第131話 予定外の選手交代
あ、熱い。いや暑いか。もうどっちでもいいや。
オレは結局8回表もマウンドに登っている。
1−1で同点のまま膠着状態が続き、先行きが不透明だからだ。
具体的には延長戦を考慮して継投の準備をせざるを得ない。
なぜなら9回表には甘岬打線の中心、湖岳に必ず打順が回ってくるからだ。
もちろん、まだこちら側の願望でしかないのだが……8回裏の攻撃ではオレに打順が回ってくるので、何とかして甘岬のリリーフエース三矢から点を奪いたい。
そうすれば9回表に轍くん、大岡と2人の投手をつぎ込むことも可能になる。
しかし願望通りにいかなければ、オレが続投になるかもしれない。
だけど、この暑さでこれ以上投げてられっか、っていうのが正直な思いだ。
ああ、早いところベンチの中で汗びっしょりのアンダーシャツを着替えて水分補給もしたい。
おっと、まだしょーたとのサイン交換中だった。
さて、サインも決まったし。本日最後になるかもしれないボールを投げ込みますか。
「うりゃあああっ!」
ズバンッ!!
「す、ストライク、バッターアウト!」
おっしゃ! 9番打者を真ん中高めで空振り三振に仕留め、2回連続で三者凡退に抑えたぜ。
でもさすがに疲れた。いやオレだけじゃなく守備についているチームメイトたち、それから審判の方たちも疲れが見える。
そういうわけで、何としてでも点を取らねば……先頭打者のしょーた、頑張って出塁頼むぜ!
と思ったのだが、しょーたは足取り重く引き上げてくる。
そしてプロテクターを外し終わったところで、それは起こった。
「しょーた! ちょっとお尻見せなさい!」
ベンチ内に響き渡る声の主は、記録員としてベンチ入りしている埜邑工業女子マネ鯉沼さん。
しょーたとは幼馴染なのはみんな知ってるよ。
でもさ、仲が良いのは結構なことだとは言ってもさぁ……こともあろうか試合中にそういう破廉恥な真似をするのはちょっとねぇ。
と、オレだけでなくチームメイト全員が生温かい目で2人を見ているのを、鯉沼さんはようやく気づいて顔が真っ赤に変わっていく。
「あ、あの! 違うんです、これは! しょーたのやつが、ベンチに戻ってくるときからずっと左のお尻を擦ってて、表情も痛いのを我慢しているのがわかったから、それで」
「よっちゃん、余計なこと言うなよ! あ、あのさ、別になんてこと無いから心配しないで。イテテ!」
そういうことか……さすがは幼馴染、ちょっとした変化にもすぐ気づいてくれて感謝しないと。
そして言い争う2人の間に古池監督が割って入る。
「しょーたくん。しばらく前にそこにデッドボール当たったよね? その時からずっと我慢してたってこと?」
「いや、その。最初はそれほどでもなかったんですけど、時間が経つごとに痛みが出てきたっていうか」
「それじゃ待機しているメディカルスタッフさんに見てもらって。選手交代ね」
「だ、大丈夫ですよこれくらい。それにキャプテンのおれが抜けるわけには。イテテ!」
「ダメだよ。そんな状態でプレーを続けさせることは監督としてできない。それにキャプテンがいなければどうにかなるほどウチのチームはヤワじゃない、と思ってるんだけど」
「はい、問題ないっす」
「別になんてこと無いね」
「大人しく鯉沼さんに付き添ってもらえ」
「そ、そんな〜!」
「というわけだ。鯉沼さん、悪いけど彼に付き添って連れて行ってもらえるかな?」
「わかりました。ほら行くよ、しょーた!」
こうしてしょーたはメディカルスタッフの元へ症状を診てもらいにゆっくり歩いてベンチの奥へと去っていった。
みんな口ではあんなことを言ったけど、いなくなるとやっぱり雰囲気が落ち込んだ。でもチームを心配せずにちゃんと身体を治してほしいと思っているからこそあえてしょーたを突き放した。
ちなみに地方大会では医師の常駐は無いので、県によるが理学療法士の方たちがボランティアでスタッフを務めてくれているのだ。
そしてオレは監督の指示で球審にトラブル発生と選手交代を告げに行く。
というわけで相手を少し待たせてしまったが、しょーた代わりに右打席に立ったのは……。
「久々の公式戦の打席で緊張するが……今こそ打撃フォーム改良の成果を見せる時! 気合が入ってきたぞっ!」
御野ヶ島高校の原塚さん。
そう、彼を連合チームに誘いに行ったあの日以来、公式戦初ヒットを目指して一人で離島の高校で頑張ってきたのをオレたちは知っている。
予定外でいきなりの選手交代となってしまったが、彼ならやってくれる。ネクストバッターズサークルでオレは密かに期待して待つ。




