第145話 ほんの少し
「さあ、来い!」
橘商業の2番バッター大根さんが左打席でこれまで以上に攻撃的な雰囲気でバットを構える。
あちらもここが勝負どころと踏んでいるのだろう。
だがそれはこちらも同じことだ。この暑さじゃあ、オレもいつまで投げ続けられるかわからん。
スタミナ切れを起こす前に継投に入りたいけど……リードした状況で引き継ぐためにはここで得点を許すわけにはいかない。
あちらのエース山之口さんからの得点はそう簡単ではないので……。
ではこの場面で大根さんをどう攻めるか。
前の打席では粘られた末に低めのストレートをセンター返しされ、得点を奪われたのだ。
なんとなくだが、球数をかけて揺さぶりをかけるのは逆に大根さんにとって有利な気がする。わざわざ対応する余裕を与えてしまうというか。
となれば……しょーたとのサイン交換がなかなかまとまらない。
オレはあの場所に投げたいんだけど、サインを出さないので首を横に振るしかない。
「タイム!」
しょーたが痺れを切らしてマウンドへと駆け寄ってくる。
高校野球では内野手がマウンドに行けるのは1イニングにつき1回で1人だけと決まっている。
それと監督が伝令を送ってきたとき。これはさっきのカウントに入れない。
その貴重な回数を使うだけの価値はこの場面にあると思う。
「おいオージロウ! なんでどこも首を振るんだよ!?」
「まだ出していない場所があるだろうが」
「……お前、本気で言ってんのか? 意表を突くっていうには危険すぎる」
「大根さん相手にはどこも危険だよ。というか粘られる方が危険。ここは力で押し切るべきなんだ」
「だけどなあ!」
「オレはここで全ての力を出し切る。それこそここで降板することになっても……それぐらいやんなきゃ抑えられる相手じゃない」
「……これ以上言っても無駄なようだな。まあ、サインと違う場所に投げられるよりかはマシか。それじゃあサインを出すが……単なる思いつきじゃないって、そう考えていいんだな?」
「もちろん」
オレの即答に納得したのか、しょーたは『わかった』とだけ言い残してホームベースの奥へと戻っていった。
さてサインは……望み通りのが出たのですぐに頷く。
「小僧。待たせたところで俺の集中力は途切れたりしない。観念して勝負しろ」
大根さんの挑発もスルーして、セットポジションで静かに静止する。
一塁ランナーをじっと見て、動きを止めたところでおもむろに右足を上げ……力強く踏み出すと、そこに全体重を乗せるかのように左腕を振り下ろす!
「うりゃあああっ!!」
「!!……なんだと!?」
ズバンッ!!
「ストライク!」
うっしゃ決まった! 渾身のど真ん中ストレート!
もちろんここは意表を突いたってのもあるけど、例え大根さんが反応しても打たれなかった自信はある。
それほどの会心の1球……だがこの打席ではそれで終わらない。
そういうわけでテンポ良く……といきたいが、ランナーをじっと目で牽制して……隙を見せずに2球目を投げ下ろす!
「うりゃあああっ!!」
「ナメた真似ばかりしくさりおって! 2度も通用するかあ!」
ズバンッ!!
「ストライク! カウント0−2!」
「うおおーっ! オージロウが力で押しまくってる!」
「どっちもほぼど真ん中じゃね? かすらせもしねえとはなあ!」
「大根さーん! しっかり捉えていきましょう!」
それぞれのベンチから大きな声が聞こえてくる。
みんなこの場面の重要性をわかっているんだ……熱が入るのも無理はない。
「ど真ん中を、最初はともかく2球続けて……しかも俺がそれに振り遅れるなどと、ありえん……!」
自分の打撃技術にかなりの自信を持っていそうな大根さんを崩すのは、やっぱりそれをパワーで上回るしかない。
まあ色々な変化球を投げられるなら的を絞らせないけど……オレは実質ストレートしかないんで。
それはともかく、3球目はさすがにここまでと全く同じでは打たれる。
技術で上回ることもできないのだから、あとは心理的に……一瞬でも考えさせないと。
そういうわけで、しょーたが何回か出し直したサインに頷いてから、オレは投球モーションに入る。
これが最後だ、どっちにしてもな。
右足を踏み込んで、そこへの荷重移動が理想のイメージ通りだ。これなら全ての力をボールに込められる。
それじゃあ行くぜ、3球目!
「うりゃあああっ!!!」
「……低い! だがどうせノビてくる。それはこの場所になあ!!」
バコォーーンッ!!
音自体は結構凄まじい……だけど完全に芯を外した打球音だ。
単に外したというよりはパワーで押し込んで外させたってところかな。
オレは大根さんの予測通りに、真ん中低めからど真ん中へとノビてホップしていくストレートを投げた。
だけど、無意識にど真ん中へと意識を向けられた大根さんは、ほんの少しだが頭で考えてスイングを修正せざるを得なかった。
そのほんの少しの分だけ、オレのストレートが押し込むことに成功したのだ。
「アウト! スリーアウト、チェンジ!」
セカンドひょ〜ろくくんが、セカンドベース後方まで運ばれたポップフライを丁寧に捕球してくれた。
そういや一塁ランナーはもう三塁を回ってた……ツーアウトだし、最後は全然警戒せずに投げたから。
まあでもいいじゃないか。ちゃんと打ち取ったんだから……これであとはウチが点を取れれば、一気に試合の流れをもっていける。




