第140話 バットを短く持つ
夏の地方予選ベスト16の試合は早くも3回裏に突入している。
対戦相手である橘商業のエース山之口さんとオレとの投げ合いで投手戦の様相を呈しており、もちろんお互い無失点だ。
しかも我らが連合チームは8番バッターまで全員三振というとんでもない状況になっている。
山之口さんがストライクのカウント稼ぎに使っているチェンジアップ……これがなかなか厄介なのだ。
ベンチから見ていると大した事ない緩いボールにしか見えないんだが、打席に立つと印象がまるで違う。
球速がそこそこあって、手前で程よく沈みながら低めのいいところに決まるので、追い込まれていなければ無理して打ちに行こうと思わない。
そして山之口さんといえば豪速球……もちろんウチのバッターもそれが頭にあるから、狙い球を外されるという意味でも。
そういう自分のイメージを逆手に取った投球術でもあるわけだ。
で、ウチの攻撃は既にツーアウト……9番バッターのひょ〜ろくくんが粘っているのでみんな期待して見ている。
そして6球目……。
「フンッッ!」
「うりゃあですっ!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
最後は真ん中高めのストレートにあえなく空振り三振。軌道が見えず当てずっぽうで振ったのかボールとバットの位置がかなり離れていた。
「すみません、打てなかったです……」
「ドンマイひょ〜ろくくん! オレと阿戸さん以外で山之口さんにストレートを投げさせたんだから、十分にやりあえてる! 次頑張ろうぜ!」
「そうだったです……次はやってやるです!」
オレの慰めで元気を取り戻してくれた。ひょ〜ろくくんはこういう切り替えの良さが長所なのだ。
さて、次の攻撃の前にまずは橘商業の攻撃を抑えないと。
4回表は打順が2巡目に入る。なので先頭打者は言うまでもなくあの人だ。
「ぬうううっ! オージロウ、ワシがこの回で引導を渡してくれるわ!」
いや、さすがにそれはちょっと早いんじゃないかと。オレだってまだ誰もランナー出してないし。
と心の中で谷下さんにツッコミを入れつつ、オレはその前の打者……橘商業の9番バッターを思い返していた。
最終的に打ち取りはしたものの、ストレートに食らいつくように粘られた。
春の試合では見かけなかったから1年生なのか、それともベンチ入りできていなかったのか。
いずれにしても、下位打線から上位に繋がるのを防ぐのは重要……というわけでこの回は思い切って攻めていこう。
初球から内角を攻め倒してやる……ん?
しょーたのサインは外角で、しかも外にハズせだと?
何を弱気なことを……と谷下さんをよく見ると、バットを短く持ってる!
まだ中盤なのに。いや、負けたら終わりなんだからなりふり構わずに手を打つのが当然だ。
左打席で構える谷下さんは大柄なので、短く持っても外角には届く……いつも目一杯長く持たないと外角が厳しいオレからすると羨ましい。
それはともかく、外角ボールゾーンのどのあたりを狙おうかな。
決めた……行くぜ初球!
「うりゃああっ!」
「ぬうううんっ!」
ズバンッ!
「ストライク!」
ひええ! ボール1個分は余裕で外にハズしたのに食らいついてきた。
もうちょっと中に入ってたら危なかったが……次も当然同じところに投げ込む。
「うりゃああっ!」
「ワシに続けて同じコースとは! ぬうううっ!」
ガコォッ!!
「ファウル! カウント0−2!」
「惜しい! だが次こそは覚悟せい、オージロウ!」
うわっ、ホントにバットが届いたよ。右足をギリギリまで踏み込みつつ上半身を傾けて……滅茶苦茶だぜこの人!
しかしこれじゃ短く持った意味ないんじゃ……と思わせての外角狙いということか?
しょーたも次どうするか悩んでるな。だけどあんな体勢では当ててもまともな打球は飛ばないと思うのだが。
というわけで3球目も同じ!
「ボール!」
「ぬう! ワシがそんなクソボールに手を出すと思うとるのかオージロウ!」
いやいや、さっきまで振り回してたじゃん。
この人何考えてるのかもう訳わかんねえよ。
それでも、もう一度ボール球を投げることをオレたちは選択したのだが……やっぱり見送られてカウント2−2となった。
どうしよう……出来ればフルカウントにしたくないのだが。
しょーたからは……やっぱり原点に返ってそれで勝負するか。
というわけで……前の打席で空振りさせた内角高めストレートだ!
「うりゃあああっ!!」
「待っておったぞ! ぬうううっ!!」
バシィーッ!!
ノビる高めを上から被せ気味にぶっ叩いて引っ張りやがった!
「くそっ、届かねえっ!」
ファーストの中地さんが懸命に飛びついたその先を猛烈な打球が抜けていって、ライト線を跳ねていく!
「三塁までもらったあ!」
ヤバい、本当にいかれそうだ。オレはサードの後方バックアップに入って待ったのだが……。
「ぬうううっ! あとはホームを獲るだけじゃい!」
結局返球よりも谷下さんが滑り込んだ足のほうが早かった。
ちくしょう。訳わからんことやって内角へ誘導するのが目的だったか……やられた。
「小僧! ここでさっきの借りを返す」
続いて大根さんか。厄介なバッターを迎えたもんだぜ。
そしてやっぱりバットを短く持ってる。
ここはどうする……よし、それで行こう。
初球はここだ!
「うりゃああっ!」
「……内角低め」
ズバンッ!
「ストライク!」
ふう。今日の球審、低めが厳しくなくてよかった。
やはり大根さんは高めを狙ってると思う。だからこのまま!
「うりゃあああっ!」
「今度は外角低め……!」
ズバンッ!
「ストライク! カウント0−2!」
よっしゃ追い込んだ。あとはボール球を振らせれば……と思ったのだが。
「ボール! カウント3−2!」
全く振ってこない。一応ツーストライクからのセーフティスクイズも警戒したのだが……そういう気配もない。
どうしよう。いっそのこと歩かせるか。
いや、それは相手を勢いに乗せるだけ。ここは、今日の低めはストライクを取ってくれやすい……ということでここだ!
「うりゃあああっ!!」
「真ん中低め……しかも今までより甘い!」
バシィッ!!
しまった、センター返し!
「うおおーっ! です!」
セカンドひょ〜ろくくんが横っ飛びでなんとか外野に抜けるのを防いでくれた!
いいぞ、これでワンアウト……。
「おっしゃぁーー! オージロウから先制点もぎ取ったぞー!」
「いける! この試合はいける!」
相手ベンチとスタンドからの声で、谷下さんがホームインしたことに気がついた。
あの打球の速さから言って、ほとんどその行方を見ずに一気に突っ込んだってことか。つまり大根さんへの信頼感ってやつだな。
ひょ〜ろくくんはなすすべ無くファーストへ送りアウトにはしたが……こんな勢いで先制点を許すなんて。
後続は抑えて1点に留めたが……気分としては重い1点リード許してしまった。




