第3話 職員室へ行こう
「それじゃあ早速だけど職員室へ行こうぜ、オージロウ!」
田中のヤロー、オレが渋々ながらも部員になったからっていきなり名前で呼ぶとは馴れ馴れしいぜまったく。
ならオレだってお返しだ!
「何しに行くってんだよ、しょーた〜?」
おっ、名前呼びしたら身体がピクリと反応しやがった。これで自分がやっていることを思い知っただろう。
だがヤツの反応はオレの想定の斜め上だった。
「嬉しいぜオージロウ! 早速名前で呼んでくれるなんて……おれたちもうマブダチだあ!!」
暑苦しい野郎だぜまったく。まだまだ残暑も厳しいってのにいい加減にしてくれよな。
とはさすがに面と向かって言えずに苦笑いで済ますオレ。もういいよ名前呼びでも何でも。そんなことより気になってるのは……。
「で、何しに職員室へ行くんだよ?」
「顧問……になってくれる予定の先生に報告するんだよ。部活動を再開する条件の人数揃ったって」
「いやいや、オレたち2人だけじゃん。野球は9人以上必要だってわかってるんだよなあ?」
「それは問題ない。部員が9人未満でも近隣の高校と『連合チーム』を組めるから」
「え? なにそれ。そんなやり方あるんだ」
「制度自体は割と前からあるし条件もそんなに厳しくないんだけど……最近少子化で部員不足の学校が増えて、連合チームの参加も増加してる。この県でも毎回のように大会に出てるし、ウチも入れてもらおうかなって考えてるんだ」
「……待てよ、それならやっぱり、しょーただけでも良かったんじゃねーか!」
「あくまでウチの高校が野球部の活動再開を認める条件が『2名以上』なんだよ。1人だとキャッチボールもできないし練習がままならないでしょって」
「そりゃそうだけど」
「それをここで議論してもしょうがないだろ。とにかく行こうぜ」
オレはやっぱり納得いかなかった。顧問……おそらく監督兼任だろうけど、監督と練習することだってできるはず。
しかし何故なのかは顧問に会ってすぐにわかった。
◇
「えっ。ホントに条件クリアしちゃったんだ」
しょーたからの報告を受けて驚いてるのはまだ20代前半ぽい女性教諭……中原先生だ。
担当教科は国語、そして見た感じスポーツ経験者とは思えない華奢な身体つき。どう考えても野球部部長兼監督なんて肩書きとは対極にある人物である。
あとでしょーたから聞いた話では、監督と部長を務めていた教諭たちは春に異動しちゃって、中原先生しか受けてくれなかったらしい。
それはともかく、想定外とばかりに明らかに戸惑っている先生に構わず、しょーたは部活動再開の許可を求めて詰め寄る。
「早速今から練習したいんすけど、先生!」
「ちょっと待って。教頭先生と校長先生にも報告して許可をもらわないと。だから明日の放課後にまた来てくれる?」
しょーたはブーブー言いつつも仕方がなく引き下がる。そんなアイツには聞こえない角度で先生がボソッと言った一言がなかなかエグかった。
「こんなことなら条件を5人以上とかにしとくんだった。失敗した〜」
どうやら学校側は野球部の再開をあまり望んでいないようだ。そして練習するなら自分たちで何とかするしかないってことは理解した。
なんか出だしから躓いた感があるけど、この話をしたところで姉ちゃんはオレが野球部を抜けるのを承知しないだろうなあ。
明日への希望に満ちた表情のしょーたとは対照的に陰うつな気持ちでオレは職員室から退室したのであった。
◇
これ以上やることが無くなったオレとしょーたは帰路についた。
以前住んでいたのは都会だったが、引っ越してきたこの地は住宅地の間に田畑が点在して残る典型的な地方の街という感じで、歩いて帰ると静かでまったりした雰囲気を味わえる。
そんな中でオレたちは明日の練習メニューについてあーだこーだと話していたが、しょーたがふとした瞬間に別の話題を挟んできた。
「あのさ。お兄さんって、見つかりそうな手がかり全然ないの?」
「……全く無し。当日は試合があって、終了後は途中までチームメートたちと一緒だったけど……兄ちゃんが途中で1人別れたあとの消息が掴めない。目撃どころか周辺の防犯カメラにも映ってなくて」
「なんか、神隠しみたいな話だな。失踪の原因とかも分からねーの?」
「わからない。世間は甲子園出場のプレッシャーとか好き勝手言ってたけど、まだそれは許せる」
「許せなかったのって?」
「口さがないクラスメートからの一言。『異世界から勇者召喚でもされちまったんじゃねーの?』って言われた」
「それは酷いな。冗談言う場面じゃないのに」
「当時は落ち込んでて言い返す気力もなかったけど、今思い出すと怒りが沸々と湧いてきた」
「なんか聞いて悪かったな」
「いいよ、話せてなんかスッキリした」
「それじゃあな、また明日」
「ああ、また明日」
久しぶりの練習……でもブランクがあるしまともにこなせるかな。明日への期待と不安を胸にオレは家路を急ぐ。