれたら……お前としょーたくんはポール間ダッシュ追加な!」
「ま、マジですか〜!」
「すみません雛子さん。おれ、手を抜くわけには」
「いいよ〜。っていうか本気で打ちとりに来ないと痛い目を見るかもよ?」
「……わかりました。雛子さんに、このおれのリードを……全てをさらけ出して認めさせてみせます!」
またしょーたがわけわからんことを言っているが、姉ちゃんはさして気にもとめずに打席で構えに入る。
足元のスタンスは狭く重心は高めでスッと立つのが姉ちゃんのいつものバッティングフォーム。
そしてバットを一旦下に垂らしてから円を描くように胸の前まで持ち上げてコンパクトに構える。
まるで円◯殺法みたいだとリトルの頃は周りから言われてたなあ、懐かしい。
「やっちゃえ、ひーちゃん! ホームラン打っちゃえ〜!」
「鋭いヒット期待してます雛子さんー!」
多岐川女子マネ仲尾さんと松花女子マネ泉さんまで姉ちゃんの味方か。
対する石元さんは立つ瀬がない感じで苦笑いしている。ウチの姉が迷惑かけてすみません。
そしてプレー再開……ランナー2塁でセットポジションからのリスタートだ。
「……全力で行くよ雛子さん!」
「ええ、かかってらっしゃい石元くん!」
これだけ聞いたらまるでこの2人が主役とヒロインみたいじゃないか。主役はオレなんだぞ……とアホなこと考えている間に初球がビシッと放たれた。
キレのいい外角ストレートがミットに吸い込まれる……かと思いきや!
バシィッ!
バットのヘッドを急加速させて捉えた打球は鋭いライナーとなってレフト線を襲う!
「ファウル!」
惜しい。わずかに切れてファウルゾーンを勢いよく転がっていった。
「スゲえ! 俺たちより打つんじゃねえのか?」
「雛子ちゃんサイコー! さすが監督、見る目ありますね!」
「ふふっ、まあな」
OBたちのベンチがやたら盛り上がってきた。そういえばリトル時代も姉ちゃんが打つとチームが勢いづいたなあ。
「うふふ。久しぶりにしては、まあまあかな」
姉ちゃんは不気味な余裕の発言するし、ヤバい流れだよこれ。
真剣勝負と言っても石元さんは普段の7、8割程度の出力だと思うが、それにしたってなあ。
それでも動揺を見せずに石元さんは2球目を投げ込む。
「ストライク!」
「あっ! しまった!」
外角低め一杯にカーブが決まった……と同時にしょーたが叫びながら立ち上がった。
なんなんだいったい。しょーたの視線の先を見ると、3塁ベースに滑り込むシンイチさんが!
「あっさり3塁ゲットでつまんないね〜これ!」
「ゴメンしょーたくん! 俺がモーション盗まれちゃった」
「いやおれが警戒怠ったせいです!」
いやいや、少なくとも石元さんのクイックモーションは隙が無かったと思う。
なのに易々と3塁盗られるなんて……カーブを投げる時のクセでも読まれてるのか?
姉ちゃんもわかってたかのように悠々と見逃した。下手に打ってファウルだと台無しだもんな。
ウチのバッテリーがこの2人にここまで翻弄されるなんて思ってもみなかった。
3球目、4球目はスクイズを警戒してか外にはずしてツーボールツーストライク。
部内の練習試合でそこまでやるか? と思ったが蒼田監督があえて厳しく点を取りにくるかもしれん。
とはいえこれ以上は……次はストライクを取りたいところだが、よく考えると姉ちゃんには外しか投げてない。
女子相手で内角を投げにくいのはわかる。だが実は姉ちゃんの弱点は内角高めなのだ。
姉ちゃんの打法は腕力ではなく、素早く無駄のない右足の踏み込みから身体を鋭く回転させてバットのヘッドの遠心力で打球を飛ばすというもの。
だからどうしてもヘッドが出るのが遅れ気味。
それでも外角と内角低めは間に合うのだが内角高めは遅れて力負けしてしまうのだ。
「しょーたー!」
叫びかけてオレは止めた。また野次扱いされるのは嫌だし弱点を大声で言うのはさすがに憚られる。
一応こっちを向いたしょーたに身振りで内角高めを攻めろと伝えたのだが果たして……。
いよいよ5球目の投球モーションに入った石元さん。
その直前に姉ちゃんはオレの方へチラリと視線を送って叫んだ。
「甘いわねオージロウ! このわたしがいつまでも弱点をそのままにしておく女に見えるのかしら!?」
その直後に石元さんが投げたのは真ん中から内角寄りの高めストレート! 際どいコースじゃないが十分に打ち取れるはず。
だが姉ちゃんは打法を進化させた……!
右足を踏み込むと同時にグリップを一気に前に出して、そこから鋭い身体の回転で今までよりも前の方でボールを捉えてきたのだ!
「うりゃあああっ!!」
雄叫びとともにバシィーン!! と気持ち良い打球音を残して弾かれたボールはあっという間に1、2塁間を破った。
「いやっほう! 余裕で先制のホームインだ!」
そして3塁ランナーのシンイチさんはもうホームベースを踏んでいた。
「……あーあ。これでダッシュ追加だね〜」
石元さんの力のない諦めの言葉が続いた。
しょーたは嬉しいような悔しいような複雑な表情だ。
オレは……余計なことをしてしまったとさすがに後悔の感情に頭が覆われたのである。




