第155話 かえって存在を確信する
「タイム!」
6回表の攻撃中で既にツーアウトだが、ランナー三塁のチャンス。
オレは打席に向かっていたのだが……八ツ頭学園側がタイムをかけてベンチから選手が一人、伝令で飛び出してきた。
どういうつもりなのか。申告敬遠ならわざわざタイムを取る必要ないし……。
気にはなるけど、こっちもこの時間を利用してベンチへと引き上げる途中だったしょーたに聞いてみよう。
「なあしょーた。坂平のシュートとスイーパーだけど……」
「みなまで言うな。何か見分けるクセとかないのかって話だろ?」
「おおっ、さすがは我が相棒! 話が早い。それで?」
「……悪いが、さっきの短い打席ではわからんかった。どっちもサイドに近い角度の腕の振りで正反対の方向に曲がる、としか」
「やっぱダメか……でも回転とか腕の振り方とか、なんか参考になりそうな情報はないのかよ?」
「うーん。どっちもサイドスピン系だし、一目でってのは……でもさ、オージロウだってわかってると思うけど」
「だからよぉ! そんなことしなくても余裕で打ち取れるっつてんだろーが!!」
うわっ! 突然の大声で会話が邪魔された。
マウンドから聞こえた声の主は坂平。伝令に向かって感情をぶつけてるらしい。
八ツ頭の内部事情はよくわからんが、どうやら発言権は監督よりも投打の中心かつキャプテンの坂平の方が大きそうだ。
伝令からの伝言は当然監督からのなんだけど、それに決然とノーと言えるのだから。
まあ、今どき監督の言うことが絶対なんてチームはどうかと思うが……坂平を止められる人間がいないってのはそれもヤバい気がする。
なんにせよ伝令がすごすごと引き上げたので、こちらも会話が中途半端で終わってしまった。
「じゃあなオージロウ。できればベースをゆっくり一周してこいよな。おれがプロテクターをのんびり装着できる時間ができるからさ」
つまりホームラン打てってか。ウチのキャプテンも要求がなかなか厳しいぜ。
で、オレは打席で時間をかけて構える……と言いたいが今度はマウンド上の坂平に絡まれて落ち着かない。
「おい、喜べ。今さら敬遠なんてチャチな真似はしねえからよぉ。なんせ俺は、コスパ悪いのも嫌いだが……ナメられっ放しってのがもっと嫌いなんだよなぁ〜!?」
どうやらさっきオレに三振させられたのと、第一打席でホームラン打たれたのを根に持っているようだ。
まあ理由はどうあれ、こっちも一応は返事しておくか。相手を刺激しないように淡々と。
「あー、そうですか。わかりました、はい」
「……とことんムカつく野郎だぜ、オージロウ……!」
あれ、余計に怒らせたようだ。でも気にしない。
ムカつく相手が何を言っても腹が立つ、どうせそんなところだと思うんだ。それにいちいち反応してられるかっての。
それはもういいとして、オレは右足を少しオープンにして構える。
対する坂平はこれまでより一塁側へ寄ってプレートを踏んで……オレを睨みつけながらセットポジションで静止する。
お互い僅かな沈黙のあと、ヤツはクイックで踏み出して。
遅れて出てくる左腕をサイドにしならせ、横振りで投げつける!
「行くぞオラァーッ!!」
「内角低め……いや!」
ズバンッ!!
「ストライク!」
スイーパーか。まさにホームベースを横断して外角低めに決められた!
「うおーっ! ビシッと決めてきたー!」
「このまま仕留めて無失点でいけー!」
綺麗に決まったせいか相手側スタンドに勢いが出てしまった。
明らかにこちら側より多い応援客の声援はそれなりにプレッシャーとなるが、努めて冷静に構え直す。
そしてテンポ良く2球目が、また同じコースに!
ズバンッ!!
「……ボール!」
正確には、さっきよりはいくぶんか外に逃げていくのが見えた。
オープンスタンスでヤツの手元がなんとかわかるので、多少なりとも気持ちに余裕があるのだ。
さて、荒い口調とは裏腹に冷静にストライクカウントを取りにきた坂平。
次もカウントを取りに来るのか、それとも……3球目を投げてくる!
「オラァッ!!」
お腹をめがけて……これは!
ズバンッ!!
「……ストライク! カウント1−2!」
スタンドから驚きの方が強いどよめきが起こる。
フロントドアのスイーパーで、まさに腹を抉られるようなストライクの取り方だぜ。
オレを追い込んで、やや表情に余裕が戻ってきた坂平。
オレの表情はどう見えているかわからんが、自分でも不思議なくらいに心が動かないというか。
それが気に入らなかったのか、それとも単なる投球の組み立てでしかないのかわからんが。
4球目もキタ!
「くたばれやオラァッ!!」
「……うわあっ!」
ズバンッ!!
「ボール!」
内角高めからのカミソリシュートで、今度は切りつけてきた!
もちろん避けたが、オープンスタンスなんで咄嗟に背中を向けられず後ろに下がるしかなかった。
「ピッチャー! 乱暴な言葉遣いと、あまり身体に近いところへ投げるのは控えなさい!」
「……は〜い」
連続での内角攻めにというのもあるが、『くたばれ』なんて叫んだらそりゃ球審から注意されるわな。
まあそれでも相手に怖さを感じさせれば勝ちなので、反省なんてしてないだろうけど。
そしてこうなると、次の攻め方はやっぱり。
「これでキメる! オラァーッ!!」
待ってたぜ、外角低めスイーパー!
「うりゃあああっ!!」
バシィーーンッ!!
オープンにしていた右足を踏み込んで、広角にレフトスタンドへと突き刺さして……。
「ファウル!」
左に切れていってしまったか。
残念だが、まあ次のを打てば済むことだ。
自信満々のオレとは対照的に坂平の顔は一瞬で強張り、次をどうしようかと逡巡しているのが手に取るように分かる。
少し間が空いてから、あえてゆっくりと足を上げて投げてきたボールは……真ん中高め!
ズバンッ!!
「ボール! カウント3−2!」
そこからこちらへ曲がってきたカミソリシュートを、オレは悠然と見送った。
悪いけど、もう見切ったのだ。
やはりだが、シュートを投げる時は一瞬だけど早く身体を開いて投げる……坂平もそこは誤魔化しようがないらしい。
こう何度も同じフォームで特定の2球種だけ見せられたら嫌でも比較できるっての。
オレは投げる瞬間に絞って、あとはコースだけ見極めれば引きつけてから打ってもスタンドに放り込める自信がある。
さあ、早いとこ投げてこいよ!
だが不思議と坂平から焦りは感じられない。
まだ何かあるのか、それとも開き直りか。
「行くぞオージロウ……俺のクソ本気パワー見せてやるよ!」
パワー勝負だと!?
その予告通り、坂平は突如としてオーバースローに変えて思い切り投げ下ろしてくる!
「これで終わりだオラァーーッ!!」
外角低めストレート……!
だがっ!!
「うりゃあああっ!!!」
バッシィーーーン!!!
オレはアッパー気味のスイングで拾い上げるようにセンター方向へと打ち上げた。
ヤツはやっぱりまだ隠し持ってたよ……スプリットを!
スイーパーやカミソリシュートほどの切れ味も変化量も無かったけど、相手の虚を突くには十分なボールだった。
やけに真っ向勝負を強調した坂平の言動が、かえってオレに存在を確信させたってわけだ。
相手のセンターが呆然と見上げる中、打球はバックスクリーン手前でポーンと跳ね上がるのがオレにも見えた。
「と、とんでもねー逆転ホームランだあー!」
「スゲーぞ! さすが俺たちのオージロウだぁ〜!」
うちのスタンドからは野郎たちの歓喜の声が……女子はほとんど聞こえないのは寂しいが、まあいいか。
相手側スタンドは今度こそ甲子園との期待が、ため息に変わって言葉がでない様子……ちょっと申し訳ない。
オレは小さくガッツポーズしただけで淡々とベースを一周したのであった。




