第106話 いきなりストレート勝負
「ごめんなさいねぇ〜。だいぶ遅れてしもうて」
「問題ありませんよ笹木先生。田白くんたちもゆっくり着替えてウォーミングアップしといて。まだ時間はあるから」
到着が遅れていた埜邑工業の面々が姿を見せて、ようやく連合チームは全員が揃った。
出迎えは古池監督たちに任せて、オレたちは多岐川の選手たちと一緒に試合前のウォーミングアップに勤しんでいる。
「ん〜! もうこれくらいでいいだろう。あとはチームでそれぞれ準備に取り掛かろう、しょーたくん」
「そうですね。じゃあ多岐川高校を倒す準備を始めますよ別府さん」
「ん! どうやら戦力に自信有りと見た。しかしそれはウチもだと言っておこう」
「望むところです。お互いにいい試合をやりましょう!」
キャプテン同士が火花を散らす一方でオレたちはベンチに引き上げて試合への集中力を高めていく。
オレも素振りやっとくか。とりあえずウチが先攻なのは決まっているのだ。
あとは監督たちがこの試合の回数やルールを話し合い、メンバー表の交換を行なっている……と思っていたら古池監督たちがこちらへ歩いてくる。
なんだよ素振りを始めたところなのに。一旦バットを置いて集まらないと。
「えーと、まず今日の試合のルールについて。夕方から雨が降り始めるっていう予報が出てるから6回で終了……というか本格的に降り出した時点で打ち切るってことになった」
「えー、それじゃ何回打席回ってくるんだろう?」
「というかスタメンじゃないと打席に立てないかも」
みんながざわつき始めた。理由は分かってる……今日と明日の練習試合が最後のアピール機会となるからだ。
7月中旬から始まる夏の予選、いやその前に期末テストもあるから、このあとはその準備に入らねばならない。
だから不安になるのはわかるけど……ここでしょーたが全員に聞こえるようにハッキリとした話し方で呼びかける。
「みんな思うところはあるだろうけどさ。静かにしないと監督の話が余計に長くなるから、まずは最後までちゃんと聞こう!」
しょーたのしっかりした声の呼びかけが功を奏したのか徐々に落ち着いてざわめきが収まっていく。
「コホン……で、あとのルールとしてはDH有り、延長戦無しってところかな。で、スタメンなんだけど……まずは1番DHオージロウくん!」
「えっ!? オレが1番、ですか?」
どういう思惑なんだ……再びざわめきが起こるが古池監督は気にせずに発表を続ける。
そして2番はひょ〜ろくくん、3番は田白と続いて……。
「9番キャッチャーしょーたくん!」
なんと、ここまで1番固定だったしょーたを9番に。まあオレの前を打つことに変わりはないけど……。
でもこれではっきりした。監督たちはこの試合を勝ちに行くよりも、あくまでレギュラー選考の参考にしたいらしい。実際、当確であろう阿戸さんはベンチスタートだし。
そうなるとひょ〜ろくくんが心配だな。守備はいいんだけど打力が弱すぎるし……セカンドをこなせる選手は他にもいるのだから安穏とはしてられない。
オレも結果を出せるように頑張るだけだ。
「がんばれー、オージロウくーん!」
「ちゃんと狙い球絞らないと石元くんは打てないわよー!」
打席に向かう途中でスタンドから由香里さんと姉ちゃんの声が聞こえた。由香里さんの期待には応えたいな。
声の方を見ると各校の女子マネたちも全員一緒にスタンド観戦してる。彼女たちにも楽しんでもらえる試合にしたいぜ。
「オージロウくん! 今日が来るのを本当に楽しみにしてたよ!」
マウンドから石元さんの声が。多岐川はエースを出してきたのか。
「オレもですよ! 石元さんのボールをホームランにしたいってずっと思ってたんです!」
「そっか……俺も思ってたんだ。オージロウくんとストレートで真っ向勝負したいってね」
マジか! それは楽しみだが額面通り受け取っていいものか。
練習試合とはいえ相手打者を打ち取るに越したことはない。だけど石元さんはあんまり駆け引きとか使ってくる人じゃないし……。
「あのう。俺、田村って言います。オージロウさんの噂は聞いてるんで、実際にどんなもんなのか見たくて仕方がなかったんで」
「……あ、そう。まあそこから見ててくれよ」
期待の新入生というキャッチャーからいきなり話しかけられた。無礼とかじゃないけどなんか上から見られてるような気がする。
それだけリードに自信があるってことか。近くで見ると肩周りとか胸板が分厚いし打つ方も要注意だな。
さて初球は……予告通りのストレート!
「ストライク!」
外角低めにキレのいいボールがキマった。今のは簡単じゃないし狙いじゃないから、まあいいや。
ところで球審を務めてもらってるのはいつも通りというか、松花の上中野監督にお願いしてる。
さて次は……内角低めにやっぱりストレート!
「うりゃ……」
「ボール!」
思わずバットを出しかけたが止めることができた。相変わらずのコントロールの良さで際どいところを突いてくる。
ホントにストレート勝負してくるのか。まあそれなら遠慮なく打つだけさ。
3球目はどのコースに……?
「行くよオージロウくん、てやっ!」
石元さんが珍しく声を出しながら力強く右腕を振り下ろして……。
外角高め、今回も際どい!
ズバッ!
「ストライク! カウント1−2さね!」
うーん、ちょっと手が出なかった。まあ次も同じコースなら打てるけど。
しかしなんだろうな。単にコースを散らしてるのか、それとも探りでも入れてるのか。
後ろの田村くんから感じる雰囲気は冷静そのものというか、ちょっとリードを読むのが難しい。
とにかく追い込まれた以上は来たボールを打つしかない。
さあ来い4球目。順番通りなら……。
「悪いけどキメるよ! てやっ!!」
石元さんの指先から放たれたのは、オレが待ってた内角高め!
バシィーンッ!!
ちょっとボールくさかったけど迷いなく振り切った!
自分で言うのもなんだが凄まじい打球速度でライトの後方へといい角度で飛んでいく。
「ああ〜、やられたか〜!」
石元さんの嘆きが聞こえたのとほぼ同時にスタンドへ飛び込んで、先制ホームラン!
淡々とベースを回ってホームイン……しかし田村くんは落ち込むでもなく次の打者を迎える準備をしている。
どういうことだ。一見単純なリードだったけど気にしてないのか、やはり目的でもあったのか。
そういや多岐川のベンチ内で制服姿の男子が1人、熱心にノートへ書き込んでる。
不気味だな。前はそういうのはやってなかったのに。
でもとりあえず投球の準備をしないと。せっかくだからこのまま勝ちたい。




