第14話 久しぶりにボールを受けてもらう
「まさか、わたしたちが転入する前にしれっと高野連の脱退までしていたなんてね。確かに先に言っておいてほしかったわね〜」
オレが先に帰宅していたのを見て、始めは怪訝な表情を見せた姉ちゃんだったが。
職員室での先生たちとのやりとりを説明すると納得顔となった。
「今から思えば思い当たることもあるけど……やっぱり酷い話だ」
「でも、早めにわかってよかったじゃない? 連合チームへの参加を交渉し始めてから発覚したら、もっと面倒なことになっていたかも」
「そりゃあそうだけど」
「それはともかく、オージロウと田中くんも……連合チーム参加の手続きとかほとんど調べずに中原先生に頼みに行くなんて、さすがに他人に頼り過ぎでしょ」
「そんなこと言ってもよー、しょーたが全部知ってるって思ってたんだよオレは」
「仲間のせいにばかりするんじゃないの! 確かに田中くんにも落ち度はあるけど。2人だけの部員なんだから助け合わないと!」
「へいへい、わかりました!」
「もう、まったくこの子は……そうだ、明後日はオージロウが投げるボールを受けてあげる約束してたのを思い出した」
「うーん。なんかもう、面倒になってきたからどーでもいい」
「ダメよ! やると決めたことを簡単に放り出すなんて! わたしはオージロウをそんな子に育てた覚えはありません!」
「オレを育てたのは父さんと母さんだろ! 姉ちゃんにそこまで言われる覚えはねえよ!」
「……わたし、オージロウが投げるボールを久しぶりに受けてみたいの。リトルリーグ時代のボールからどれぐらい進化したのか、お姉ちゃんに見せてほしいなぁ〜!」
「し……しゃーねーなあ、わかったよ」
「……チョロい」
「姉ちゃん、今なんて言った?」
「ううん、なんでもない。明後日が楽しみ〜!」
「結局ノセられた気がするぜ……やれやれ」
◇
「おー、やっとるやっとる。頑張って練習に励んでおるではないか、チミたちー!」
「こ、こんちわっす! コーチ!」
「姉ちゃん、どっからそんな芸を盗んできたんだよ」
姉ちゃんは先週コーチをやっていた時とほぼ同じ格好……◯ンキースの帽子とグラサン、あとジャージを制服のシャツの上から羽織っている。
違う点としては、鼻の下に小さな付け髭を装着しているのと、扇子を広げてパタパタやっている。
どうせお笑い芸人か何かに影響されたのだろう。いちいちそんなのに反応してられるかっての。
「田中くん。一応だけど、今どのあたりの練習をやってるのかな?」
「あっ、はい。あとは素振り30分間だけです」
「ありがとう。それじゃ、今日は素振りはお休み。これからオージロウが投げるボールをわたしが受けるから」
「そういえば言ってましたね。了解です!」
「オージロウはブルペンのマウンドに行って投球の準備!」
「わかったよ姉ちゃん」
「コーチと呼びなさい、もう!」
姉ちゃんの要望はあえてスルーし、ボールをまとめて入れてあるバケツをマウンドに運ぶ。
そこから状態の良さそうなのを選んで、左手の中でフォーシームの握りとなるように縫い目を動かしていく。
「さあいつでも来なさい、オージロウ!」
姉ちゃんはいつの間にかグラサンと付け髭を外して帽子のツバをクルッと後ろ向きにかぶり直し、キャッチャーミットを着けて構えている。
正確には座らずに中腰で。というのも制服のスカート姿だからだ。
オレは弟だから別に気にしないが、ここにはしょーたもいるから仕方がない。
「それじゃ行くぞ、姉ちゃん!」
オレはスリークォーターのフォームから左腕を思い切り振り抜いた。
「うらああーっ!」
ズバンッ!
「……思ってたよりいい球投げるじゃない、オージロウ!」
やっぱり姉ちゃんはバッチリ捕球してくれた。ミットから強く乾いた音が周囲に響く。
ただ、ど真ん中目掛けたつもりが、右打者でいえば内角低めに位置がズレていたけど。
そして姉ちゃんから小気味よいリズムで投げ返されたボールを、こちらもリズムよく投げ込んでいく。
リトルリーグ時代はよくこうやって受けてもらってたっけ。
ちなみに姉ちゃんも同じリトルリーグのチームに所属していて、6年生の時は男子を差し置いてエース格で4番を務めていたのだ。
「うらあああっ!!」
ズバーンッ!!
「いいね、今日一番のボールだったよ! それで少し休憩!」
ふう。20球足らずと全然少ないのだが、3年のブランクは大きく疲れてしまった。
さすが姉ちゃん、いいタイミングで休憩を入れてくれる。
その間に姉ちゃんはしょーたと何やら話し込んでいるが……オレは水筒に用意してきたスポーツドリンクを飲みにいったんマウンドを離れた。
◇
「田中くん。先週はオージロウのボールを後ろに逸らすことが多かったって言ってたけど」
「はい。速い上になんか目がついていかなくて」
「原因はいくつかあると思うけど、その一つが『オージロウのストレートの変化』ではないかしら」
「……シュート回転とか真っスラみたいな話ですか? 中学時代にそういうタイプのピッチャーのボールを受けたことありますけど、そんなに逸らしませんでした」
「オージロウはリトルリーグの時からなんだけど、その変化がバッターのすぐ手前からなの。あとノビるボールも混じってて、今日は半分以上がそういう素直じゃない上に制球も定まらないボール」
「……雛子さん、よく平気で全球キャッチできますね」
「わたしは昔から慣れてるから。それであとの投球はわたしの後ろで見てスピードと変化に慣れてほしい」
「了解です」
「まあ、オージロウには下半身とフォームをしっかり固めさせないといけないわね、まずは」
◇
「もういいか2人共!」
「いいわよ。さあ来い!」
「うおおおおっ!」
そうしてあと20球投げ込んだところで時間が来たため終了となった。まあオレもいっぱいいっぱいだったし丁度良かったのだけど。
「オージロウ、これで左肘をアイシングしなさい」
「いーよ面倒くさい」
「ダメよはいこれ!」
渡されたのは氷嚢をタオルで包んだもので、直接肘に当てるとヒンヤリ気持ちいい。
やっぱり多少なりとも炎症起こしてるんだな……心のなかでオレは姉ちゃんの心遣いに感謝しつつ帰り支度を始めたのである。




