第4章 意地 ♢2
———二日後、放課後の訓練場へと続く道。
フブキと俺はたった2人......その他の誰もいない暗がりの中、ただ静かに歩みを進める。
......本当ならば、鏡美やレイがいた方が心強いし、なんなら彼女たちもそれを望んでいた。
だが、この先に待っているであろう運命は決してそれを許さないだろうし、実際俺自身もそんなフェアじゃないことはしたくなかった。
「よぉ。どうやら待たせちまったみたいだな」
内に募る不安を出さないようにしつつ、俺は対面で待ち構える2人組に軽く挨拶をする。
しかし、そんな俺の姿を見た長身の青年———〈海神〉ミヅチは、訝しげな視線を向けてくる。
「ふん......自分から頼み込んできておいて遅れるとは、人間というのは礼儀とすら分からんというのか」
「まだ時間は過ぎておらん。これは遅刻のうちには入らんぜよ」
実際、俺たちがここを訪れたのは約束の20分前。遅れるどころか時間よりもかなり早くに訪れているはずだし、流門の言うように、遅刻したみたいな言われようをされる覚えはない。
......まぁ、言い出しっぺの俺が先方より遅れて来てるっていうのは、確かに反省すべき点なのだろうが。
「それよりも俺は聞きたい。おまんはこの戦いの果てに、一体何を求めるぜよ。俺に組織に入れとでも言うつもりか?」
「いや、そんなつもりはない。俺はただ、一度こうしてお前と真っ向から向き合いたかっただけだ。不満か?」
「......いや」
首を横に振り、流門は俺たちにとっては馴染みのありすぎるポーズで構える。
「安心した......もし賭け勝負なんて言い出していたら、俺は問答無用でこの場を去っていたぜよ!!!」
......どうやら、考え得る限り一番最悪な未来は、これで回避できたらしい。
彼のその真っ直ぐな瞳に応えるかのように、俺も自らの右腕を構える。
「「リンク•アライズ———!!!」」
そう、2人の声が重なり合い、周囲が眩い光に包まれる。
それぞれがそれぞれの想いを乗せ、自らの心を通わせるパートナーの元へと一筋の光となって伸びる。
「いくぞ、〈双雪〉フブキ!!」
「ん」
俺の右手から伸びた光と彼女の小さな手のひらが繋がり、さらに眩い光を放つ。
今この瞬間に、彼女を縛る全ての枷が外され、少女の本当の力がここに解放される。
「さぁ、おまんの『力』を見せてやるぜよ。〈海神〉ミヅチ!!!!」
と、流門が叫ぶと同時に、光に包まれたミヅチがその場に巻き起こった巨大な水の渦と一体化し、天高く空へと登っていく。
その水の渦は高度を増していく度に大きくなっていき、中心に巨大な影を形成しつつ、やがては空中で離散する。
すると、俺たちの眼前に現れたのは、巨大な人型の竜の姿。
太古の伝承より謳われし竜神と呼ばれる姿———〈海神〉ミヅチの本来の姿で、俺たち2人の前へと立ちはだかる。
「っ......相変わず、とんでもないデカさだな」
「これ......本当に勝てるの?」
なんて漏らすフブキの表情も、珍しく少し動揺のような色が見える。
無理もない。
これだけの巨体、そしてあの時見せた圧倒的な神の力を前に、不安になるなという方が無茶だ。
古来より、神という存在は天災などと呼ばれているわけだし、今俺たちがやろうとしていることも、まさしくそれに抗おうなんていう無謀かつ不敬極まりない愚行そのもの。
では、太古の時代に生きた人々はただただそんな運命に蹂躙されてきただけなのか———否、そんなことは断じてない。
例え、そこで一つの時代が終わろうとも再び人類は栄え、そして次なる知恵を以てして新たな時代を築く。
時にはそれを拒まんとする神をも打ち倒し、人間というのは理不尽に抗ってきたのだ。
「やるしかない......としか言いようはないが、とりあえず、いつも通り頼むぞ、フブキ!」
そんな俺の合図と同時に、フブキが疾駆。ミヅチの足元向かって一直線に駆ける。
それを近づけんとするミヅチが地面に拳を振り下ろしてくるが、フブキはそれを反復横跳びの要領でそれを回避。
あまりの質量に大地が揺れ動く中、刻一刻とフブキはその距離を縮めていく。
よし......ここまでは全て予定通りだ。
ミヅチの拳は巨大で質量こそ凄まじいが、巨体さ故に動きは遅く、フブキのような小柄な対象を捉えるのには向いてない。
彼女の身体能力ならば攻撃を避けつつ、すぐさま〈共心〉の力の効果範囲内に潜り込むことができる。
......距離が近づくという性質上、最初に見せたような周囲を一掃してくるような攻撃だけは不安要素であったが、幸いにも今のところはそういった動きもない。
『......速いな。さすがは、私の一撃を受け止めただけのことはある』
頭に直接響いてくるような、人間の時の彼の声をテレパシーで送ってきているかのような感じで、ミヅチのそんな独り言が聞こえてくる。
周囲に大々的に伝わる独り言という中々にシュールな芸を披露した後に、彼は右腕に持っている杖を天高く掲げて見せる。
『ならば、これはどうかな? 我が水よ———』
すると、彼の周囲に無数の水の柱が湧き上がっていき、次の瞬間その全てが動物のような異形へと変化した。
虎、鳥、狼、熊———それぞれがまるで別の意識を持っているかのように、実体を持ってフブキに四方八方から襲いかかる。
「ぐっ......」
飛来してきた鳥を躱し、迫ってきた虎に蹴りを入れる。
噛みついてきた狼を振り払い、最後に熊と組み討ちをする。
......フブキの倍くらいはあるであろう巨体から繰り出されるパワーは凄まじく、ズルズルと少しずつ彼女の体は押し戻されていく。
しかし、フブキはそれをスライディングする形で懐へと潜り込み、股の方から蹴り上げることで数メートル上空へと吹っ飛ばすが———
『......ふん』
ミヅチが地面に杖を突いた瞬間、打ち上げられた熊やフブキに打ち倒された水の異形たちが皆、一斉にその姿を消す。
だが、その数秒後には再び数個の水の柱が形成され、先程消滅したものと全く同じ姿の異形たちへと変化。
それが終わったと同時に、先程から後方に控えていた別の異形たちが動きだし、フブキに反撃の隙を与える間もなく襲いかかってくる。
(くそ、やっぱコイツとんでもない化け物だな......!)
周囲のことを気にしているのかこの前ほどの爆発力はないが、規模自体はそれに負けないくらいに凄まじい。
どれだけ倒されようとも、動物の異形たちは次々に再生していき、その間は後ろで控えていた別の群と交代して攻撃する。
......一見地味であまり目立つような戦術には思えないが、相手からすれば圧倒的な数の暴力でしかなく、そしてキリがない。
そもそもの話、水そのものを産み出し操るという時点でイカれているし、あれだけの数の水の怪物を一斉に使役できるなんてのも、まさしく神のやる所業としか言いようがない。
だが———
「やっぱり、か。フブキ!! プランBだ!!」
「!」
そんな俺の声を聞き、フブキがその場でターン。
群がっていた数体の異形たちを強引に振り払い、無理やりに包囲網を突破。
すぐさま控えている異形の群れが向かってくるも、一切怯むことなく突っ込んでいく。
「向かってきた、じゃと......?」
『愚かな。罪なき少女を肉壁にでもするつもりか』
さすがの流門とミヅチにとってもこの行動は予想外だったらしく、一瞬だが動揺でその動きが止まった。
彼らに合わせるかのように水の異形たちも一瞬動きを止めるが、正気に戻ると同時に、再びフブキ向かって襲いかかる。
「そこ———」
迫り来る異形の水たちを潜り抜け、そのうちの一体———狼のような姿をしたものの背中に、フブキがその小さな手を触れる。
すると、すぐさま水の異形が光へと包まれていき、そのままミヅチ本体の方へと繋がっていく。
『む......? なんだ、急に右脚に力が———』
と、それを言い終わるよりも前に、ミヅチはその場に片膝を突く。
すぐに立ち上がろうとするも上手くバランスが取れず、ついには大きく大地を揺らしながら前向きに転倒してしまう。
「ッ!!?? ミヅチ、大丈夫か!?」
一体、何が起きたのか?
全く状況を理解できていない流門が急ぎミヅチの側に駆け寄るも、ミヅチが起き上がることは叶わない。
その巨体で周囲の地面を抉りながら、ジタバタと身じろぎするだけである。
———これこそが、彼らの操る水の本質を利用した一手。
フブキだからこそできる、神に対する反逆の一手だ。
彼らの操る無数の水の異形......一見それぞれが意思を持って動いているように見えるが、その実は違っている。
そういうふうに見えているだけで、実際にはミヅチ本人が動かしている。
その証拠に、彼は使役中に一度も攻撃していない。普通に考えて、怪物と自分二手で攻めた方が有利になるはずなのに、だ。
動揺して動きが止まったのもそうだし、だからこそ彼は最初の群れが倒された時にすぐさま蘇生して見せたのだ。
ミヅチが直接操るということは、相対的にあの怪物たちも彼の一部———つまり、触れることで〈共心〉の力の媒体とすることができる。
まさしく、相手が水を司る神で、その全てが一つに繋がっているからこそできる戦法なのだが———
(......さすがに対象がデカすぎる。今の状態だと、せいぜい片足の感覚までが限界か)
フブキの〈共心〉の力は対象と対象の差も無視した上で、感覚の書き換えをすることができる。
例え相手が人間だろうとも、はたまたデス•ゲイズのような異形であろうとも感覚さえ共有することができれば自由に分配することができる。
そう———あくまでも、この力でできることは分配のみ。言ってしまえば、その割合自体を変えることはできないのだ。
例えば、フブキの持つ感覚の数字が3だとしたら、ミヅチの数字は体格から見て大体7くらい。この二つを合計して10にしたとしても、互いの要領が変わらない限りは差し引きにも限度がある。
フブキの持てる数字の限度が仮に6くらいだとすると、せいぜいミヅチから奪える数字は3。例えこっちが数字を奪うような分配をしたところで、残りの数字———半分以上の4という数字はどうすることもできない。
———まさしく、その結果というのが今目の前で起きているこれ。
着目点自体は悪くなかったが、やはりこれではまだ押しが足りない。
『この妙な感覚......なるほど、それがお前の持つ力というわけか』
驚くべきことになんと、片足のバランス感覚を完全に狂わせられているにも関わらず、ミヅチはその場に立ち上がろうとゆっくりと片足を立てたのだ。
『先程の策を考えたのはお前だな? 我が水の本質を見抜き、少女の力であのような事象を起こした』
......いや、違う。
俺たちがミヅチの力を見抜いたように、アイツらも感覚的にフブキの力を見抜いた。
だから、片足のバランス感覚が狂っていても、それを考慮した上でバランスを取っている———ということなのか。
「ミヅチ。こっからは———」
『ああ』
そんな2人の声が重なると同時、ついにはミヅチが完全に立ち上がる。
『小細工はなしだ。このまま物量だけで押し切る』
———それは、俺たちにとって一番と言っていいほどの最悪な一手。
敵側からすれば、何もかもをひっくり返せる最高の大正解だ。
いくら〈共心〉の力で互いの感覚を書き換えられるとはいえ、その前にあんな巨大な拳を喰らってしまえば意味はない。
しかも、水の攻撃をしてこないということは単純にフブキが手で触れられる面積も減るわけだし、そもそもが〈共心〉の力を使うチャンスも消えてしまう。
フブキの身体能力でもあの物量差はどうしようもないし、まさしく俺たちにとっては万策尽きたようにも思えるが———
「......悪いな。お前らが正解に辿り着くのは、こっちも織り込み済みなんだ」
と、絶望的な状況下の中、俺はニヤリと口角を上げて見せる。
そう———この状況になってしまうと、俺たちにとってはあまりにも絶望的、でもだからこそ、こうなることは容易に想像がつく。
ましてや、彼らの能力がどうこう以前に、あの巨体を真っ正面から相手にしなきゃいけないのが一番驚異なことなど、始まる前から分かり切っている。
———だからこそ、どんなルートになろうとも、こちらもゴールを用意できる。
さすがに、こんなに早く正解に辿り着かれるとは思わなかったが、おかげでこっちも予定より早く策の仕上げへと取り掛かれる。
「フブキ!! こっからは、お前が本気を見せてやれ!!」
「ん、らじゃー」
なんていつもの調子で応えるフブキだったが、その言葉を口にした瞬間、雰囲気が全く別物に変わった。
特段目に見えて姿形が変わったとかそういうことではないが、少女の姿をしながらその気配は形容し難い異端な何か。
周囲の全てを飲み込まんとするその圧倒的な重圧を放ちつつ、やがて彼女を中心に宝石のような雪が降り始める。
『......煩わしい光め。私がまとめて薙ぎ払って———』
そう言って、ミヅチが拳で振り払おうとしたその刹那、彼の腕に降りしきる宝石のような雪が触れる。
それを振り払おうとさらに大きく腕を動かし、その際またもや宝石のような雪が触れ、そこで異変が起きた。
『なんだ、これは......体が動かん、ぐっ......!!』
先程と同様———否、それよりもさらに大きく顔を歪ませ、そして咆哮する。
人の言葉ではない、竜のような獣のような声が響く中、降りしきる雪たちが、さらにその巨体を包んでいく。
「ミヅチ!? おい、どうした!? しっかりするんじゃ!!!」
『ぐ、おぉぉぉぉォォォォォォォォォ......!!!!』
さすがに今度ばかりは、理解したくらいでは抜け出せない。
......いや、いくらミヅチが海の神であろうとも、この力ばかりはそもそも理解することはできない。
〈共心〉が対象とする生物の感覚を共有する力なのに対し、世界との〈共心〉はその場で起こっている事象そのものに干渉する。
起こっている事象を世界へと届け、フブキと世界がそれを望めばその事象は書き換えられ、そして歪められる。
今回フブキが望んだ事象は、ミヅチの中で巡る水の流れそのものを止めること。
多くの水と一体化しているミヅチにとってそれは、可動部のほとんどを凝結されることを意味しており、結果的に動きが完全に封殺されることとなる。
無論、相手はそんなことが起こっているとは知らずに、だ。
「これで終わりだ。いくらその巨体でも、動きを封じられればもう何もできない」
「............」
ここからだと表情こそ見えないが、なんとなく俺には、彼が悔しげに歯噛みしているのが分かった。
それでも、体に纏う水の流れを完全に止められてしまった今のミヅチには身動き一つすら叶わず、今もなお苦しげにうめきのような声を漏らしている。
......俺たちにとっては絶対的に有利なこの状況には変わりないが、結局あの物量をどうにかする方法なんてないし、正直なところもうこれ以上の策はない。
これ以上苦しめたくもないし、できればここで引いてくれるのが一番なのだが......
「俺は、負けん......負けるわけにはいかんのじゃき!!!!!」
———そう顔を上げる少年の眼差しは、かつての在りし日の自分のことを見つめていた。
次回投稿は、11月2日 日曜日 12:00と
10月31日 金曜日 21:00 を予定しております。




