第32話 冬の合同合宿へ
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます。田中しょーたの父です、初めまして。あの、君が山田雛子さんですか? ウチのしょーたから噂をよく聞いています。賢明で野球のこともよくご存じの頼れる綺麗なお姉さんだって」
「いやですわオジさま。聡明叡知で才色兼備な美貌の女子高生だなんて、そんなに褒められると困ってしまいます。おほほほ!」
いやそこまで言ってないだろ、しょーたの親父さんは。
それにいつものガサツな言葉使いはどこに行ったんだよ……姉ちゃんは相変わらず外面が良すぎるぜ。
オレは呆れて物が言えないが、しょーたを含めた3人は会話が弾んで楽しそうだ。
と、そんな和やかな雰囲気のところに息を切らしながら駆けてくる足音が聞こえてきた。
「す、すみません、集合時間に遅れてしまいました! あっ、皆さん明けましておめでとうございます!」
「おめでとうございます、中原先生。我々も先ほど集まったところですから気にしないでください。それじゃあ皆さん、荷物を後ろに積んだらクルマに乗り込んでください」
親父さんの指示に従って後部の荷室に大型バッグやら用具入れやらを積むと、すぐに中央のスライドドアから中を覗き込む。
「失礼しま〜す……おおっ、広い! 高い!」
今日はしょーたの親父さんがレンタルしてくれたクルマ……ト◯タのハイ◯ースワゴンで一番大きなグレードに乗って多岐川高校のグラウンドへと移動するのだ。
このクルマは最大10人乗りができる上に後ろの荷室も広くて荷物が多くても十分に積み込める。
何よりも乗車スペースが広い!
単に広いだけでなく4列シートでゆったり乗れるし、車高も高いのであまり屈まなくてよい。
いつもは中原先生のコンパクトカーに命がけの思いで乗ってるから、それに比べるともう今から旅のワクワク感が止まらない。
いやもちろん中原先生にはいつも感謝してるけどね……。
そうそう、まだ旅の目的を言ってなかった。
今日は正月三が日が明けた1月4日なのだが、7日までの3泊4日の日程で連合チームの合同合宿を行うことになったのだ。
12月中にも2回合同練習に参加したのだが、やっぱり共に寝起きしながら1日中練習に打ち込める機会というのは楽しみで仕方がない。
というわけでオレはクルマの最後列を目指して一直線に車内を歩く。
遠足でも修学旅行でもやっぱり最後列に行きたくなるよね。なんでかは自分でもよくわからんけど。
その前の列が姉ちゃん、さらに前の列には中原先生と座っていき、しょーたは……助手席のドアを開いている。
「おれは親父の隣に座るんで、雛子さんも中原先生も後ろでゆっくりくつろいでいてください!」
あれ、オレが抜けてるんだけど?
まあいいのだが……いつものことだし。しょーたは姉ちゃんがいる場面ではオレの存在が頭から抜け落ちることがよくあるのだ。
それにしてもしょーたは父親を『親父』呼びなんだな。
オレもそろそろ呼び方を変えたほうがいいのかな、と何となく思ったんだが、次の親父さんの一言でなんかどうでもよくなった。
「しょーた! 皆さんの前でそんな格好つけなくても、いつも通りに『パパ』って呼んでいいんだぞ?」
「そ、そんなんじゃねーよ! よりによって雛子さんの前でそんなこと言うなんて! パパのバカ野郎!」
「はっはっは。それじゃそろそろ出発しますね」
車内でどっと笑い声が重なったあとでクルマが静かに動き出す。
おおっ、滑らかな発進とハンドルさばき。
ちなみに親父さんの年末年始休暇は今日が最終日。しかも7日は午後から半休を取得して迎えに来てくれるというので、有り難いなんてもんじゃない。
で、乗り心地だが……業務でハ◯エースに乗ることも多いということで、大きなクルマだというのに慣れたオトナの運転で全く不安を感じず快適そのものだ。
あっ。重ねて言うが中原先生にはいつも感謝してます、本当に。
そしてその中原先生は親父さんに改めてお礼を言っている。
「あの。今日は本当にありがとうございます。しかもこんな大きくて乗り心地のいいクルマを用意していただいて」
「いえいえ。実はそろそろ蒼田監督に久しぶりにご挨拶をと考えていたところなのです。それにシンイチの時は、よくこのクルマをレンタルしてウチの家族や中学時代のお友達と一緒に応援に行ったものですから」
なるほど、そういうついでがあるわけか。
ちなみにしょーたの兄貴であるシンイチさんは多岐川高校野球部のOBなのだ。
それからしばらくみんなで四方山話に花を咲かせていたのだが、オレは途中で眠くなってしまい……というか完全に寝落ちした。
そして気がついた時には、丁度多岐川高校グラウンドの近くに設けられている駐車場に停めようとしているところであった。
さて、それじゃあぼちぼちと練習モードにスイッチを切り替えよう。




