第146話 ここしかなかった
6回表の橘商業の攻勢をなんとか凌いで、その裏の連合チームの攻撃で反転攻勢となることを期待したのだが。
山之口さんは春の試合を思い起こさせるストレート主体でどんどん押すピッチングに、いきなり切り替えてきたのだ。
9番バッターのひょ〜ろくくんから3人をあっという間に三振に仕留めてチェンジ。
最後はネクストバッターズサークルにいたオレは、疲れを回復する間もほとんどなく7回表もマウンドに立つ。
「オージロウくーん! 暑いしお互いにちょっと手加減した方がいいんとちゃうかな〜?」
この回先頭バッターのクセ者、キャッチャー吉高さんが早速、口で揺さぶってきた。
何か企んでいるのか……でも暑いから、オレは手早く守備の時間を終わらせたいんだ。
というわけで構わずにどんどん投げ込む!
「うりゃあああっ!」
ズバンッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
「うわっ! なんにもさせてくれんとはな〜!」
バントの構えも右打ちもやってきたけど……今回はお構いなしに力で抑え込んだよ。疲れるけどこの方が結局早く済ませられる。
後続も6球で連続三振に仕留めて、早めに終わったかな……でも、ただでさえ暑いマウンド上で更に自分の身体を熱くしてるんだから、やっぱり汗ダラダラでちょっとフラッとしてきた。
「オージロウくん! すぐに着替えて……でないと先頭バッターだよね?」
ベンチに戻ると女子マネの泉さんがタオルとアンダーシャツを目の前に出してくれて、あと飲み物も用意してくれていた。
慌ただしいけど、喉が乾いて身体が気持ち悪いまま打席に立っても集中できないし、少しでも手間を省かせてもらえるのはありがたい。
とにかく急いで着替えて、準備をして左打席に向かうと、マウンド上でまさに仁王立ちしている山之口さんから強い言葉が向けられた。
「オージロウ! この回が勝負どころと思ってるから、ランナー無しで対決したかった。俺もここはリミッターを外す……お前も全力で来んと打てんぞ!」
リミッターって……あれでも抑えていたというのか?
そして山之口さんの全身から気合いがみなぎってくるような、そんな気配を感じる。
ならばオレもやるしかない。全集中でそのボールを弾き返すのみ。
そして初球……山之口さんはワインドアップで大きく振りかぶると、春に見たダイナミックなフォームで力強く左足を踏み出して……。
マウンドに倒れるかと思うほど上半身を投げ出して、全力で右腕を振り下ろす!
「フンッッッ!!」
うわっ! 全く見えねえ!
ズバンッ!!!
「す、す、ストライク!」
球審もその迫力に気圧されたのか、コールがツーテンポ遅れた。
球場全体も一瞬静まり返って……その後球場内を山之口コールが埋め尽くすほどの騒ぎとなった。
「すげー! まだこんな力を残していたとは!」
「さすが橘商業の大エースだぁ!」
「続けて行くぞ!」
もう投げてくるのかよ! ぼーっとしてる暇はなかった!
「フンッッッ!!」
お、落ち着け。手前に来る頃に視線を向けて……。
ズバンッ!!!
「す、ストライク! カウント0−2!」
うおおおーっ!! とますます盛り上がる橘商業ベンチとスタンド。
ちくしょう。ボールは真ん中高めでキャッチャーミットに収まってたけどほとんど見えず、反応できなかった。
オレが前の打席でやったことは、全然山之口さんの攻略法ではなかったというのか。
どうすれば……だけど間髪入れずに山之口さんが動き出す。
「これで終わるぞ、オージロウ!」
ま、待って! といっても待ってはくれない。覚悟を決めて、今度はリリースするところから全集中で見る!
「フンッッッ!!」
3球目が来る、とにかく振りに行かねば……。
「うりゃああっ……ああ!」
パシッ!
「球審! スイングは!?」
キャッチャー吉高さんの声だ。オレも三塁塁審へ視線を移すと……。
「セーフ!」
「惜しかったのう。というかオージロウくん、よく止まれたなあ」
3球目は例の急ブレーキがかかる方のチェンジアップだった。
リリースの瞬間、一瞬だけボールの回転が見えたから。でも、ストライクゾーンに決まってたら危なかった。
逆に言えば、山之口さんだってオレのことをまだ警戒しているってことだ。
そう思うと、少しだけ落ち着いてきた。やっぱり初球の衝撃で冷静さを失っていたのだ。
こうなったら落ち着いて相手の配球を……どこに何を投げるのか考えないと。
そのままストレートで押せばよかったのに3球目はチェンジアップ……この暑さだ、向こうもできるだけ消耗を抑えたいはず。橘商業は恐らく控えピッチャーの力量が落ちるから。
あとは、阿戸さんの真似じゃないけど、自分の勘を信じて。
4球目……内角を見送る!
「ボール!」
食い込んでくるスライダーだった。振らせに来ているのがわかる。
さあどうする5球目。今のオレは、カウント稼ぎのチェンジアップならばホームラン、他の変化球でもストライクなら弾き返す自信がある。
それを相手バッテリーがどう受け取っているか。
「オージロウ! 次の1球にこの試合の全てをかける。やはり出し惜しみして抑えられないとわかった」
山之口さんの最終宣告とともに投球モーションが始動して、左足を踏み込んでくる。
そして右腕を渾身の力で振り下ろす!
「フンッッッ!!!」
オレは迷いなくバットを振り切る!
「うりゃあああっ!!!」
バッシィーーーン!!!
気持ちいくらい芯で捉えた打球音が球場内に響き渡る。
オレが狙い打ったのは、内角高め…見送ればもしかしたらボールだったかも。微妙だけど。
手前で僅かに内側に食い込んできたストレートを完全に捉えた。
どうしてそこだとわかったか……答えはそれほど難しくはない。
山之口さんが全力でノビのあるストレートを投げ込めて、かつ万が一当てられても詰まらせられるコースはここしかなかった。
完全に外にハズしてくる可能性もあったけど、その場合はなんとなく雰囲気でわかる。山之口さんはそこまで取り繕えるほど器用なタイプじゃない。
でも、だからこそ最高のストレートを追い求めて、投げられるのだろう。
打球は右中間の深いところ、スタンド中段に吸い込まれるのが見えた。
遂に勝ち越しのホームラン!
しかも、最も打ちたかった人から打てて……最高の気分だぜ。




