最終章 賭け
———カワードとの決戦から、1週間後の放課後。
あれ以降は特に【執行者】側からの接触もなく、 平穏な日常へと戻った俺たちは、またいつものように“保健室の華君”の箱庭——— 保健準備室へと赴く。
———そう。
そこには、レイと鏡美と、不知火とジル•ドレさんがいて、【レジスタンス】への接近禁止を言い渡されていた俺も、フブキとともにここにいる。
誰1人として欠けることもなく、毒塗りナイフに切られたフブキも、五月雨先生のおかげで、今ではすっかり良くなっている。
まさしく、大団円とでも呼ぶべき最高の結末にして、正真正銘のハッピーエンド。
......と言っても、さすがにいつまでも明るい雰囲気に浸かっているというわけにもいかず、皆それぞれにあの時のことを口にし始める。
「......静観していた秩序が動きだし、視線すら向けない暴虐がこちらに傾く、か......なるほど、確かに嫌な響きだね。想像したくもない」
直接会うのは久々な不知火は、カワードが最後に言い残した不吉な忠告を復唱する。
うん......彼女に釣られてというわけではないが、何度耳にしても嫌な響きだ。
忘れようとしても、脳裏の底にはあの異様な藍の瞳がチラつき、気がつくと、ジッとこちらを見つめている。
対面であの暗い深淵に魅入られてしまったのが大きいのか、俺は未だに、その呪縛からは解放されていなかった。
「秩序と、暴虐...... 宇野君。それって、もしかしなくても......」
「ああ」
言い淀む鏡美を横目に、皆誰しもが避けていたであろう決定的な一言を、俺は静かに口にする。
「〈3王〉のやつらが動き出す———カワードの野郎はきっと、そう言いたかったんだろうな」
——— 〈3王〉が動く。
その響きはやはり重苦しく、そして仰々しい。
〈3王〉———【執行者】の頂点に立つ絶対的な王にして、あのカワードやハスティルたちよりも上位者とされる存在。
つまりは、俺たち【レジスタンス】の最大の敵であり、同時に学園の実質的な最高権力者でもある。
その実力も学園内でトップレベルと言われており、不知火曰く、学園の教員をも凌ぐ力を持っているやつもいるとか。
「〈3王〉......一体、どんな人たちなんだろう......」
「分からん。......ただ、間違いなく一筋縄ではいかない相手なんだろうな」
......あの時、奴らは確かに『オーダー』なんて言葉を口にしていた。
奴らが『オーダー』なんてものを受けている以上、必然的に、それを出している人間がいるということになる。
カワードたちは俺のことを本気で殺しにきていたわけだし、それを命令する〈3王〉も、奴らと同等以上の危険思想を持っているということになる。
......だいたい、今まで会ってきた【執行者】の幹部が皆あれな奴ばかりなんだ。
普通に考えて、その上位存在たるやつらが、まともじゃないのもまた然り。
そんな、まともじゃない奴らが尋常ではない力を持っているというその事実が、今の俺にとって、何よりも恐怖だった。
「はぁ......本当、想像したくもない未来だな。
皆や鏡美にもまた、負担をかけることになっちまうな......」
あの時だって俺は、カワードの狙いを読み切れず、結果的に彼女のことを危険に晒してしまった。
今回は彼女が勝てたから良かったものの、例えば、俺やレイが〈3王〉と対峙してる中、カワードが鏡美に襲いかかってきたとしたら、今度は勝てるかどうかは分からない。
———そんな、絶望的な未来の中で、また誰かが欠けてしまうという結末が怖い。
今のこの愛おしい時間が壊れてしまうのが怖い......まさしく、そんな臆病の闇の中へと、意識がまた引きずり込まれそうになるも———
「大丈夫だよ。私なら、大丈夫......宇野君が信じてくれる限り、絶対にいなくなったりなんかしないから」
へにゃっとした———だけど勇気に満ちた表情で、鏡美は俺の手を取り、そして笑いかける。
そこにはかつて、罪に押し潰されそうになっていた少女の姿はなく、敵の魔の手から守るべき仲間を守り抜いた、勇気ある少女がただただ微笑んでいたのであった。
「お姉ちゃん......ずっと黙ってどうしたの?」
「お前、まだその呼び方続けてるのか......」
そんな、世にも珍しいフブキのボケ(?)にツッコミながら、俺も視線を彼女に合わせる。
しかし、そこには彼女の言うようにずっと顔を俯かせているレイがいて、俺もついそんな彼女に声をかける。
「まぁでも、確かにそうだな。レイ、今日のお前、なんか変だぞ?」
「もしかして、お腹痛いとか......?」
いやいや、コイツに限ってそんな可愛いことでどうこうなるタマじゃだろ———なんて言いたくなったが、それを飲まざるを得ないくらいに、今日のレイは静かだ。
家にいる時もそうだし、本当に借りてきた猫としか言いようがないくらいにはおとなしい。
......これは何かの前触れか、はたまた本当に調子が悪いだけなのか。
いろんな意味で、俺の中に不安が募っていく。
「ん......たくさんの心配、感謝。しかし、今日の私もいたって正常。むしろ、1人お散歩プレイをしてきて調子が良いくらい」
「うん......それは決して、正常ではないからな?」
声は冷静なままに、相変わらずのノリ......一見すると、本当にいつも通りの彼女だ。
本人の申し出にもあるように、1人お散歩プレイができるくらいには平常運転である。
......というか、今さらだけど1人お散歩プレイって何?
朝飯にも来ないで、1人で首輪つけて散歩していたとでもいうのか?
だとしたら......うん、やっぱり行動もいつも通りの彼女だ。
普通に考えれば奇行の極みだが、西条レイという少女を媒体に考えれば、その行動は至って正常なのである。
「......奏、大事な話がある。落ち着いて聞いてほしい」
お、おう......そんな真剣な表情で言われると、俺もいろんな意味でドキドキしちゃうぞ?
その恐しく整った顔が至近距離にあるっていうのもそうだし、また何か突拍子もないことを言い出すんじゃないかと、そちらの方でも胸がドキドキする。
一見すると愛の告白のような、あるいは顔にびっくり箱でも突きつけられるんじゃないかという緊張感の中、彼女は艶のある形の良すぎる唇を動かす。
「......長い時間、大変お世話になりました。
私、西条レイは、今日から自分の家に戻ります」
「え———?」
おふざけや、その他のイタズラ心みたいなものは混じえない、レイは至極真面目な態度でそんなことを口にする。
その普段の彼女からは考えられないギャップに驚きつつも、俺はなんとか、次の言葉を紡ぐ。
「自分の家に戻るって......お前、なんでまたそんな突然に」
「というか、レイちゃん宇野君のお家にお泊まりしてたの!? 年頃の男女がそんなの———」
「分かる。皆まで言わなくとも、私にはよーく分かる。
......私だって、本当は寂しいよ? 特に、今まで温もりに包まれてた分、夜はより一層寂しく感じると思う」
「っ......ちょっと、それどういう意味!?」
うん。
どういう意味も何も、多分そのまんまの意味なんだろうね。
わざと誤解されるように言ってんだろうけど、それうちの布団のことだからな。
我が家の温かい布団にくるまってぬくぬくと......しかもフブキよりもさらに早い、夜の10時にはレイは夢の中だったからね。
「誤解のないよう言っておくけど、今回私がずっと奏の側にいたのは護衛任務のため。
......少し長めにお世話になってたのだって、またアイツらが何か仕掛けてくるかもしれなかったからに過ぎない」
「そう言ってレイちゃん、また抜け駆けしようとしてたんでしょ!」
「抜け駆けではない。いずれは私が奏の妻になり、一緒に暮らすことになるのだから、何も問題はない。
......そのためにもまずは、叔父さんともちゃんと話をして、奏が心配するようなことを全て取り除いた上で、こってりしっぽりと奏のことを支える」
「言い方。......まぁ、お前がそれでいいなら止めはしないけど。
何回も言うが、お前はもう罪悪感に苛まれる必要なんてないんだ。お前には感謝もしてるし、俺でよければ、その勘違いがなくなるまで全力で付き合うよ」
「「「「............」」」」
その瞬間、俺以外の女性陣の表情が、なぜか一気に凍りついたような気がした。
具体的に言うならば、『え、コイツ何言ってんの......?』的な。
そんな呆れにも似た生暖かい視線たちが、四方八方より突き刺さる。
「......もしかしなくてもこれは、意図的な放置プレイ......?
だとしたら興奮———じゃなかった、俄然燃えてくる」
「あはは......まぁ、そこが奏さんの良いところではあるんですけどね」
「うん......うん......そうだよね、レイちゃん。大変だろうけど、お互いがんばろうね......」
なんだろう......この俺だけ世界から隔絶されたかのような会話は。
ジル•ドレさんは苦笑いでフォローのようなものをしてくれて、さっきまでずっとケンカしてたはずなのに、鏡美なんて泣きながらレイの手を握っている。
うん......なんだかよく分からないが、とりあえず何かやらかしてしまったのだけは分かった。
やっぱり俺には、まだまだ女心というのは難しい。
と———
「———必ず、振り向かせて見せる。レイちゃんの魅力で、メロメロきゅんにしてあげるから」
右手で銃で打ち抜くようなポーズを取りながら、突然、俺向かって見事なウィンクを決めて見せるレイ。
その可愛らしくも、茶目っ気のある仕草にやられ、俺は慌てて目を逸らしてしまう。
......どうやら、この様子だと彼女の勘違いは、まだまだ続いていくらしい。
いちいち破壊力が凄まじいし、自分が変な気を起こさないか少し心配ではあるが、そこは上手くやっていくしかないだろう。
———ただ、もしその過程で本当に俺が落ちてしまったら......いやいや、きっとそんなことはないはず。
今はそんなことを考えている余裕などないし、そんな気分にだってなることはない。
ただ、まぁ———いつか、その全てが終わる時が来たのなら、一度くらい、そんな未来を考えてみるのもいい......のかもしれない。
「さてさて......奏のヘタレっぷりが分かったところで、今日のところは解散としようか。
いろいろ考えることも山積みで、皆も疲れただろう? また明日、こうして皆で———」
「ちょっと待ってくれ、不知火」
と、本日の終了の音頭を取り始める彼女に、俺は待ったの声をかけた。
一瞬、意外そうな緋色の瞳がこちらに向けられてくるが、すぐにまた、いつものキザったらしい表情へと切り替わる。
「急にどうしたんだい、奏? 君の方から話しかけてくるなんて珍しいじゃないか」
「いや......一つお前に聞きたいことがあってな」
相変わらず、全てを見透かしたような緋色の瞳が俺のことを射抜くが、俺も負けじと、彼女の目を真っ直ぐに見据える。
「なぁ、不知火。お前は———本当に俺たちの味方なのか?」
と———俺がその言葉を口にした瞬間、先程とは違った意味で、場の空気が凍りつく。
感情豊かな鏡美は思いっきり動揺し、あまり表情を変えないレイやジル•ドレさんですら、目を見開き驚いたような顔をしている。
......当然だ。
俺の立場を考えれば、今の発言は爆弾以外の何物でもない。
———しかし、そんな時が止まった中でただ1人、不知火 焔だけが、悠然とティーカップに唇をつける。
「......話が、よく見えないのだけど、詳しく説明してもらってもいいかな、奏?」
ゆっくりと頬杖をつきながら、不知火が穏やかな微笑を浮かべる。
その燃えるような瞳の奥に煌めく冷たい何かに若干身じろぎそうになってしまうも、俺は視線を逸らさずに、自分の胸の内を語り出す。
「アイツとの戦いを通して思ったんだ。俺はまだ、何も知らなすぎるんじゃないかって。
......考えてみれば俺は、【レジスタンス】の———お前が戦う理由だって、ちゃんと聞いたことがない」
無論、神藤店長から話は聞いているが、それだって彼女にとってはほんの一部に過ぎない。
悪意による襲撃の後、彼女は何を思って戦い続けるのか———はたまた、孤独に戦い続けるその先に何を望んでいるのか。
......カワードの言葉ではないが、彼女が何を後ろに背負っているのか、これからのために、俺は知らなきゃいけなかった。
「この前の戦いだって、俺1人じゃどうしようもなかった。これからもっと強い敵が出てくるっていうならば、多分相互利用の関係なんかじゃダメだと思うんだ。
......無論、俺も言える範囲のことは全て話そうと思う。自分からこんなことを言う以上、ちゃんと筋は通す。だからお前も......お前の戦かう本当の理由も、聞かせてほしい」
———本当の仲間として。
あぁ、ほんと......こんな言葉が出るなんて自分でも、驚いている。
お互いがお互いを利用し合って、フブキのことさえ守り切れればいいなんて考えていた時期のことを思えば、自分でも驚くべき変化だ。
......だけどきっと、この先でそれは必ず必要になる。
例え不知火自身が良く思わなかろうと、さらなる戦いのため———そして、1人の彼女の仲間として、それを知りたく思うのだ。
「......本当、君には驚かされてばかりだ。私もこの立場になって長いが、そんなことを言われたのは君が初めてだよ」
「............」
対面の不知火は肯定せず......されども否定することもなく、ただただそんな言葉を口にする。
その表情もどこか挑戦的で———だけど、普段の彼女からは想像もつかない、諦めのような、寂しげな色を帯びている。
だんだんと、隣に佇むジル•ドレさんの表情が曇っていく中、やがて彼女は乗っている車イスの向きを変え、体の向きを真っ正面へと変えて見せる。
「いいよ。そこまで言うなら教えてあげよう。
———ただし、一つだけ条件がある」
「条件?」
すると、いつぞやの時のように———されども、あの時は違う挑戦的な仕草で、不知火は右手を差し出す。
「宇野 奏君。君———私と一つ、賭けをしてみないか?」
と———彼女の放つその一言が、またもや、俺たちを数奇な運命へと誘うのであった。
次回投稿は、9月21日 日曜日 12:00と
9月18日 木曜日です。
よろしくお願いします。




