第四話 決戦の後Ⅳ
ーーー バーにて ーーー
「お!来てくれたのか兄ちゃん!」
相変わらずのテンションの高さに苦笑しそうになりながら、シュバルツはマスターの声に応じた。
「ああ、晩御飯を食べにきたんだ」
夕方だからか、バーの中は人でいっぱいだった。ちょうど奥のテーブルのある二人席が空いていたので、そこに座る。
「ここ、いつも寄ってるの?美味しいよね〜、見る目あるじゃん!」
「……ビールと肉シチュー、パンをそれぞれ2つずつ」
喧嘩する2人を横目にマスターは注文を承ると「あいよ!」と言って奥に戻って行った。
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「乾杯!」
ヴァイザーの掛け声と共にシュバルツは、しぶしぶビールの入ったジョッキをぶつけ合わせた。
「いや〜私に晩御飯を奢ってくれるなんて…シュバルツ君はなんて優しいんだ」
「殺すぞ」
その言葉にヴァイザーは「ひいい」と大袈裟に驚いてみせる。全く何なんだ、この駄神は…
「ここのシチューはチーズと胡椒を少しかけると美味しいんだよ?あ、でも君はまだ舌が肥えてないから分からないよね〜^ ^」
いちいちマウントを取ってくるのに腹が立ったため、テーブルに置かれていた胡椒をぶっかけようとしたその時
「…それで闇の神が…」と言う声が聞こえた気がして、声のした方を振り返った。
話しているのは茶髪の男に白髪の男、若い男子二人組だ。身につけている装備を見るに、冒険者だろう。
シュバルツは横目で二人を見て、彼らの会話に耳をすました。
「…そうそう!闇の神が遂に死んだらしい!」
「本当か?!しかし、何で死んだんだ」
その言葉に茶髪の男が身を乗り出して答えた。
「そう、ここからが重要だ。実は闇の神の遺体はまだ見つかっておらず、闇の神が死んだ理由は分かっていないらしいんだ」
「何?じゃあ『ダークガーネット』は…」
「この世界のどこかにある」と茶髪の男はニヤリと笑った。
「神々の発表によると、『ダークガーネット』を見つけた者には1000万ルビーが与えられるんだってよ」
「マジかよ!!ちょっと久しぶりに宝探ししちゃおっかな〜」
一連の会話を聞いたシュバルツは気付かぬうちに腰のダガーを握りしめていた。
それを見て、ヴァイザーが呑気な口調で口を開く。
「君は人気者だねぇ」
「しかし、もう人々に公開したんだ。早いね」と呟くと、再びシチューを食べ始めた。
(もうここにいるべきではない)
シュバルツは直感的にそう思った。
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「俺は明日にでもクロイツェンを出る」
バーを出た後、シュバルツはそう言った。
ヴァイザーは少し間をおいて無表情で答える。
「どこに行っても変わらないよ?」
「クロイツェンにいるよりはマシだ。ここは人が多すぎる」
「行く宛はあるのかい?」
シュバルツは少し考えて答えた。
「冒険者として各地を転々とするつもりだ。一定の場所に留まるのは危ない。それに、これからは目立たぬように独りで行動する」
ヴァイザーは「私が邪魔かい?」と言うが、特に怒ったような表情ではない。
「…そういうわけではない、だがリスクは少しでもなくしておくべきだ」
「分かった」ヴァイザーはにこやかに言うと、「じゃあ最後に君に教えておきたいことがある」と続けた。
「なんだ?」
シュバルツがそう聞くと、ヴァイザーはシュバルツに歩み寄り、シュバルツの肩に手を乗せて何か呪文のようなものを唱えた。
その直後、目の前が真っ白になったかと思うと、目の前の光景がクロイツェンの街並みから、見渡す限り何もない荒野へと変わっていた。
「ここは…?」
「ブランセン王国から遥か南のとある荒野だ。人はもちろん、神々もまだ来ていないはずだよ」
いつの間にか、ヴァイザーは身につけていた鎧を脱ぎ捨てている。
「何をする気だ?」
「これから君に神の力の使い方を伝授する」
シュバルツが恐る恐る聞くと、ヴァイザーは笑みを浮かべて答えた。
「…え?」
「大惨事にならないように君の放った技は私が受け止めるから安心しな」
ヴァイザーはそう言うと、握りしめた白いダイヤモンドから放たれた白いオーラに身を包み、光の神の姿になった。
「俺は闇の神の力を使うつもりはないぞ?」
シュバルツがそう言うと、ヴァイザーは「はいはい」と言いながら腕を伸ばし、準備体操のようなものを行った。
「君はそのつもりなんだろうけど、君はそのダークガーネットから逃れることはできないよ」
「どういう意味だ?」
「そのまんまだよ、まあいいからダークガーネットを取り出して握りしめてごらん?」
シュバルツはヴァイザーの言ったことが理解できなかったが、ダークガーネットを取り出して手に取ると、言われた通り右手で握りしめた。
すると、ダークガーネットから黒いオーラのようなものが発生し、右腕を伝ってシュバルツの全身を包み込んだ。
「ぐ…ぁああああ…」
シュバルツは、まるで自分が闇に呑まれているように感じ、パニックになった。
「落ち着いて、落ち着いて!闇の神の力が君に反抗してくることはないよ」
シュバルツは歯を食いしばって、なんとか正気を取り戻した。
「うん……似合ってるね!」
ヴァイザーは闇の神の姿のシュバルツを見て、どこか懐かしむような、嬉しそうな口調でそう言った。
「これが…闇の神か」
体全体を眺めてみると、真っ黒な鎧のようなものがシュバルツの全身を包んでいる。その背中では真っ黒のマントが風を受けてなびいていた。