第132話 迷わせて迷わされて
「誰やねんアイツ。データに載って無かった気がすんねんけど?」
マウンドの甘岬高校リリーフエース三矢から戸惑いの呟きが聞こえてきた。
というか関西弁? 甘岬は体育科があるとはいえ公立高だから、少なくとも高校1年生までには関西方面から転入してきたのだろう。
それはともかく、しょーたの代打として登場した原塚さんの存在が少なからず混乱を招いているようだ。
だけどこれは必然の話。
オレたちとは別の連合チームだった頃の公式戦は初戦敗退で、離島故に練習試合もなかなか参加できなかったということで、そもそもデータ自体があまりないのだ。
更に新連合チーム結成後の練習試合でも、原塚さんはほとんどが代打か守備だけでの出場だった。
まあ、意図的に出番を抑えてきたというのもあるんだけど。裏話はこれくらいにして原塚さんの打席を見守るとしよう。
バッティングフォームはしばらくの間、ドアスイング改善と打力向上のために左腕を大きく後ろに引いてクローズドスタンスという窮屈なものにしていたのだが。
今は左足を少しだけ前に出して、左肩も開かない程度に自然な高さで構えている。
下半身は腰を落として膝をゆったりして……。
つまり、一見すると狙いはアウトコースっぽく見えるが、その実インコースに呼び込んでいるようにも見える。
この構えでオレたちが何を期待しているかというと……。おっと、そろそろ三矢が投球モーションに入るようだ。
「ここはどないや!」
「……」
「ボール!」
「簡単に見送るか……思ったより手強そうやな」
そうそうその調子。
それでも三矢は右打者のインコース攻めに自信があるのか、果敢にスライダーを連投してきたのだが……原塚さんは1度も振らずにカウント2−1とボール先行で迎えた4球目。
バシィーッ!!
「クソがっ! 最初からずっと外角待ちやったんか!」
三矢が痺れを切らして外角低めにストライクを取りに来たストレートを、原塚さんは見事に右中間へと打ち返したのだ。
強烈なライナーがセンターとライトの間を切り裂いて見事なツーベースヒット!
「原塚さんもナイス初ヒット!」
「これで勝ち越したも同然だ〜!」
8回裏という終盤に訪れたチャンスに沸き立つ連合チーム側のベンチ。ちょっとはしゃぎ過ぎだが気持ちは分かる。
ちなみに原塚さんの狙いは三矢が言った通りに最初から外角のみ。
というのも、ドアスイング自体は結局直ってないから。そこでオレたちと監督で考え抜いて、こう結論を出した。
内角待ちとハッタリを効かせて、ドアスイングの遠心力と原塚さんの筋力が生かせる外角に投げさせる方が早い、と。
そして原塚さんは代打起用で打席数を絞り、できうる限り大会中にボロが出ないようにしよう、と。
さて、それじゃオレがここで試合を決めよう。
いや待てよ。ここまで2打席連続申告敬遠を食らっているのだった。今回はどうなのか……。
「バッター! 早く打席に入りなさい!」
おっ! 諦めかけてボックスに入るのを躊躇していたら球審から注意が来た。
ということは勝負してくれるってことか。さすがはリリーフエース。
というか左打者にはそれだけ自信があるってことだな。
「お前がオージロウか。思ったよりチビやのう。そんなんで、俺の外角スライダーが捉えられるかな〜?」
この野郎! オレが気にしていることをズケズケと!
いやいかん。もう典型的な煽りで頭に血を登らせる作戦じゃないか。
怒りを集中力に変えて……必ず打つ!
まずは初球……やっぱりあれかな?
「ほな行くで〜。そりゃっ!」
外角甘いところに……スライダーの曲がり始めを強引に引っ張ってやる!
「うりゃああっ!」
スカッ!
「ストライク!」
ど、どうなってんだ!? ボールにバットが届かない……そんなバカな!
と思ってキャッチャーを見ると、地面スレスレの低い位置でボールをキャッチしていた。
ちくしょう、何を振らされたんだ?
落ちるボールだと思うが、フォーク程スッとは落ちなかったと思う。
タイミングがずらされたような……ということはチェンジアップか。
どうやって捉えれば、と考えているうちに2球目が来る!
「そりゃ!」
クソッ、また外角……どっちだ?
ズバンッ!
「ストライク! カウント0−2!」
「うおっしゃ! 追い込んでやったで!」
ストレートでズバリか。
完全に翻弄されている。はっきり言ってヤバい。
しかし簡単に諦めるわけには……。3球目に集中するのみ。
「そりゃっ! トドメや!」
内角低め……なんであってもギリギリで見極めてとにかく当てる!
「うりゃっ!」
バコッ!
「ファウル!」
ふう。手前でブレーキがかかって落ちてきたところを何とかカスって、ホームベースに叩きつけるようなファウルとなった。
「この期に及んでチェンジアップに当てるとはな。でもいつまで続くかな〜?」
そうだよな……でも続けられる限りは粘ってやる。
続く4球目もチェンジアップだったが、1塁側ファウルゾーンに何とか転がして粘る。
キレのいい変化球だが、このまま続けてくれれば捉えられそうだ。オレなら次はバッターの目線を変えるが。
さて逆に三矢はどうする?
「これを振らせるまでや! そりゃ!」
「ボール!」
やはり外に大きく逃げるスライダー。予定通りに見送って、次はそろそろ勝負かな。
さあ何で勝負してくる?
「そりゃっ! これで終いや!」
「そうだな! うりゃあああっ!」
バシィーーッ!
外角低めギリギリにキメに来た、ヤツのもう一つの決め球……手前で小さく曲がる速いスライダーを左へおっつけてはじき返す!
伸びるように飛んでいく低い弾道のライナーだがそのままフェンスを……越えずにドカッと大きな音を立てて跳ね返る。
原塚さんはそれをみてから走って、問題なくホームイン!
オレは……セカンドを取りたかったが打球の当たりが良すぎてアウトになってしまった。
それでも遂に勝ち越し……あとは9回表を守り切るだけだ。




