第117話 コスパの良さ
1回表の八ツ頭の攻撃を3人で終わらせて、裏の攻撃もそのままの勢いで……と思ったのは束の間だった。
バコッ!!
力強く振り切ったバットの勢いとは裏腹に、完全に詰まらされた打球音とともにボテボテのゴロがサードへと転がっていく。
そしてあっさりとファーストに送球されてワンアウト。
「インコースの甘いボールを捉えたと思ってフルスイングしたのに〜。やられたっきゃあ!」
今日の試合で1番に抜擢された近海が戻ってきて悔し紛れに吠えている。
まあ気持ちはわかる。相手のピッチャー坂平の鋭いカットボールを見事に引っ掛けたからだ。
左のスリークォーターから投げ込むカットボールとツーシームによる横の揺さぶりがメイン……というか、近海に対してはその2種類しか投げていない。
そして2番のしょーたに対してもその配球は同じ。よほどそれらに自信があるようだ。
「クソッ! 簡単に打ち取られてたまるか!」
バコッ! と詰まってはいるが、追い込まれてからも2球続けて手元で変化するボールに食らいつき、ファールで粘っている。
いいぞ、そのまま粘ってオレの前にランナーとして出てくれ。
しかし坂平は少し苛立った声色でしょーたに言い放つ。
「俺さあ、嫌いなんだよねえ。1人の打者に何球も投げさせられるの。面倒だしコスパ悪いし。だからここらでちょい本気出すわ! オラッ!」
そうして投げたボールは内角の膝元へ。
だが見た感じ、これまでと同じカットボールでは?
しょーたはすかさずカットしにいく!
「まだ粘ってやる! そらっ!」
ズバンッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
しょーたは集中力を切らさずカットしにいった……がバットは空を切った。
ボールとだいぶ離れたところ振ってたな……戻って来るしょーたに聞いてみよう。
「なあしょーた。最後のボールは別の変化球か」
「いや、たぶんカットボールだと思う……でも縦に大きく落ちた。それまでの小さい横変化で芯を外すやつじゃなくて」
「2種類持ちかよ」
「いや、例えば人差し指とかを強く押し込んだりして変化量や方向を変えることは可能だから。だけどフォームは全く同じだったし、優れた感覚の持ち主なのは間違いないだろうな」
なるほどねえ。思ったよりも手強い相手なのは間違いないようだ。
試合前に田白たちから聞いた情報では……坂平は速いストレートも投げられるけど、基本的に手元で動くボールで打ち取るスタイルらしい。
その理由は『その方がコスパ良いから』ということで……まあバッターを打ち取れるなら理由はなんであれ、人それぞれだと思う。
というわけでヤツは一見するとテキトーにストライクゾーンにドンドン投げ込んでくる感じなんだけど……。
さっきのしょーたの話からすれば、実際には場面ごとに変化の仕方を微調整してるのかも。
などと考えながら左打席に入ると、坂平はもう投球する準備ができている。
「グズグズすんなよ……こっちは早いとこ終わらせてーのによ」
なんかブツクサ言ってるけど無視。目一杯ゆっくりと構えに入る。
まあ、オレも普通ならこんなことしないんだけどね……この程度で化けの皮が剥がれるようならヤツの性根は変わってねーってこった。
さて初球はどう来る。内角か外角か。
ヤツはノーワインドアップから比較的コンパクトなフォームで素早く投げ込んできた。
「オラッ!」
内角……腹をえぐる気か、向かってくる!
「うわっ!」
ズバッ!
「ストライク!」
思わず腹を引っ込めたオレをあざ笑うかのように、ボールはストライクゾーンへと曲がった。
ちくしょう、フロントドアかよ。
「そ〜んな避けなくても当てやしねーって、ハハッ!」
クソッ、余裕の口振りで笑われた。
まあでもこういうボール投げてきたってことは外角勝負かな?
何にしてもギリギリまで引きつけて変化を見極めてから弾き返してやる。
2球目はさっきと同じ……うわあっ!
「ボール!」
「アハハ〜、ちょっと手元が狂ったかな。ゴメンな〜?」
危なかった。こっち側へ変化するツーシームだった。
いや、こういうのも予想はしてたんだけど……つい打ち気にはやったというか。なんかヤツのペースに乗せられてる。
次はどう来る。セオリーならそろそろ外角、それもカットボールで打ち取りにくるんじゃないかと。
だけど執拗な面もありそうな坂平が次に投げてくるのは……ヤツがモーションに入る。
「なんだコイツ、どうってことねーじゃん。いくぞオラッ!」
また同じようなコース……いや、さっきよりはゾーンギリギリで、こう曲げてくるはず!
バシィーンッ!!
最初のカットボールよりも幾分か落ちながら向こうへ曲がっていくボール……前の軌道のイメージで打ってたらボテボテのピッチャーゴロってところか。
ヤツのことだからそれで一気に精神的なマウント取ろうとしたんだろうが、そうは問屋が卸さない。
ギリギリまで引きつけてイメージ通りにセンターからレフト方向へと力で打ち返した打球は、放物線を描いて小型バックスクリーンの左横へと落ちていった。
「うっしゃ!」
小さくガッツポーズをしてベースを回る。ウチのベンチもそれなりに盛り上がっているようだ。
対照的に呆然としている八ツ頭の野手たち。
坂平は……最初は驚いた顔をしてたけど、あとは眉間にややしわを寄せた以外は何も言わずに足でマウンドをならしている。
直前まで割とおしゃべりだったのに、かえって不気味だな。
まあでも気にしても仕方がない。次は4番の阿戸さん。連続ホームランで坂平にガツンとイヤな印象を植え付けようぜ!




