第35話 初日終了
「はあ、はあっ! あ、あと少し!」
見上げた先には空が……もう少しで夕暮れとなるであろう、雲に横からの弱い光が反射しているみたいな光景が目に入る。
オレはこの苦しみから解放されるのを目指して駆け上がっていく……!
「はい! オージロウくん、ちょっと目標時間過ぎちゃったね〜!」
「ひぃ〜! き、キツすぎるぜこの階段ダッシュ!」
時間を計ってくれたのは多岐川野球部女子マネの仲尾さん。
合宿初日の最後の練習は、球場の1階からスタンドへ上がる階段、更に続いてスタンドの階段も駆け上がっていく恐るべき階段ダッシュだ。
オレはもうヘタって立ち上がれない。
家の近所にある神社の階段とか、雨の日は校舎内階段を使っての練習はしてるんだけどな……。
オレだけでなくしょーたもなかなか立ち上がれない。
やっぱり2人だけでやるとどこか甘えが出てしまうんだろうな。他のメンバーは息を切らしてはいてもオレたち程には疲れ切ってない。
それにしても初日からなかなかハードだった。
午後の練習が始まってしばらくはノックで守備練習。みんな泥だらけだ。
オレはその間、上中野監督からキャッチャーとしての基礎の技術を教え込まれた。
やっぱり遠隔での指導だけじゃなく練習しながら直に教えてもらうと、イマイチわかりにくいところも理解しやすい。
普段はしょーたにも教わっているが、教え方があまり上手くないんだよなあ。何故かと言うと……。
「これはああやって、それはこうすんだよ!」
って感じで感覚的で曖昧な指示が多いのだ。
それに文句言うとムクれちゃうし。
まあでも、ベテラン監督と比べるのは可哀想か。上中野監督は元々ソフトボール部の監督だが現役時代はキャッチャーだったのだ。
で、守備練習が終わったあとは筋力トレーニングやらダッシュやらの体力強化系の練習をひと通りやっていた。
あとで聞いた話では、今回は鍛えるというよりも各人の現状を確認する目的で実施したってことだ。
みんなと一緒にやることで自分の弱点を把握して、それぞれの学校で行う練習メニューの参考にしてほしいってのが目的なんだとさ。
「よし! 全員ダッシュし終わったところで本日の練習は終了! お疲れさん!」
「ありがとっした〜!!」
ようやく終わった。身体も脳ミソもクタクタだ。
でもみんなとあーだこーだ言いながらやる練習は楽しい。疲れているのに爽快感みたいなのも感じられる。
球場を出てクラブハウスに入り、シャワーを浴びてから室内着替わりのジャージを着て1階の食堂に行くと……。
「今日の晩ごはんは、身体の芯からあったまるちゃんこ鍋です! あっ、先に言っときますけど。私たち4人で心を込めて作ったので、お残しは許しませんよ〜!?」
最後はどこかで聞いたようなセリフだが、姉ちゃんの元気な声が広い食堂の中に響き渡る。
ちなみに4人というのは姉ちゃんと仲尾さん、松花の女子マネ泉さん、そして中原先生だ。
そしてテーブルには既に鍋が一定間隔に3つ置かれている。さすがに相撲部屋のに比べれば全然だろうけど、それでも大きめの鍋いっぱいに具材がぎっしりと盛られているのだ。
「ヒャッハー! 今日は鍋だあ!」
「もうお腹ペコペコ! お残しどころかすぐに平らげちゃうぜ!」
「雛子ちゃんが作ったのなら幾らでも食えちゃうよ!」
みんな思い思いのセリフを叫ぶと早速テーブルへとダッシュだ……ってしまった、出遅れた!
しょーたの隣の席がまだ空いてるので急いで向かってご飯をよそい、鍋の争奪戦に参加する。
「しょーた! お前取りすぎだぞ!」
「うっせー、オージロウがトロいんだよ!」
ああ、ここでも過酷な競争にさらされるとは……でも結局お腹いっぱいになったので良しとする。
それはいいけどなんだか眠くなってきたよ。
ミーティングは明日朝にやるって言ってたし、適当な時間になったら寝ようかな。
なんてのんきに考えながら食堂から出ようとしたら姉ちゃんが口うるさく言ってきた。
「オージロウ! わたしたちはもうすぐ行くけど。寝る前に残ってる冬休みの宿題やって、歯磨きも忘れずにね!」
「わ、わかってるって! そんなのいちいち言われなくても!」
「それならいいけど。あと、寝る時は寝袋の足元に布で包んだカイロを入れておかないと冷えるわよ!」
「そ、それもわかってるから!」
「わかった。それじゃおやすみなさい」
まったく、オレは小学生じゃねえんだぞ。
お陰で近くにいた大岡にププッて笑われたじゃねえか。
それはともかく、姉ちゃんたち女性陣はしばらくしてから上中野監督のクルマで近くの街へ向かった。
予約しているビジネスホテルでお泊まり女子会やって盛り上がるんだとさ。
◇
「ありがとうございました、石元さん!」
「お陰で宿題がほとんど片付きました!」
「ははは、お役に立てて何よりさ」
オレとしょーたは冬休みの宿題を悪戦苦闘しながら片付けていたのだが、教え合うどころかどちらもちゃんと理解してないので混乱するばかりであった。
そこに石元さんが様子を見に来て、なんと不明な箇所を全て分かりやすく教えてもらったのだ。
石元さんは多岐川高校の進学クラスでも上位の成績なんだとか。何を聞いても的確に分かりやすい解説で、もう神としか思えなかった。
これでもう安心だ。オレたちは歯磨きしてから持参した寝袋を大部屋の床に広げて寝る準備を始める。
部屋には業務用エアコンが完備してあって寒くはないが、床なので足元は冷えるかもしれない。
姉ちゃんに言われた通りにカイロを足元に入れておいてサッと入り込むと……確かに足元がポカポカと暖かくて気持ちいい。
準備万端なところで……合宿の夜、それも大部屋に泊まるとなれば、やっぱりみんなと喋るのが楽しみだ。
野球のことはもちろん、趣味や将来のこと、それからちょっとムフフな話題も……。
もうほとんどのメンバーが寝る体勢に入ったしいよいよ始まる……。
◇
ん?
なんかカーテンから薄明かりが……。
「オージロウ! 起きろ、起床時刻だぞ!」
「何だって? オレ、いつの間に眠っちまったんだよ?」
「これからみんなで喋ろうって時にいきなり寝落ちしちまっただろ。覚えてないのか?」
そ、そんな! せっかくの楽しみが!
しかし朝食後にはすぐにミーティングが予定されている。
オレは悔しがる間もなくすぐに起き上がって寝袋を片付けたのであった。




