第4章 意地 ♢4
想いと想いのぶつかり合い———まさしく、その佳境とでも呼ぶべき刹那で、邪悪なる意思は嘲笑する。
無遠慮に入り込んできたそいつはちょうど俺と流門の間くらいに立ち、まるで二つの繋がりを遮るかのように、自らの存在を主張している。
(やっぱ来やがったか......しかも、この最悪なタイミングで......!!)
おそらくどこかのタイミングでこの男が乱入してくるだろうということは、俺自身もずっと理解していた。
目の前にいるこのハスティルっていう男はそういうやつだし、言ってしまえば、俺の目的を邪魔するという点において、奴の行動は完全に当たりを引いている。
だからこそ、コイツに関しては注意が必要なわけで、今回の件においても、最初に姿を現した時からずっと警戒をしていた。
......ほんと、毎度のようにいいところで邪魔してきやがる。
「......ふん、醜悪な紛い物風情が、神を前に良い気になるなよ!!」
そう言ってミヅチが腕を振るい、それに合わせるかのように水の刃が飛んでいくが、デス•ゲイズは自らの凶刃でガード。
ダメージなど全く入らないとでも言わんばかりに、低くそして相変わらず気味の悪い嗤い声を響かせる。
「ククッ...... 紛い物が、なんだったかなァ?」
『◼︎◼︎◼︎▪︎▪︎———ッ!!』
両腕と左右の翼を広げ、おぞましい咆哮とともにデス•ゲイズが突進。
まるで空中を泳ぐかのような動きで、対面のミヅチ向かって襲いかかる。
「ぐっ! どう、なっている......上手く、身体を動かせん......!」
蛇のようにうねる漆黒の身体を必死になって抑え込むミヅチだが、徐々に押し込まれてしまっており、状況はあまり芳しくない。
だがそれもそのはず、本来とは違う人の姿で———しかも俺たちとの戦いと、さっきの不意打ちで多くの水を失っている今の彼は、思うように力を発揮することはできない。
まさしく、これこそがハスティルの講じた策であり、ミヅチの操る水の諸刃の剣な部分を利用した一手。
さっきの不意打ちも、全てはその一部たる水を腐らせるための布石であり、ミヅチを封じるためにタイミングを狙っていたのだ。
「ハッ、神だかなんだか知らねェが、テメェという存在の性質上、こうなっちまえば詰みになる。
......いい加減、さっさと失せろや。この薄汚いトカゲ野郎が」
そう言ってハスティルが親指を下に向けたと同時、デス•ゲイズが両腕の鋭い凶刃を振るい、ミヅチの体を斬りつける。
その激痛に急ぎ後退を試みるミヅチだったが、先程同様上手く体が動かず、追撃の構えを取るデス•ゲイズを前に、ついにはその場で倒れ込む。
「フブキ」
「らじゃー」
いつも通り、そんなマイペースな声音だけを残し、フブキが一瞬でその場から消えた。
すると、次の瞬間には彼女はデス•ゲイズの目の前へと移動しており、その勢いのままに強烈な顔面ストレートを放つ。
「っ、お前......私のことを庇って......?」
黒い蛇のような身体をうねらせ、異形の怪物が吹っ飛んでいく最中、フブキの後方でそんな驚きに染まった声が聞こえてきた。
しかし、フブキは前方に視線を向けたままに振り返ることはせず、俺も彼女の側にゆっくりと移動していく。
「あの黒いやつは、弱点である口の中以外まともにダメージを与えることができない。
......その状態で勝てる相手でもないし、ここはどうか俺たちに任せてほしい」
視界の端に驚いたような表情を浮かべるミヅチと流門の姿が映ったが、俺はあえてそちらを見ようとはしなかった。
そちらに視線を向けてしまえば彼らも狙われる......という理由も確かにあるが、それ以上に俺の中では理屈を超えた何かが渦巻いている。
———目の前のこの男が気に入らない。
前方にいるフブキの横顔を見るに、彼女も俺と同じものを抱いている。
「ククク......だってよ、デス•ゲイズ。やる前からネタバラシされちまったら、遊び心がねェってもんだよなァ!!??」
そんなハスティルが咆哮を上げるのと同時、動かなくなっていたデス•ゲイズが再びその場に起き上がった。
そのまま、フブキ向かって一直線に迫る動きに乱れはなく、やはり何事もなかったかのようにくねくねと漆黒の蛇のような身体をうねらせる。
だが———
「遅い」
乱れはなくともスピードはなく、フブキにとってはもはや止まっているも同然。
バク宙の要領で背中側へと回り、打撃。地面に叩きつけられた隙に顔面の方へと回り、強烈な蹴りでその身体を吹っ飛ばす。
「ハッ! 相変わらず、デタラメな動きしやがるな。
......だったらこっちはあれだァ!! デス•ゲイズ!!!!」
瞬間、おぞましいデス•ゲイズの咆哮が響き、周囲に禍々しい無数の黒い魔法陣が展開された。
見たことのない、初めての動き......だがおそらくはこれが、鏡美やレイ———そしてミヅチを封じるために使った新技の正体。
展開された全ての魔法陣から腐食のエネルギー弾を放つという、おぞましく最悪な一手がくる。
「ヒャハハハハハハ!!!! テメェらと同じように、いつまでも同じ手ばっか使ってくると思うなァッ!!!!!」
......このタイミングでこれをやってきたということは、間違いなく俺たちのことを詰めにきているということ。
ミヅチが動けず、フブキの力を己が物量で上回る———一度、フブキの力を目の当たりにしているからこそ、奴はこの瞬間を選んだのだ。
「......お前の言う通り、確かに俺たちの技自体は変わっちゃいねぇ。
だがな———」
プロセスが違う。
何も知らずに、ただ力に翻弄されていたあの時とは違う。
様々な戦いの中を通し、俺たちはこの力の使い方を理解し、考え抜いてきたんだ。
「なッ......デス•ゲイズの魔法陣が、全部消えやがっただと......!?」
———いつかの戦いでもそうだったように、宝石のような雪が腐食の温床たる黒いエネルギーの塊とその魔法陣たちを消し、改変。
世界がフブキの願いを聞き入れ、邪悪なる力を、全てこの世からなかったことにする。
「フブキの力は変わってない———だが何をどうすることができるのか、どんな使い方をすればより長く効率的に使うことができるのか、それをずっと、少しずつ考えてきた。
......悪いが、俺のことを最初の時と同じだと思っているのなら、お前らにもう勝ち目はない」
「ぐッ......!!!」
......だが正直、さっきのと度重なる連戦のせいで、フブキの力もかなり消耗してしまっている。
全力を維持できるのも、せいぜい後数十秒。そこからしばらくは、彼女の素の身体能力だけで戦い抜かなくてはいけなくなる。
普通に考えれば絶望的な戦況......これでは不死身のカラクリを持つデス•ゲイズに対する詰めの一手に欠ける。
と———
「おまんら!! そこを離れろ!!!」
「「!!」」
そんな、方言と標準語が入り混じった独特な声音が響き、それと同時にフブキが俺の手を引いていくのが分かった。
彼女の出すあまりの勢いに若干の浮遊間を覚える中、流れるような水色の何かが、視界の端を横切った。
「私のことを見くびったな、異形の怪物よ。いくら力を削ごうとも、これくらいならば容易だ———!」
瞬間、デス•ゲイズの眼前へと肉薄したミヅチが巨大な竜の姿と化し、頭上を目掛けて大きな水の塊を落とす。
そのあまりの俊敏さとリーチの長さに、もはやデス•ゲイズに逃げ場などなく、地上に大きなクレーターを作りながら、水の塊の下敷きになる。
「っ! 流門、お前......」
「はぁ、はぁ......さっきの借りを、返しただけじゃ」
なんて強がりを言う流門であったが、その姿はボロボロで、ミヅチの力を制御するのも、ほぼほぼ限界に近づいてるのが分かる。
......おそらくは、俺たちが戦っている間に急ぎ回復を間に合わせてくれたのだろう。
未だなおそっぽを向かれているし、まだ本当の仲間になれたとは言えないのだろうが、それでも俺は少しだけ胸につっかえていた何かが和らいだような気がした。
と———
「ああ、クソ......最後の最後に余計なことやりやがって......全身ぐちょぐちょじゃねェか」
ゆらりと、付近にいたせいか全身びしょ濡れになったハスティルが、ゆっくりとその場に立ち上がった。
だが、さすがに今の一撃は効いたのか、彼の表情に覇気はなく、デス•ゲイズも倒れたまま起き上がる気配はない。
「......いい加減諦めろ、ハスティル。これ以上やったところで、勝敗なんてのは見えている」
......いくら不死身の力を持つデス•ゲイズとはいえ、決して無敵というわけではない。
攻撃を受ければダメージが蓄積するし、ミヅチのような攻撃を受ければ、一時的であろうが瀕死の状態になる。
時間が過ぎれば回復するかもだがそれはこちらも同じ条件なわけで、奴が回復する頃には、フブキもミヅチも十分に戦える状態になるだろう。
お互いが潰し合っている中での不意打ち———作戦自体は悪くないが、詰めきれなかった時点でもう終わりだ。
「ハハッ、そうだよなァ......やっぱ今のままじゃ勝てねェか」
降参、とでも言わんばかりの様子だが、ハスティルの口調はやけに明るく、なぜだかどこか余裕がある。
そんな姿に一瞬俺は訝しげな視線を向けるも、すぐさま俺は煽るように言葉を投げかける。
「......へぇ? 思ったよりも状況を理解してんのな。お前のことだからてっきり———」
「そのまま向かってくると思った、か?」
「!」
まさしく、それは図星としか言いようがないくらいに的確で、ゾッとするくらいに一言一句全てが当てはまっていた。
そんな俺の胸の内を見透かしてるかのように、対面のハスティルは、ニヤリとさらに口角を上げて見せる。
「ククク......悪ィが、オレ様たちも決して無策で突っ込んできてるわけじゃねェんだ。
テメェのために用意しといた奥の手だって、まだとってあるんだからよォ?」
「奥の手......?」
その単語をきっかけに、ずっと見ないようにしていた何かがどんどん大きくなっていき、やがては俺の全身に警戒のアラートを鳴らしていく。
「さぁ、デス•ゲイズ。今まで散々オレ様の力で暴れさせてやったんだ......今度はテメェが、オレ様にそのツケを返す番だよなァ......??」
デス•ゲイズは倒れたまま、主たるハスティルも限界寸前......それなのに、奴らを繋ぐ黒い光だけが、禍々しく辺り一面を照らしていく。
今みで様々な敵と対峙し、ましてやコイツらとは何度も戦ってきたが、こんなものは、今の今まで一度も見たことがない。
「......奏」
「ああ、分かってる......」
何が起きているのかは分からない。
奴が、これから何をしようとしているのかも。
だけど俺も———耳だけでなく全身を逆立ててるフブキも、確実にその不穏な何かを感じ取っている。
視界がそれしか捉えられなくなり、まさしくこの場の全てが支配されていく中、獣の如く闘志をギラつかせる少年は、ついにその禁断の力の名を口にする。
「リンク———ブレイク」
次回投稿は、11月16日 日曜日 12:00です。
よろしくお願いします。




