第40話 不動の1番バッター
「さーて。そろそろ試合開始だよ〜!」
球審役の上中野監督から促されてOBチームのベンチからヘルメットをかぶったバッターが出てくる。
あれ? トップバッターはシンイチさんのはずなのにメガネじゃない別人が……。
いやそうじゃない。顔つきは間違いなくシンイチさんなんだけど、さっきまでのユルユルな雰囲気じゃなくて引き締まった表情をしている。
メガネをはずしてコンタクトにして試合に入ることでスイッチを切り替えてるのかも。
「シンイチー! 不動の1番バッターとして出塁頼んだぞー!」
今回はOB側チームに加わっている蒼田監督が激を飛ばす。
なんかいつもより楽しそうというか生き生きしてるなあ。単独チームで予選に参加できた最後のチームらしいからやっぱ思い入れがあるんだろう。
でも悪いけど、こちらのエース石元さんは最速140キロ後半のストレートにキレのあるカーブとスライダーを軸に打ちとる本格派右腕。
しょーたが上手くリードすればそうそう打たれはしない……たとえ大学生でも。
ちなみにオレは今ベンチから試合の様子を眺めて応援している。
だが控え選手ではない……なぜなら『指名打者』としてスタメンに名を連ねているからだ!
今度のセンバツから指名打者、つまりDHがいよいよ導入されるので試しにやってみようとなったのだ。
「プレイボール!」
っと、余計なことを考えている間に勝負は始まっている。
右打席に入ったシンイチさんは構えたバットをリズム良く上下に振ってるが下半身の安定感が半端ない。
「さあどっからでもかかって来いよ!」
その上キャラまで変わってるじゃん。
一方のピッチャー石元さんは先輩を前にしてちょっと緊張気味。
しょーたは……まあ相手は自分の兄貴だし。
さて手短にサイン交換したバッテリーの注目の初球は。
「おっと!」
「ストライク!」
内角ベルト付近を抉るフロントドアのスライダーかよ。
あくまでOB戦で相手は兄貴なのに強気に攻めるねぇ、しょーたのヤツ。
いや兄弟だからこそか。
腰を引かせてあとは外角攻めかな……2球目はどうするよ。
石元さんは口元を引き締めてノーワインドの投球フォームから右腕を振り下ろす。
「えいっ!」
「甘い! もらったっ!」
ブンッ!
ボールはバットに空を切らせ、バシッとしょーたのミットに収まった!
外角高めからボールゾーンに逃げていったスライダーを振らせたのだ。
「ストライク! ノーボールツーストライクね!」
「やるねぇ〜。甘いストレートだと思ってブン回しちゃったよ〜」
しょーたすげえ、シンイチさんを手玉に取ってるじゃないか!
兄弟だから弱点とかわかってるのか。それじゃこの対戦は余裕だな。
と浮かれたオレはシンイチさんの雰囲気がガラッと変わったことにも気づかない、とんだ甘ちゃん野郎だった。
◇
「ボール! スリーボールツーストライク!」
しょーたと石元さんはボール球を振らせにいくが、明らかにギアを一段上げた感じのシンイチさんに見切られて全く振ってくれない。
今のだってここまで見せなかった速いカーブを真ん中低めから落としたのに。
「ヘイヘイヘイ! そんなボール球ばっかり投げてたら振りたくても振れないよー?」
シンイチさんの挑発に反発どころか顔が引きつってるウチのバッテリー。
やばいな、完全に飲み込まれちゃってる。
こうなったら!
「しょーたー! お前が逃げ腰になってどーすんだ! なんのための兄貴との対戦だ〜!?」
「な、なんだアイツ! ただのOB戦でどんだけ熱くなってんだ?」
「オージロウくん! 気持ちは分かるが自分たちでピンチを切り抜けるのもこの練習試合で重要な経験なんだ」
ベンチから思わず叫んじゃってギョッとした視線をみんなから集めて、OBの人や別府さんから野次扱いされてしまった。
オレはすみませんと返事だけ返しつつも後悔はしていない。しょーたには貴重な機会で頑張ってほしいだけなんだ。
しょーたは……密かにサムズアップを返してくれた。これで大丈夫だろう。
さあてフルカウントでバッテリーが選んだのは。
「えいっ!!」
「ボールもコースも良いけど来るのがわかってるとねえっ!」
バシィーッ!!
完全に芯を食った音でバットから放たれた速い打球はあっという間に左中間を真っ二つ!
そんな!
石元さん渾身の外角低めギリギリ一杯のストレートだったのに!
例え来るのを読んでたって簡単には引っ張れないキレの良さと威力だったのに。
シンイチさんは踏み込みつつもスイングはコンパクトでボールに当たる瞬間がハッキリ見えないほどの速さだった。
あれなら手元までボールを見極められる……どうりで振ってくれないわけだ。
「3塁もらっちゃおうかな〜!」
あっと、シンイチさんはもう2塁ベース上で3塁をうかがう勢いじゃないか。
「なろう〜! させるかあーっ!!」
俊足のセンター阿戸さんが何とか打球に追いついて中継に返してきたので結局は2塁打で落ち着いた。
だけど十分に3塁狙えてたな……まあ大学の公式戦でもないのに無理して怪我でもしたら意味ないからだろう。
「いえ〜い! エースから2塁取ったぜ〜!」
ベース上で勝ち誇るシンイチさん。
対照的に呆然とした表情の石元さんとしょーた。
外角低めだったけど決して逃げ腰じゃなかった。むしろオレの野次を受けて強気に内角攻めると思ってた人のほうが多いはず。
だからしょーたは裏をかいたはずなのに……シンイチさんにその上をいかれてしまった。
「ドンマイ! でも最終的に点を与えなければいいんだ!」
「そうだね。まだ点は取られてないんだった」
「あざっす! このあとを抑えることに気持ちを切り替えます!」
別府さんのタイミングの良い声かけでバッテリーは落ち着きを取り戻した。さすがはキャプテン。
「ちょっとすまない! 今からメンバー変更いいですか?」
「なんなのさ今さら」
蒼田監督が唐突に上中野監督に言い出したのは不可解なメンバー変更だ。
そもそもOB側は蒼田監督を入れても8人……今さら打順を入れ替えたところで、と思ったオレの想定を上回る出来事が起きようとは。
「打順の修正完了っと。それじゃウチの『ひみつ兵器』に登場願おうかな!」
蒼田監督の修正完了宣言、っていうか余ったメモ用紙に手書きした打順表を書き直しただけだろうけど、『ひみつ兵器』ってなんだよ?
だけど次の瞬間オレは自分の目を疑って何度もこすり直した。
しかしどうしても目に入ってくるのだ。バットを持って向こうのベンチから出てこたジャージ姿の姉ちゃんが。




