第173話 パワーで上回る
「うわぁ〜、めっちゃワクワクしてきた! 野球でこんなに楽しいの、いつ以来だっけ〜!?」
5回表の多岐川の先頭バッターである蒼田カケルが右打席でなんか独り言を呟いている。
ウチの古池監督が、ヤツの叔父さんである蒼田監督から試合前にチラッと聞いた話では……高校では当初バレーボール部に転向するつもりだったらしい。
『野球に飽きた』という理由で。
さっきの発言はそれを裏付けるものだと言えるが、こんなに楽しいスポーツに飽きるなんて……。
よっぽど対戦相手に恵まれなかったのか、それとも蒼田カケルの実力が周りより飛び抜けてしまっていたのか。
まあ後者だろうな。と、中学時代は野球から遠ざかっていたオレがどうこう言うのはおかしいけど。
ところで、今までの2度の打席を見た限り……打ち取れるイメージが湧いてこない。
突破口があるとすれば、やっぱりパワーでオレが上回ること。それが全て。
というわけで、実はオレもワクワクしてるんだよ。初球から全力をぶつけられそうな相手だからな。
それじゃあ行くぜ……と意気込んでしょーたからのサインを覗き込むと。
また性懲りもなく外角低めストレートだと?
もうその配球パターンは多岐川に読まれてるじゃん……しょーたがそんなに学習能力がないとは思わなかった。
いや待てよ。もしかしたら2つの意味があるのかもしれない。
一つは、オレのストレートの威力を信じているということ。例えアジャストされてもパワーで押し切れると。
もう一つは、あえてパターン通りにすることで相手側を混乱させる。普通ならパターンを変えてくるのを予想して更に対策してるだろうから。
まあ考え過ぎかも……だけどやる価値があるし、何よりオレのワクワクが止まらない。
この打席、初球だけで終わるかもな。
蒼田カケルはこれまで通り、バットを右肩に乗せてヘッドをやや後方に向けるスタイルで構えて待つ。
オレはいつも通りノーワインドアップからの始動でスリークォーターのモーションに移って。
安定した軸足から、体重移動を加速しつつ右足を踏み出して。
しょーたの手前で地面に叩きつけるようなイメージで、強烈なバックスピンをかけながら。
左腕を下まで振り切る!
「うりゃあああっ!!」
「……そこだーっ!!」
バッシィーッ!!
クソッ! ほぼテイクバック無しの最短距離のスイングで、オレのノビるストレートに当ててきた!
打球は……ライト線上にフラフラと上がって、そのまま行けばファウルになりそうだ。
うっしゃ! パワーで完全に押し切った。
やっぱりヘッドの遠心力が足りないのでは。腕力だけじゃあオレのストレートはねえ。
あとはライトが捕球すれば……いや無理だ、飛んだところが悪い!
こうなったらファウルになって仕切り直しになるのを祈るのみ……!
ドスッと地面に落ちた音が。塁審の判断はどっちだ?
「フェア!」
ま、マジかよ……完全に押し勝ったのに!
「ちくしょう〜! こうなりゃ3塁取る!」
蒼田の声が。コイツ、もう2塁を回ろうとしている!
足も半端なく速いな。ヤバい、やっとライトが追いついて送球するところ……このままじゃ。
おっと、オレも3塁のカバーに行かねーと!
「うわっ! もっと早く判断してくれよ〜!」
ん? なんか知らんが蒼田が急ブレーキから2塁へ戻っていく。
3塁コーチャーからストップが出てるのか。
「だっぴょ〜!」
戻り始めたタイミングでセカンドの近海が中継からサードに送球してきた。
バシッとストライク送球で田白のグラブに収まって……タイミングとしてはアウトかな……。
いや、どっちだったか微妙だな。まあ、近海はサードもできるくらいにそこそこ肩が強いから、その情報を元にして止めたものかも。
この場合は情報に救われたといってもいいのかな……なんか釈然としないけど。
まあ納得してないのはオレだけじゃないけどな。
「オージロウのあのコースをホームランにした人もいたのに……俺のパワーが劣ってるってのかよ〜?」
2回戦の市立甘岬の湖岳さんのことかな?
あの人は腕力だけじゃなく全身バネみたいな身体能力で打ち返してるから……条件が違う。
それとオレがあの時よりパワーアップしてるから。
ちなみに球速は158キロだった。高めじゃなくてもこれだけ出せたのは自信になる。
さて、いつまでもクヨクヨせずに切り替えよう。次はあの人だし。
「ん! オージロウくんはまたパワーが上がっているようだ。だが、ここは追加点をいただこう!」
顔の圧がすごい別府さんだ。
もちろんそれだけじゃなくて場面に応じたバッティングができる器用さと判断力に優れている。
さてどうする気だろう。やっぱり進塁打を意識して右に流し打ってくるのか。
それだけじゃなく蒼田の足も警戒しないと。盗塁してスクイズで点を取りにくるというのも十分に考えられる。
その証拠に大胆なリードを取りやがって……!
プレートを外して素早く牽制!
「へへっ、そんなトロい牽制じゃよゆーだね〜!」
腹立つなあ! これでも懸命に練習してきたってのに、滑り込まずに戻ってしまった。
それでも少しはリードが小さくなったかな。
というわけで別府さんへの初球はここだ!
「うりゃあっ!」
「内角低めギリギリ……ん!」
ズバンッ!
「ストライク!」
今の反応からは右打ちをするつもりだったと思える。
それなら……2球目はこっちだ!
「うりゃああっ!」
「ん! そっちか!」
バコーッ!
「ファウル!」
よし、これで追い込んだ。
外角高めに力を込めて投げたストレートは、別府さんのバットを押しまくって前に打球を飛ばさせなかった。
というかポップフライは避けたい別府さんは上から被せようとする分、スイングが間に合わなくなる。
あとはフィニッシュ……しょーたは普通に三振を取りに来た。変に小細工するよりもそれでいいと思う。
あとは念の為、二塁ランナーへと厳しい牽制を!
「セーフ!」
また余裕で戻られたけど何もしないよりは効果はあるはず。
では別府さんに最後の投球……内角高めストレート!
「うりゃあああっ!!」
「…………ふんっ!」
ズバンッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
球審の宣告を待たずにしょーたが立ち上がる。
別府さんがワンテンポ遅れてスイング……明らかに盗塁を助けるため!
「させるかー! でやぁっ!」
しょーたは最速で送球した!けれど。
「セーフ!」
「ちょっと危なかったー。でもオージロウの投球の隙を突くの、なかなか楽しめたぜ〜!」
やられた……やっぱりオレのクイックはまだまだ改良の余地がありそうだ。
まだ一死で三塁ランナーか。ここで迎えるのはバットコントロールに優れる白城さん。
内野ゴロでも1点は必至。三振を狙うしかないが、そう簡単にさせてもらえるかどうか……!




