第168話 怒りとパワーのぶつかり合い
ふふふ。155キロ、か。
田村との対戦で出た本日最速の表示に、オレは嬉しいだけではない複雑な感情を抱いている。
155キロは確か……兄ちゃんが高校時代に出した最速記録。
オレ的には、実際に見たボールはもっと速く感じたのだが……。
まあなんにせよ、オレは兄ちゃんにようやく追いつくことができたのだ。
いや、兄ちゃんのことだから今はもっと速いボールを投げるに違いない。
早いところそれをオレと姉ちゃんに見せてくれよ……とつい物思いにふけってしまった。
しかしそんな感慨を思いきりぶち壊すかのように、多岐川の5番バッターで先発ピッチャーの本所が大声でオレに話しかけてきた。
「オージロウさんよォ! 俺より1キロだけ速いボール投げたからって……あ゙あ゙っ! 絶対に後でそれより速いボール投げてやるからなァ!」
コイツ本当に負けず嫌いだな。なんにでも突っかかって来て面倒くさいぜ。
「あーそうかい、楽しみにしてるぜ。それを打つのをさ」
「もう打たせねェよ! その前に今ここでッ! ホームランも打つからよォ!」
本所は言いたいことだけ言い終わると、バットを持った右腕を後方にグルンと半回転させてから構えに入る。
ルーティーンみたいなものだろうか。
そして180センチ前後に見える身体をさらに大きく見せるように、グリップを高い位置に置きバットを立てて構えるのを完了した。
さてどういうふうに攻めようかな。
一見すると内角が弱そうな構え方なんだけど、そう思わせて実は……というのはこれまでに何回もあったパターンだ。
だけどここは思い切って攻め込んでみよう。しょーたもそう考えてるみたいだし。
それじゃあ、いつも通りにノーワインドアップからの始動で軸足を安定させて。
右足を踏み込んで、左腕を力強く振り下ろす!
「うりゃああっ!」
「いきなり来たか! どりあああっ!」
ズバンッ!!
「ストライク!」
よし、しょっぱなから内角高めにノビるストレートが決まった!
ボール球なのに思わず振ってしまう……いつもの調子でボールが走っている。
そしてスタンドが少しどよめいているような。
これはもしかして……後ろを振り向くと。
「また球速上がってるじゃん」
「今度は158キロかよ!」
やった! またもや更新、というか全国でもなかなか出ない数値じゃないか?
やっぱり高めに投げる時のほうが球速は伸びやすいと感じる。少なくともオレは。
このまま投げ続ければもしかしたら大台に……!
「オージロウ! よそ見してないでこっち向いてくれ、返球できないだろう!」
おっと、しょーたから苦情が。
バシッとグラブに受け取ったボールには力が込められていて……ああ、気にし過ぎずに投げることに集中しろってか。
そうだな、集中しないと抑えられない相手だし。
「うあ゙あ゙あ゙〜! 俺の球速を引き離しやがってェ……とにかくホームランにしてやるゥ!」
本所が怒り狂いそうな勢いで悔しがっている。
まあでもそうやって冷静さを失った方がこっちは都合がいい。
さて次は……今ならそこは引っかかってくれそうだな。
それじゃあ2球目行くぜ!
「うりゃああっ!」
「内角低め!! どりあああっ!!」
食いついた!ひざ下に食い込むボール球に!
空振り取った……と思ったが。
「どあ゙あ゙あ゙あーっ!」
バシィーーンッ!!
う、嘘だろ! 食らいついて、しかも芯で捉えてきやがった!
強烈な速度の打球はどこへ……。
「ファウル!」
大きなどよめきが聞こえてくる三塁側スタンドの深いところへ、突き刺さるように入っていった。
「どうだあ゙あ゙あ゙っ! 次こそはホームランだぜェ!!」
コイツ……怒りでバットを振り回すというよりも、かえって集中力を増して捉えてくる……!
球速でむしろ火をつけちまったらしい。
どうしようかなこれ。
本所が打ちやすいコースや甘いところへ行くと、集中しきった意識が身体を反射的に動かしてしまう状態だ。
こうなると芯で捉えられないボールゾーンには手を出してこないし。
対処方法は……まかり間違って振ってくれたら儲けもの、とフォアボール覚悟でボールゾーンにだけ投げる。
それか、ヤツのパワーを上回るパワーで対抗する……もしくはスイングの速さを凌駕するキレの変化球をコントロールミスなく投げきる。
まあ、後ろのバッターを抑えればいいのだから……という考えのサインをしょーたは出してくる。
だけど、ただでさえ多岐川リードを許して流れも向こうにある状況で、それではこちらに流れを引き戻せない。
悪いけど勝負に行かせてもらう。
もちろん正面からパワー勝負でなあ……!
しょーたには今回も折れてもらって。
行くぞ3球目……ここだあ!
「うりゃあああっ!!」
「ど真ん中、いや高めにノビてくる! どりあああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
「うおおーーっ! 真っ向勝負で空振り三振だあーっ!」
「面白い! 面白過ぎる勝負だったぜー!」
「球速表示も、キターー!!」
んっ! スタンドからの声で気になるヤツが!
恐る恐る振り向いてみると……。
遂に、160キロ!
一気に大台に突入だ……スゲーなオレ。
「うあ゙あ゙あ゙あ゙ーっ!! かすりもしねえなんてェ!!」
半端ない悔しがり方の本所。
だけどそれが余計に最後のボールの凄さを自分にも伝えてくれる。
ただ、オレは自分が思っているよりも球速が不安定だ。
後続のバッターには、手抜きなんてしてないのに153キロまでしか出なかった。
まあ、それで打ち取れたから良かったものの……もっと160キロ連発したかったなあ。




