第172話 ベンチからの仕掛け
「あ゙あ゙〜! セットポジション面倒くせェ〜!」
4回裏のウチの攻撃中、一死一塁の場面で、多岐川のピッチャー本所がいかにもダルそうに呟くのが聞こえてきた。
そういえばこの試合でヤツがセットポジションを取るのは初めてだ。
ここまでは豪快なワインドアップで投げてきたから、確かにあのままセットポジションに当てはめて投げるのはかなり面倒だ。
というか隙だらけになるじゃん。
ということはクイック用に簡略化した投げ方になって、ボールの威力が落ちるはず。
これは思ったよりもチャンスな状況だぜ……と、オレは一塁ベースから少しリードしつつニヤニヤしながら眺めていたのだが。
セットで静止したあと、やや身体を捻りながら左足をひざを伸ばしたまま素早く上げて。
その勢いを利用して前に体重移動して左足を踏み出し、一気に右腕を振り下ろす!
「どりああああっ!」
ズバンッ!
「ストライク!」
おおっ! 球速表示は153キロ……セットポジションでもさほど変わらない威力のストレートを投げてきたぜ。
だけど投げ方としては……クイックモーションとはとても言い難く、さりとて隙だらけと言うほど酷くはない。
まあ、本人が言うように面倒な投げ方なのは確かだ。
それはともかく、盗塁するには微妙なんだよな。その上キャッチャーの田村は強肩……まあ、オレは自重しておこう。
ここは打席の阿戸さんに期待する……してはいるのだが。
「おらあっ!」
スカッ!!
「ストライク! カウント0−2!」
あちゃー。バットに当たる気配が全くしない。
初球の内角高めストレートで上体を起こされ、2球目は速い方のカーブを外角低めボールゾーンに落とされて豪快に空振りした。
どちらかといえば低めをカチ上げるのが得意な阿戸さん対策もバッチリってわけだ。
そうすると、次はまた高めで、その次は……と投球の組み立てがオレの頭の中に浮かんでくる。
そして3球目は外角高め、というかボールゾーンに外した誘い球だけど、阿戸さんは振らずにカウント1−2。
まあ、さっきのは振ってくれれば儲けものであって、相手バッテリーは次で決めてくる。
ウチのベンチは何も手を打たないのか?
まあでも阿戸さんに細かい芸当を求めるのも……と諦めの気持ちで一応はベンチを見たのだが。
……マジか。
ここまでの試合で出す機会の無かったサインを古池監督は出してきた。
何かの算段があってのことか、それとも……。
まあここで考えても仕方がない。オレも心の準備をするだけだ。
そして本所はセットポジションで静止して、一応はという感じで背中越しにオレの方に視線を向けて。
左足を上げて投球モーションを始動する。
待ってたぜ、その瞬間を!
「うりゃあ!」
気合いの声とともにオレはスタートを切った!
そしてチラッと見えた本所が投げた4球目は……やはり三段ドロップ!
いったん浮き上がってくる軌道だから間違いない。
それを阿戸さんは。
「内角低めに落ちてくる……おらああっ!!」
そう、あえて阿戸さんが得意なコースに投げてくると思ったよ。
何とかバットに当ててくれれば……しかしそれは叶わなかったことが音でわかった。
ドスンとボールがワンバウンドした瞬間に聞こえてきた、ブンッ!! と豪快にバットが空を切る音が。
でもワンバウンドしての捕球……2塁送球がその分遅れるはず。
こうなったら2塁を取ってチャンスを広げるまでだ。
「うりゃあああっ!」
オレは滑り込みの体勢に入る、もらったーっ!
「その程度の足で2塁は盗らせないんで!」
田村の声……から一瞬だけ間を置いてから。
カバーに入ったショートの鬼石くんが塁上に置いたグラブに、ボールが突き刺さるのが見えた。
「ランナー、アウト!」
「おっしゃあー! 三振ゲッツー!」
「あっという間にピンチ脱出だあー!」
「そんな……座ったままであんなバズーカみてーな送球投げてくるなんて」
双方のスタンドがオレの塁上のアウトに騒然としている。
ちくしょう〜。もうちょっとだったのに〜。
「ゴメンねオージロウくん。タッチが痛かった? 立てる?」
鬼石くんは旧連合チームの多岐川のメンバーの中で一番仲が良かった選手で、名前とは裏腹に心優しいナイスな男なのだ。
「いや、大丈夫。それにしても素早いカバーはさすがだよ鬼石くん!」
「いや〜。バッティングでは新入生たちに敵わないから、守備だけはと練習してきたからね」
「ああ、素晴らしかった。大会が終わったらなんか食べに行こうぜ」
お互いに笑顔で別れ会うという、傍から見れば奇妙な光景かもしれないが……オレは駆け足でベンチに戻る。
アウトにはなったが、なんとなく古池監督の意図するところがわかったし。
まずは次の多岐川の攻撃をビシッと抑えねえとな!




