第160話 遂に決着……そして
8回裏は坂平をピッチャーライナーに仕留めた勢いで無失点に抑え、オレは9回表の攻撃で既に先頭バッターとして左打席に入っている。
さっき相手打線を抑えた勢いを止めたくなかったので、アンダーシャツは着替えずに水分補給のみ行ってすぐにベンチから飛び出してきたのだ。
もちろん狙いはダメ押し点……それも、まだホームランを打てていないあの決め球をスタンドに運べれば最高なんだけど。
一方の坂平はこれまでのような軽口めいた挑発などは言ってこない。
その代わりに苦々しく睨みつけるような、そんな嫌悪するような強い目つきが印象に残った。
まあ、ヤツからすればオレは自分の進路にことごとく立ち塞がるような存在だもんな。
それはともかくとして、既に2球でツーストライクと追い込まれている。
どちらも高さを変えただけのバックドアのカミソリシュートという、これまでに比べたらえらく慎重な投げ方で……まあヤツもここでの失点の大きさはわかっているはず。
つまりまだまだ勝負を諦めていない……それだけは伝わってくる。
さて3球目も同じなら、狙いとは違うが打っていくか。
と思って踏み込みかけたところでやっぱり仕掛けてきた。
「ボール! カウント1−2!」
内角高めから胸元をめがけてのカミソリシュートだった。
まあシュートだってわかってたから十分に避けられたけど。
そのあともシュートで内角厳しいところを突いたり、またバックドアを投げてきたりとなかなかアレを投げてくれない。
「ファウル!」
もうファウルで逃げるのも飽きてきたし、次もシュートだったら……と諦めかけた瞬間だった。
「これで終わりにしてやる……オラァーッ!!」
待ってたよ。内角から外角高めギリギリへと、ノビながらベース幅を曲がっていくスイーパーを!
「うりゃあああっ!!」
バッシィーーーン!!
会心の当たりで右中間へとかっ飛んでいった打球は、間もなくそのスタンドへと吸い込まれていって……。
「またデカいホームランきたー!」
「今日3本目! 相手エースを完全粉砕だ!」
見送ればもしかしたらボールだったかもしれない。恐らくボールの下をくぐらせて空振りを狙ったスイーパーだと思う。確実にオレを仕留められるタイミングを計って投げたのだろう。
でもオレはこれをずっと待ってた……そのボールを反射的に踏み込んで捉えられたので、非常に心地良い感触を味あわせてもらった。
まあ、こんな事は相手が誰であれ挑発になるから言葉には出さないけど。
「何を投げたって打たれる。どうすりゃ良かった……やっぱりアイツがちゃんと仕事してくれてたらよぉ……!」
坂平の半分心が折れた感じの呟きが聞こえてきた。
仕事ねえ。もしもあの件のことを言ってるなら、そんなやり方で楽して勝とうってのが元々の間違いだったかもね。
そうして1点追加の5−2で臨んだ9回裏の守り。
オレは八ツ頭打線から既にツーアウト奪って、打席に立っているバッターもツーストライクと追い込んでいる。
梅雨明けの異様な暑さに振り回された試合であったけど、なんとか完投にあと1球までたどり着けた。
最後のボールに残った気力と体力を込めて。
「うりゃあああっ!!」
「う、うわああっ!」
ズバンッ!!
「ストライク、バッターアウト! ゲームセット!」
よっっしゃああああーっ!
スコア以上に苦しかったこの準々決勝を勝ち抜いて、オレたち5校連合チームは、とうとうベスト4まで勝ち上がったのだ!
思わずマウンドに集まってはしゃいでしまい審判に怒られたけど、連合チーム再結成の時には夢と思われた甲子園にまた一歩、それも着実に近づいている。
そんな喜びを噛みしめつつ、今日は松花高校の校歌斉唱で試合を締めくくったのであった。
「オージロウ! 次も俺たちの分まで頑張って、甲子園に出てくれよな」
「最初はナメてたけど、お前ら連合チームと戦えて楽しかったぜ」
八ツ頭高校のリードオフマン瘤田とバント職人の背尾から声をかけてもらってホッと一息。
コイツらには散々苦しめられたけど、後から振り返れば楽しい対戦だったなあ。
坂平は……さすがに涙を目に浮かべながらベンチへと引き上げていく。
ヤツも3年生でこれが最後だもんな。
だからこそもっと気持ち良く対戦したかったのだが。
ちなみにこれは大会終了後のことだけど。
ベスト16の橘商業戦の直後にオレを襲撃した容疑者の男は、警察の厳しい追及にようやく口を割ったと聞いた。
そして自宅からスケートボードが見つかって……2年前の山之口さん襲撃事件もソイツが犯人だったのだ。
依頼人はどちらも坂平であった。動機はもちろん自分が勝ち上がる障害となりそうなライバル潰し。
今回の件はオレというよりは『勝ち上がった方のエースを狙え』という指示だったようだ。
で、男はまだ20歳だが違法ギャンブルが好きで、2年前の時点で既に借金で困っていたらしい。
どういう縁なのか知らんが、知り合いの坂平に後始末をつけてもらい、住所も知られていたので頼みを断れなかったのだとか。
つまり坂平にとって自分の手を汚さずに済む都合のいい手駒であり、他にも余罪が色々とありそう。
それにしても坂平のヤツ、高校生なのにそこいらの半グレ顔負けのやり方だよな……カネの都合をつけられる知り合いか子分か知らないがいるのだから。
まあ、中学時代からそういう繋がりを着々と構築してたってことかな。
坂平は結局、普通に引退することを認められずに退部扱い……もちろん警察からも事情を聞かれて、もう国内では大学や社会人で野球を続けるのも難しいだろう。実力は高いのに道を誤ってしまったから。
八ツ頭の監督も監督責任を問われて解任された。まあ、坂平の実力に頼って素行に目をつむっていたらしいから自業自得だ。
とまあ、未来の話はこれくらいにしておいて。
球場の出口には松笠先生、笹木先生、泉さんが出迎えてくれた。
オレはキョロキョロと周りをうかがってから出口を出る。
「大丈夫だよオージロウくん! 私が横にいて守ってあげるから」
「そんな、泉さんに悪いよ。もし本当にヤバいのが来たらどうすんだ?」
「まあまあ。この笹木もついとるから心配無用です」
「あっ、笹木先生。この前はお礼を言いそびれたけど……オレを守ってくれて本当にありがとうございました!」
「あらまあ、どういたしまして。そう言ってくれるだけで十分嬉しいです」
「あの、オレの両親も直接お礼を言いたいって、また後日に学校まで伺いたいって言ってます。あと姉ちゃんも」
「そこまでしなくてもいいのに……まあ、来るもの拒まずで受け入れさせてもらいます。ところで、お姉さんの調子はどないですの?」
「はい、お陰さまでまだ勝ち残っています」
「それは楽しみやねえ。もしかしたら姉弟どちらも甲子園出場なんてこともあるかもねぇ」
実は、姉ちゃんたちは既に夏の全国女子高校野球選手権に出場中なのだ。
今年は終業式の少し前からの開幕なので、オレたちのベスト16の試合を見届ける間もなく、兵庫県の丹波市というところへ由香里さんたちと共に移動したのである。
女子高校野球は今のところ出場校数が多くないので地方予選無しでいきなり全国大会から始まる。
まずは兵庫県内において丹波市と淡路島に分かれて複数球場でトーナメントを実施して……。
最後に勝ち残った2校だけが、8月の始め頃に行われる決勝戦を甲子園で戦うことができるのだ。
うちは母さんがなんとか職場の有給休暇を取って試合のある日に応援に駆けつけている。
オレは応援に行けないけど頑張れ。姉ちゃん、由香里さん。
そしてオレたちのベスト4は、いよいよあの高校と激突する事になる……!




