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第2話 胸がザワつき始める

「ふ〜ん。田中くんは中学でも野球部で、休眠状態になっているここの野球部を復活させるべく、入学直後から活動しているというわけなのね?」


「そうなんですよ〜、お姉さん。去年の夏の大会が終わったあと部員がゼロになって、そのまま廃部にされようとしてたのを交渉して、なんとか待ってもらったんです」


 田中のヤロー、相変わらず馴れ馴れしい口調で姉ちゃんと話しやがって。おとなしそうな顔してなかなかの食わせもんだぜ。


 それにしても、呼びかけても誰も入部しないなんて……野球人気が低迷しているのか、少子化の影響か、それともこの学校だけの事情なのか。


 手持ちぶさたでそんなことを考えながら身体を揺らして話を聞いているオレをよそに、廊下の壁にもたれて腕組みしている姉ちゃんと、そこに向かって熱心に説明している田中とで話が進んでいく。


「で、部員集めの期限が今週中だから焦って桜次郎オージロウに声をかけた、と」


「はい。でもそれだけじゃなくて、山田くんが野球経験者なんじゃないかと思って。でもおれの気のせいだったんですね」


「そうそう、気のせい気のせい!」


「茶化さないで桜次郎! 田中くん、気のせいなんかじゃないから。桜次郎はリトルリーグだけど一応経験者なの」


「本当に!? ならぜひとも入部してくれよ!」


「やなこったい! それよりもお前の中学校の野球部仲間に声かけりゃいいじゃねえか!」


「中学時代も部員が少なくてさ、同じ学年だとおれを含めて6人だけ。あとの5人は実力があったから周辺の強豪私学に行っちゃって、ここにはおれだけなんだ」


「お前も私学に行きゃよかったじゃん」


「……それが出来なかったから家から近いここに入学した。でもおれは高校でも野球を続けたい。それだけなんだ」


「ねえ桜次郎。せっかく誘ってくれてるんだから入りなよ、野球部に」


「オレはもう野球への情熱は無くなったんだ」


「ウソおっしゃい。本当にそうなら、どうして中学でずっと帰宅部だったの? 本当は野球に未練があるから他の部活に興味が湧かなかっただけでしょ?」


「うっ……それは」


 さすが姉ちゃん、オレの痛いところを突いてきやがる。だけど野球をやろうと思うと、同時にモヤモヤしたものが心の中に現れてやっぱりやめようってなっちゃうんだ。


 そんな感じでオレが言葉に詰まっていると、田中がつまらないことを姉ちゃんに聞いてきた。


「あの、お姉さん。山田くんは過去に何かあったんですか? 野球がいやになるようなことが」


「いやになるというのとは違うかな。まあ他人から見ればそんなことで、って思うことなのだけど」


「余計なこというなよ姉ちゃん!」


「いいえ、この際だから言わせてもらいます。わたしたちには少し年の離れた兄さんがいてね、高校球児でドラフト上位指名確実って言われてた自慢の兄だったの。だけど最後の夏の大会、その予選の最中に突然失踪してしまって」


「あっ、それ知ってます。何年か前、謎の失踪って連日ニュースとかワイドショーでやってて……投手でも打者でもハイレベルで背の高い人ですよね?」


「そう、その人。この子……桜次郎はお兄ちゃん大好きっ子で幼い頃は何処にでも付いていくくらいだったから、とても強いショックを受けてしまって。直後にリトルリーグを退団しちゃったの」


「うっせーな。そんなんじゃねーよ」


「じゃあ何だっていうの?」


 姉ちゃんとこういう言い合いになるとオレにまず勝ち目はない。結局その後は完全に話のペースを握られてしまった。


「ゴメンな山田くん。そういう事情を知らなかったとはいえ傷口抉っちゃって」


「田中くんは悪くない。いつまでもイジイジしている桜次郎の問題だから」


「なんだよそれ。姉ちゃんは兄ちゃんのこと心配じゃねーのかよ?」


「もちろんずっと心配しているわ。でもね、もし兄さんが戻ってきて今の桜次郎を見たらなんて言うでしょうね?」


「そ、それは」


「それじゃあ決まりね! 田中くん、ウチの桜次郎のことよろしくお願いします」


「あっはい。お姉さんからの頼みなら喜んで!」


「ちょっ!! なに勝手に!!」


「中学では黙って見守ってきたけど、これ以上の甘えは許しません。それに環境も変わってすぐにこんな誘いがあるなんてなんか運命だと思わない? もしかしたら兄さんが戻って来る予兆かも」


「そ、そうかなあ」


「だから頑張んなさい! それじゃあ、わたしは行くね」


「待ってください! ぜひお姉さんも入部を」


「そうだそうだ!」


「いやよ! 入部したって女子は試合に出れないでしょ」


「じゃあマネージャーで。姉ちゃんがやれば一気に部員が増えるよ」


「人を客寄せパンダみたいに言わないでくれる? それにわたしはそんなヒマないの! 必要な時は手伝うからそれで勘弁して」


 姉ちゃんは拒否の姿勢を明確にして、さっさと立ち去っていった。


 あとに残されたのは今でも納得していないオレと姉ちゃんが入部しないのを残念がる田中の2人。


 しかし野球は最低9人必要なわけで……まだまだこの先が思いやられる。


 だけどオレは、心の奥にしまってたはずの思いに、やっぱり胸がザワつき始めたのである。

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