第179話 最適な配球
「タイム!」
おっと、球審のコール……多岐川高校から要求があったらしい。
今はツーアウトながらランナーが二人出ている……つまり多岐川にとっては、オレにホームランを打たれたら同点に追いつかれるピンチなのだ。
そしてすかさず相手側ベンチから伝令が出てマウンドに内野手が集まると、あーだこーだと話し始めた。
それはいいけど、打席で待っているのは暑いので、いったんベンチの前まで戻ってひょ〜ろくくんにクーラーボックス内のペットボトルを持ってきてもらう。
そもそもネクストバッターズサークルで立ってるだけで暑いんだよなホント。
真面目な話、マウンドで投げてる時にもタイム以外で水分補給できる仕組みがあればいいのだが……と実際に夏の予選を体験したピッチャーとしては思う。
マウンドに水筒を置かせてもらうとか……いや、それに打球が当たってあらぬ方へとバウンドしたら困るなあ。
何か画期的ないいアイディアはないだろうか。
などと考えつつ喉を潤して、ボチボチと打席に戻ろう……と歩きかけたところで古池監督が後ろから声をかけてきた。
「オージロウくん! もしかしたら歩かされるかもしれないよ!」
そうだった、忘れかけてたが満塁ではないので勝負してくれない……どころか申告敬遠もありうる。
まあ、満塁で敬遠されたら◯カベンの再現とかで武勇伝くらいにはなるかも……ああ、暑さのせいか余計な事を考えてしまった。
さて、伝令が帰った多岐川ベンチの動きは……。
「プレイ!」
球審からのコール! 少なくとも申告敬遠はしないようだ。
ならばピッチャーの本所は、とマウンドを……見る必要もなかった。
「オージロウぅ〜! この勝負どころで俺は全力で投げる……抑えたら当然、ここまでの対戦も含めてトータルで俺の勝ちになるからァ!」
まあ負けず嫌いもここまでいくと清々しい。と自分を納得させようとした……のだが。
「勝手な事をほざくんじゃねえ! さっさと来いや! ホームラン打ってやらあ!」
我慢できず、つい挑発に乗って余計な返しを……まあやっちまったものは仕方がない。
こうなりゃ有言実行あるのみ……!
そして本所も負けじと返してくる。
「言ったなテメー! 俺の三段ドロップ、打てるもんなら打ってみやがれェ!」
なんか向こうのほうが主人公っぽいじゃねーか、ちくしょう!
いやこの際ヒール役でも何でもいい、オレは打つ。オレはまだまだこの5校連合チームで試合をし続けたいんだ!
やがて一通りの喧騒が終わると、一転して球場内を静寂が覆う。
本所がセットポジションで静止して、一塁と二塁のランナーを目でけん制して。
初球が、来る!
「行くぜェ……どあ゙あ゙あ゙あ゙っ!!」
内角……高めに一度浮いて!
「うりゃあああっ!!」
スカッ!!
ズバンッ!!
「ストライク!」
「うぉーっ! すげーカーブ決まったー!」
「オージロウでも手も足も出ねーぞ!」
コールとともに一気に多岐川側のスタンドから大歓声が!
まだ初球でワンストライクだけだっての……それでもこの興奮はこちらにとってプレッシャーになる。
それにしてもすごいキレだった。
内角高めから低めに一気に落ちてきて……もしかしたら見逃せばボールだったかもだが。
どうしても手が出てしまうんだよなあ。
だけど続けて投げれば、ボールの軌道を見切る自信はある。
しかし本所の宣言は、三段ドロップだけ投げてくるってことか、それとも勝負どころで仕留めるって意味か、どっちなんだい?
2球目は……!
「どあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ーっ!」
ど真ん中でふわっと緩い……失投か!?
悪いけどもらった!
「うりゃあああっ!!」
スカッ!!
「ストライク!」
な、なんださっきのは!
カーブとは反対側に……シンカーか!?
「へへっ……まだ習得中だけど思ったより効いたゼェ!」
ここに来てまだそんなものを!
しかし習得中というだけあってあまりキレはなく、一度見たら見切れるボールだ。
ただ、それを田村がどう組み合わせてリードするのか。
そしてもう追い込まれた……次は……!
「どあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ーっ!!」
外角高めストレート……!
「ボール! カウント1−2!」
ふうっ。釣り球できたか。しかし冷静に見切れた。
さて、一球外してストレートを見せた……次はやっぱりアレが来るよねえ!
「さあ終わりにしようゼェ……どあ゙あ゙あ゙あ゙ーっ!!」
内角……浮き上がって……!
ドスンッ!
「ボール! カウント2−2!」
仕留めにきた三段ドロップだったが、落ち着いてボール……というかワンバウンドするのが見切れた。
ふふふ。オレに必殺技を同じコースで何度も見せるとこうなる……。
というわけでストライクゾーンに入れてきた瞬間に振り切ってやる。
相手バッテリーはどうする? 別のボールで勝負するか?
今までよりも長めのサイン交換のあと、本所はやや緊張感を増した表情で始動して。
最後は迷いなく右腕を振り下ろす!
「どあ゙あ゙あ゙あ゙ーっ!!」
また外角の釣り球……じゃない!
「うりゃあああっ!!」
バシィーーッ!
慌ててアジャストしたけど、ギリギリまで引きつけてレフト方向へ……!
「ファウル!」
「うわぁーっ! でけえファウル打ちやがった、あぶねー!」
「おっしゃ! ピッチャーの球を捉えてきてる!」
またまた両側スタンドから悲鳴と歓声が聞こえる。
速いカーブを高めから落としてきやがった……反応できてよかったぜ。
しかし厄介だな。種類が違うとは言え、緩い軌道から落ちるボールが3つ……カーブにドロップにシンカー。
瞬時に見極められないと振り遅れるかもしれん。
それを踏まえて、最もそれを最大限に生かせそうな最適な配球は……!
次は一応で内角フロントドアにシンカーを投げてきたが……ボールにするのが見え見えでオレは反応せずにフルカウント。
そして覚悟が決まったかのような表情の本所……いよいよ勝負の時だ。
セットポジションから……左足を勢いよく上げて、そのまま右腕を振り下ろしてくる!
「今度こそ!! どあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ーっ!!!」
外角にすっぽ抜け……じゃあないよなあ!
「うりゃああああっ!!!」
バッシィーーーン!!!
低めギリギリ……そこに落ちてきた三段ドロップを完全に捉えた。
本所はもう打球の行方を見ることもなく顔を下に向けている。
もちろん3つのうちどれをストライクゾーンに落としてくるか見極めが難しかったけど。
やっぱり必殺技は、ボールの勢いと威力が見るからに違うんだよ。
そしてオレは余韻に浸りつつ、静かにベースを一周して……同点のホームインを果たしたのであった。




