第1話 野球部に入らないか?
「あのさあ、山田くん。唐突だけど野球部に入らないか?」
高校1年生の2学期が始まって間もなくの放課後、もう帰ろうとしていた矢先だった。
父親の急な転勤で転校してきたばかりというのに、同じクラスの男子がいきなり入部を誘ってきたのだ。
「え〜と、君は確か……」
「田中だよ。田中正太、よろしく」
田中くんか。こんなヤツいたっけ、というのが正直な感想のあまり目立つタイプじゃない男子だ。
中肉中背でくりっとした瞳というか少し童顔で、まだ教室内だというのに◯サンゼルス◯ジャースの帽子をかぶっている。
野球好きではあるのだろうが、この学校では野球部は活動していないと聞いていたのに、どういうつもりなんだ?
まさかその気になってOKすると「嘘ぴょーん!」と笑い者にするんじゃ……その割には真剣な眼差しだけど演技かもしれない。
「悪いけどオレ、そういうのに入る気ねーから」
「そんなこと言わずにさ! おれ、キミなら絶対入ってくれると思って声をかけたんだ!」
「……なんでそう思ったんだよ」
「何となく。山田くんは野球してた事あるんじゃないかな〜って」
コイツ、なんか鋭い……いや偶然だよな。
オレは確かに野球経験者だ。といっても小学校6年生までリトルリーグで活動していただけで、中学校では野球部はおろかシニアリーグにも入らなかった。
あの日以来、オレはもう野球への情熱を失ったんだ。何故なら……いや、そんなことは今どうでもいい。
「勘違いじゃねーの? オレは野球のやの字も知らねーよ。それに身長も高くないし身体つきもブヨブヨで、期待には沿えないと思うし。部員不足だってんなら他のヤツを当たってくれ」
「もう学校じゅうの男子に声をかけたよ! でも誰も興味持ってくれなくて……今はおれ一人だけなんだ。だから頼むよ」
「そんなことはオレの知ったこっちゃねえ! そんな状態ならいっそ廃部しちまえば?」
「そんな……おれは高校野球がやりたいだけなんだ、だからさあ」
「しつこいぞお前!」
オレは腕にしがみついてきた田中の身体を振り払おうと……する直前に後ろからオレを咎める女子の声が聞こえてきた。
「何をやっているの桜次郎! 友達を無理矢理に振り払うなんて酷いこと、許さないわよ!」
「げえっ! 姉ちゃん!」
現れたのはオレの姉、山田雛子だった。
オレより一つ年上で、弟が言うのもなんだが容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、更に人当たりが良くコミュ力も高いという完璧超人である。
そしてオレが幼い頃から何やかやと面倒をみてもらってきた。
正直言えば頭が上がらないオレとしては彼女に咎められたら無視するわけにいかないのだ。
「ち、違うよ姉ちゃん。コイツは友達じゃねーから!」
「……友達でなくてもそんなことしちゃダメでしょ!?」
「そんなこと言ったって田中……コイツがしつこくて」
「お、おれは山田くんを野球部に誘っていただけなんです、雛子お姉さん!」
姉はそのハイスペックと人柄の良さで転校初日から校内で話題になるほどであり、田中が名前を知っていても不思議ではない。だがオレの姉ちゃんの名前を軽々しく呼ぶんじゃねえ!
「コイツ、何を馴れ馴れしく」
「ストップ、桜次郎! 田中くん、その話を詳しく聞かせてもらえるかしら?」
あーあ、姉ちゃんが田中の話に興味を持ってしまった。でもオレは姉ちゃんに何と言われても、今さら野球をやる気にはならないぞ!