第109話 探り合い
多岐川高校との練習試合は思っていたよりも淡々と進んで早くも3回表ワンアウトでランナー無し。点差は1−0で変わらずだ。
まあ、夏の大会はお互いにノーシードだからいつ激突するかわからない。1回戦でいきなりということも有り得る。
そんなわけで手の内をさらけ出さないように注意しつつ探りを入れようとしたらこんな展開になってしまう。
だけど抑え込まれたまま終わるのもよろしくないので、この回は追加点を狙っていこう。
「しょーた! 出塁頼むぜ!」
ネクストバッターズサークルに向かいながら後ろ姿のしょーたに声をかけると、黙って軽く頷きつつ左手を軽く上げて応えた。
なんか考えてそうだな。黙ってキャプテンに任せよう……と思った矢先だった。
「田中くーん! 練習試合とはいえ、ここで少しは揺さぶりとか掛けとかないとねー!」
観客席から姉ちゃんの声が……途端に後ろからでもわかる程にしょーたの顔が緩んだ。
全くしょーがねー野郎だぜ。そして間髪入れずに埜邑工業女子マネ鯉沼さんが、姉ちゃんの声に被せるかのように声を張り上げる。
「しょーたー! なんかややこしいこと言ってる人がいるけど、気にしないでいつも通り思い切って打てばいいから!」
うわあ……あからさまに対抗心丸出しというか。だけどしょーたの顔が引き締まったからいいか。
ちょっと微妙な空気に包まれかけた場の雰囲気を変えようとしたのか、ここで由香里さんが声援を送る。
「田中くん! 初打席だしまずはじっくり見ていこう!」
あえて先の2人とは違うことを言ってくれてる。さすがだぜ由香里さん。
しかし今度は多岐川女子マネ仲尾さんが反論するかのように石元さんに声を送る。
「しょーたくんにはどんどんストライク投げ込むといいらしいよー!」
苦笑する石元さん……。
そして観客席では姉ちゃんを挟んで由香里さんと仲尾さんが、まるで取りあうかのようにくっついて座っている。
そして少し離れた席から鯉沼さんが姉ちゃんを睨むかのように視線を送っている。
ひええっ! 女子たちの人間関係がどう見てもヤバそうな状態だ。
しかもその中心はどっちも姉ちゃんじゃないか。罪作りなお人だぜ……。
まあでも姉ちゃんのことだから、オレがどうこう言わなくても自力でなんとかするだろう。というわけであえて知らんぷりです。
「そろそろ投げるけどいいかい?」
石元さんが申し訳なさそうにしょーたに声をかける。すみません、 気を使わせて。
いろいろあったけど石元さんがしょーたに初球を投げる……と、しょーたがバントの構えを!
「ボール!」
石元さんは反射的にボールゾーンへ外したように見えた。しょーたはそれを見てあっさりとバットを引っ込めて……まさに探り合いだな。
ファーストとサードがあまり出てこなかったのは、試合中盤に気が緩んだところを見せるという弱点を見つけられたかも……でかしたしょーた。
2球目もバントの構え……だが切れ味鋭いスライダーの前に空振りでストライク。
送りバントをしたい場面では厄介なボールだ。
さて3球目はどうする?
やはりバントの構えを……いや引っ込めて素早く振り切る!
バシィッ! と甘く中に入ったスライダーを引っ張ると三遊間をきれいに抜いてレフト前ヒットだ!
石元さんにしては珍しいコントロールミス。いやもしかしてわざと……ダメだ疑心暗鬼になってる。
まあ何にせよ連続ホームランで2点追加させてもらうぜ!
さて何を待とうかな……と左打席で考え始めたところで球審役の上中野監督から声をかけられた。
「オージロウくん、ファースト行って!」
「はあっ?」
「蒼田監督から申告敬遠出てるよ。この練習試合でもルール適用するって古池監督から聞いてないのかい?」
聞いてねーよ……なんか1つ言い忘れることが多いんだよな、あの人。
仕方がないのでトボトボ歩いていく。練習試合で敬遠なんて意味あんのか?
オレの無念を晴らしてくれ、次の打席に立つひょ〜ろくくん!
「捉えたです!」
今度もバシッ! とインコースから甘く入ったスライダーを捉えたひょ〜ろくくん……しかし。
「ん! 悪いけど注文通りだ!」
ショートが普通にゴロをさばくと、素早くセカンドベースに入った別府さんに送られて、そのままファーストへ!
「ダブルプレー……ごめんなさいオージロウさん〜!」
送球された後にファーストベースを駆け抜けたひょ〜ろくくんの嘆きが聞こえてきた。
別に謝る必要はないけど……多岐川にはひょ〜ろくくんは打たせたほうがいいと判断されてしまったようだ。
まあ大会では恐らくオレの後ろは阿戸さんだろうけど……既に対策されていてもおかしくはない。
つまり、いざとなればオレを敬遠するのが有効と蒼田監督に認識されたかもしれない。
イヤな流れだ。だからこそ多岐川打線はキッチリ抑えないとな。




