第五話 決戦の後Ⅴ
ヴァイザーは昔を懐かしんでいた。
数々の思い出が頭の中を駆け巡る。300年も経つというのに、まるで昨日のことのように感じられた。
「…ザー、おい!ヴァイザー!」
「ん…?ああ、なんだい?」
自分を呼ぶ声で我に返った。前には闇の神の姿をしたシュバルツが立っている。
「これから何をすればいいんだ?」
ヴァイザーは自分の顔をペチンと叩くと、早速、力の使い方を伝授し始めた。
とりあえず、基礎となる初級の技である『闇の波動』から始めようと思い、右手を開いて前に出すようにシュバルツに命じた。
「そうそう、そして右手に魔力をこめて…」
技の詠唱を、と言おうとしたその時、シュバルツの右手から光が見えたような気がした。
ヴァイザーが振り返ると、シュバルツの手から突然『ダークフォース』が放たれ、こちらに凄まじい勢いで向かってきたのだ。
「『月光の守護者』!!」
咄嗟に技を詠唱してダークフォースを防ぐ。しかし、ヴァイザーはそこで言葉を失った。
(なんて威力だ…!)
ヴァイザーが繰り出したムーンシールドは神の技の中ではかなり上級のものだった。
そして、ダークフォースは神の技の中でも初級中の初級のものだったが、シュバルツの放ったダークフォースはとても初級とは思えぬ火力で、ヴァイザーのムーンシールドを突き破ろうとしていたのだ。
ヴァイザーは必死に力を込めて耐えるものの、ダークフォースに押され、シールドに徐々に亀裂が入っていった。
(くっ……だめか)
シールドが砕け散る。そう思ったその時、ようやくダークフォースが止んだ。シュバルツが手を止めたのだ。
「…今のがダークフォースか?」
「あ、ああ、そうだよ!分かったみたいだね」
落ち着いた様子のシュバルツにヴァイザーは思わず失笑した。
(こいつはバケモノだ)
神の技を無詠唱で放つなど聞いたことがない。
さらに初級技で、本人は本気を出していないのにこの火力ときた。
闇の神の必殺技『漆黒の稲妻』を使えばどうなってしまうのだろう
「他に何かやることは?」
「うーん(笑)、魔法系はひとまず大丈夫そうだし、次は神剣を使ってみようか」
「どうやるんだ?」
「まず、両手を腹の前に出して、目を閉じる。そこに剣があることをイメージするんだ。そして」
詠唱をする、と言う前にシュバルツは既に闇の神の神剣『破滅の大剣』を手にしていた。
「振ってごらん」
そう言うとシュバルツは軽やかにルーインソードを振るった。
剣のブレードから出る黒いオーラが剣筋をなぞる。素人目から見ても美しい剣筋だ。
昔から感じていたが、シュバルツは剣、魔術において素晴らしい才能を持っている。
これが天才というものなのかとヴァイザーは剣を振るうシュバルツをじっと見つめた。
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30分後、ヴァイザーはシュバルツに初級から上級の技をある程度教え終えた。
「これで最後だ。もう私から教えることはないよ」
「最初のような実践はいらないのか?」
「うん(笑)」
初級であんなんじゃ中級なんてとても受け止められる気がしない。
「じゃ、戻ろうか」
ヴァイザーはシュバルツと共に人の姿に戻ると、クロイツェンの街へと戻った。辺りはすっかり暗く、人の気配はない。
二人の間にはどこか寂しい沈黙が訪れた。
「これで、しばしお別れだな」
「…そうだね、10年後の返事を楽しみにしているよ」
ヴァイザーは無理やり笑って見せる。
「お守りの1つくらい渡したいんだけど、生憎いいものがなくてね、すまない」
「大丈夫だ。誰かさんのせいで不死身になったからな、あんたも10年は死なないように頑張れよ」
シュバルツは少し口角をあげて笑ってみせると、「じゃあ、またな」と言って前を向いて歩き出した。
出会ったばかりの頃には、そんな表情をヴァイザーにみせることはなかった。
これを彼の成長というのかは分からないが、ヴァイザーはなんだか胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「全く、君というやつは…じゃあねシュバルツ!お達者で」
ヴァイザーはシュバルツの後ろ姿を目に焼き付けると、どこか彼方に飛び立った。