第一話 決戦の後Ⅰ
ーーーブランセン王国 某所ーーー
シュバルツは再度、1時間前に倒した相手を見下ろした。1時間放置していたからか、遺体には雪が少し積もっていて、近くの雪についていた血は先程よりも赤黒くなっている。
雪を払い、持っていたナイフで服を切り裂き、遺体から服を引き剥がす。服のポケットを1つ1つ漁っていくが、何もない。
辺りを見回すと、岩壁に先程の戦いの痕跡が生々しく残っていた。視線を遺体に戻して再度、服を漁ろうとした時、遺体の右の手首の辺りに黒いものが見えた気がした。
手首を持ち上げると、そこにはリングがあり、今にも引き込まれてしまいそうな真っ黒の宝石が埋め込まれている。
シュバルツは安堵し、息をもらした。悴んだ手で、もたつきながらもリングを手首から外し、ポシェットに入れると、もと来た道を小走りに戻った。
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「やあ、お帰り」
光の神ヴァイザーは洞窟で焚き火をしながら横になっていた。
「探し物は見つかったかい?」
シュバルツは座ると、さっきの宝石のついたリングを持ち上げてヴァイザーに見せる。
ヴァイザーは宝石を見て頷くと、安堵したのか、また横になる。
「闇の神になった気分はどうだい?」
リングから宝石を外していると、ヴァイザーが問いかけてきた。
「体には特に変化はないな、正直実感はあまり沸かない」
「フッ…その『ダークガーネット』を握り締めれば分かるさ。おっと、ここでやるなよ?洞窟が崩落してしまう」
シュバルツはリングから外したダークガーネットを手に取って眺める。近くで見るとさらに不気味だ。透明感はなく、その色は「闇」そのものだった。
外を見ると、吹雪がますます激しくなってきていた。
シュバルツが焚き火の薪を追加していると、ヴァイザーが口を開いた。
「君はこれからどうするつもりだい?」
シュバルツは薪をくべる手を止め、少し間をおいてから答えた。
「前言ったのと同じだ。俺は明日にでもこの崖から飛び降りて死ぬ」
「なぜ?」
「こんな闇の神の力など、他人を傷つけるだけだ。闇の神が存在する限り、リーナのような人が増えるだけだ!」
シュバルツは目に涙を浮かべ、大声で言い放った。
「リーナ」彼女は昔のシュバルツにとって欠かせない存在だった。
かつて、幼少期のシュバルツには親も親しい者もおらず、物心つく頃から1人で街を駆け回って他人から物を盗む生活を続けていた。
そんなある日、人に罵倒され、蹴飛ばされて倒れていたシュバルツの前にリーナは現れた。シュバルツは他の人と同様警戒し、睨みつけたが、リーナはシュバルツに「大丈夫?」と声をかけると右手で笑顔でパンを差し出した。
リーナはガツガツ頬張るシュバルツの頭をゆっくり撫でた。その手は暖かく、シュバルツが今までの人生で味わったことのないものだった。
リーナはシュバルツより五つほど年上で、シュバルツ同様親はいなかった。
リーナと出会ってから、シュバルツは彼女と共に行動するようになった。リーナが働いていた鍛冶屋に雇ってもらい、売れ残った剣を貰っては二人で毎日夕方に剣の稽古をした。そして一緒に冒険者になって一攫千金を手に入れ、大金持ちになるというくだらない夢を抱いていた。今思えばバカらしいかもしれないが、当時のシュバルツにとってリーナと過ごす時間はかけがえの無いものだった。
そんなリーナが一瞬にして闇の神に殺されたあの日、シュバルツは闇の神を心の底から憎み、必ずリーナの仇を討つと誓ったのだ。
「リーナというのは君の殺された恋人のことだったかな?」
「そんな単純な関係ではない、恩人であり、俺の姉のような存在だ」
「彼女以外に誰か身寄りはいないのかい?」
シュバルツが首を縦に振るとヴァイザーは黙ってしまった。
「もう知ってるだろう?俺がベーゼを倒したのはリーナの仇をとるためだ。闇の神を継ぐためではない。俺はこの闇の神と共に死に…」
「まあ待ちたまえ」
ヴァイザーが言葉を遮るように口を開いた。
「私がなぜ君に期待し、協力したと思ってるんだ」
そう呆れたように呟くと、シュバルツが何か言おうとするのを遮り、続けた。
「私は君が闇の神を倒そうとしているのを見て、こいつは期待できると思ったよ。強大な力を手に入れることを目的に闇の神に挑もうとしているやつらはベーゼのように、破壊神になるに違いない。しかし、君はそうではなかった。それに加えて戦闘能力も高く、寡黙で闇の神の力に溺れるような人ではなかったからね」
「俺を利用するつもりだったのか?」
「そうではない、私は闇の神をきちんと制御でき、かつベーゼを殺せる人が欲しかったんだ。」
「は?」
「ベーゼがどうやって闇の神の力を手にしたか知ってるかい?」
「ああ、詳しくは知らないが不意打ちだろう?」
「よく知ってるね」
「本で読んだ」
ヴァイザーは少し昔を懐かしむような口調で話した。
「そのベーゼに殺された闇の神と私は、神同士にしては珍しく仲が良くてね…だから彼を殺したベーゼを多少なりとも恨んでいたんだ」
シュバルツは黙ってヴァイザーの話に耳を傾けた
「君と同じように、私も彼の仇を討ちたかったんだ。しかし、神が神を殺すことは御法度だったからね。誰かベーゼを倒せるような人はいないか探していた時、君が現れたんだ」
シュバルツは頭の中でヴァイザーの言ったことを整理した。
「じゃあ、俺はお前の望み通り、そいつの仇を討ったわけだ。それは分かる。だが、俺が死ぬのを止める理由にはならないだろ?」
「たしかにね(笑)」
「まあ私は君に死んで欲しくないんだ。君を利用しようとかそういうのじゃない。信じてくれ」
「バカバカしい」
シュバルツは洞窟の外に向かって進み、今からでも死んでやると崖を目指した。
「あ、やめといた方がいいよ?君今どう頑張っても死ねないから」
「は?」
シュバルツは振り返るとヴァイザーはニヤリとした顔で続けた。
「さっき君に『不死の呪い』をかけた。君はここ十年死ぬことはないよ。残念ながらね。」
シュバルツは思わずその場に固まった。ヴァイザーは「不老不死だよ!おめでとう!」と手を叩いている。
「お前を殺せば呪いは解けるか」
ヴァイザーは「勘弁してくれよ」と苦笑する
「神々で殺し合うのは御法度なんだよ。喧嘩をふっかけられた私も天からどんな仕打ちを受けるか分からない。そう怒るな、闇の神の力は邪悪な力だと思われがちだが、最初からそうではないんだよ?」
「どういう意味だ」
「使い手次第で変わるということさ。例えば、君はリーナという人に助けられたんだろ?だから君もリーナと同じように誰かを助けるためにその力を使ってみればどうだい?」
シュバルツはふと昔、リーナとした何気ない会話を思い出した。
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ーーー 鍛冶屋にて ーーー
「なんでリーナは俺みたいなクズを助けてくれたんだ?」
リーナは「うーん」と一瞬考え込んでから答えた。
「私、昔お母さんに教えられたの。『人を助けられる人になりなさい』ってね。人を助けていると自然と人が集まってきて、自分がいざ困ったときに周りの人たちも助けてくれるんだって」
それを聞いてシュバルツは俯いて呟く
「…でも、俺はリーナに助けられてばかりだ」
「そんなことないよ」
リーナは笑顔でシュバルツを見た。
「私はシュバルツから毎日元気をもらってる。今まで私は独りだったけど、シュバルツがいるから私は毎日が楽しくて、幸せだよ」
シュバルツは彼女の優しい笑顔をまじまじと見る。
「シュバルツは優しくて、強いから私だけでなくて他の人も助けられるはず。誰かに必要とされるような人になってね」
そう言うとリーナはいつものようにシュバルツの頭を暖かい手で撫でた。
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「まあ、十年あるんだ。ひとまず山を降りて君を必要としている人を探してみるがいいよ。十年後また会って、それでも今と思いが変わらないなら君の好きなようにするがいいさ。それに我々神々は不老だ。時間は無限にあるようなもんなんだから焦らずゆっくりやりなさい」
そう言うとヴァイザーは起き上がり、洞窟の入り口へと歩き始めた。
「もう行くのか」
「ああ、神々がベーゼの死に気づいたんだろうね。召集がかかったから、行かないと」
「俺も行った方がいいか?」
「いや、君は行かない方がいいよ(笑)」
ヴァイザーは一緒に外に出ようとするシュバルツを手で遮った。
「実はベーゼの件で闇の神の力を恐れた神々が継承者を殺害してダークガーネットを破壊し、闇の神を消滅させようとしているらしいんだ。だから君が行ったら面倒なことになる。外でブラブラしている私はあまり知らないんだけどね」
「俺のことを神々に言うのか」
シュバルツがそう言うとヴァイザーは手を顔の前で横に振った。
「言うわけないだろう(笑)。君の存在を奴らに知られる訳にはいかない。だからベーゼの死は自死ということにして彼と共に闇の神は消滅したことにする」
「遺体はどうするんだ」
「私が処分しておく。言い忘れていたけど、ここ三年は目立った真似はしない方がいいよ。君が闇の神だってバレちゃうからね」
ヴァイザーは白い翼を広げて洞窟の外に出ようとしたが、振り返り、シュバルツを見た。
「君は強い、それゆえに葛藤することもあるだろう。だが決して自暴自棄になってはいけない。そのガーネットに込められた力をどう使うか、何のために使うのかきちんと考えるんだよ?」
シュバルツは頷くと、ヴァイザーに対して口を開いた。
「ヴァイザー、お前がいなければベーゼを討つことはできなかった。礼を言うぞ」
ヴァイザーは小さく微笑むと崖から空へと飛び立ち、空の中に消えていった。
シュバルツはしばらくヴァイザーが飛んでいった方角を眺めていたが、我に帰ると焚き火の火を消して自分たちがいた痕跡が無くなったことを確認すると、洞窟から出て吹雪の中に姿を消した。