第4章 〈フブキ〉♢2
「とは言ったものの......具体的にはどうするべきなのか」
放課後、中庭のベンチにて。
ホームルームで配られた用紙に目を通しながら、俺は1人頭を抱えていた。
あれから意気揚々と教室を飛び出したはいいものの、どれだけ考えても具体的なことは全く定まっていなかった。
一度誰かに相談するべきなのか、それともダメ元で実戦的なことをやってみるべきなのか。
端的に言えば、自分が何をするべきか分からないのだ。
「............」
俺は、未だにうんともすんとも言わない自分のデバイスに視線を落とす。
電源ボタンを押しても、画面に触れてみるも、やはりというか反応はない。
......やっぱりあれ以降、このデバイスが俺に反応を示すことはない。
———ではそもそも、デバイスとはなんなのか。
それは、召繋師専用の特殊な端末機器のことであり、様々な機能でサポートしてくれる代物だ。
主な機能としては、SNSやインターネット、位置情報や天気予報といった、現代のスマホに搭載されている機能とほぼほぼ同じ。
見た目もスマホとタブレットの中間みたいな感じで、パッと見ただけでは特別な物には見えないだろう。
だがもちろん、それで終わりではない。
ここからが重要になってくるのだが、このデバイスには召繋師の補助機能———すなわち、リンク•アライズの補助機能というものが存在している。
言葉の通り、これは召繋師が契約サーバントを召喚し、リンク•アライズする際の補助を行なってくれる機能だ。
これは当然の話だが、俺たち見習い召繋師は力が安定しない。だいたいはリンク•アライズしても不発か、もしくは力が暴発するといった結果に終わってしまう。
そこで、俺たちに必要になってくるのが、このデバイスというわけだ。
召繋師の力の暴発を抑え、和らげる。
これによってまずはリンク•アライズの感覚を覚えていき、いずれは自分自身の力だけでそれを可能としていく。そういったことを、俺たちはこの学園で繰り返し、学んでいるのだ。
だからこそ、召繋師を目指す上で、デバイスの存在は絶対に欠かせない。
まさに、将来立派な召繋師になるための生命線と言っても過言ではないのだ。
(ま、だから俺はサーバントが使役できないんだけどな......)
力が安定するようになるまでは、見習い召繋師がデバイスの補助無しでリンク•アライズはほぼほぼ不可能。
......だと言うのに、今の俺はそのデバイスが使えない。
学園中から落ちこぼれと言われるのも無理はない。
ちなみに学園で検査も受けたのだが、詳しい原因は不明。
デバイスの方も専門家に見てもらったが、決して故障といった類のものでもない。端末そのものを変えたとしても、状況は全く改善せず。
まるで、デバイスそのものが俺を拒絶しているかのような、本当に不可思議極まりない謎の症状。
おかげで、補助機能どころかそれ以外の機能すら使えない始末。
これはデバイスと俺の相性の問題なのか、それとも俺の精神的なことが関わる話なのか。
結局今のところ、その真相は誰にも分かっていない。
........まぁ、俺たちの力にはまだ謎が多い。分かることの方が少ないのは事実だ。
だがそこが分からないときっと、俺はこの先には進めない。俺自身が、その答えを見つけ出さなくてはいけないのだ。
———でも最近、ふと思ってしまうことがある。
本当に、そんなものは見つかるのだろうか?と。
専門家にも分からないことを、落ちこぼれであるこの俺が、果たして本当に見つけられるのか、と。
「........って、ダメだダメだ!!弱気になってどうする、俺」
パン!と、自分自身の頰を張る俺。
問題が山積みなのは事実だが、だからと言っていつまでもうじうじしてても仕方ない。悪い方に悪い方にと考えてしまうのは俺の悪い癖だ。
そうだ。ここは一度帰って、何か美味いものを食ってリフレッシュだ。
どちらにせよ、ずっと寝てたせいでしばらく何も口にしていないし、空腹なのも事実だ。
空腹の状態ではいい考えだって浮かばないだろう。腹が減ってはなんとやら、だ。
あれこれ考えるのは、それからだって遅くない。五月雨先生も言っていたが、ゆっくりと休息を取るのだって大事なことだ。
実際俺はケガ人だしな。
そう思考を切り上げ、俺は座っていたベンチから腰を上げる。
「あれ? アイツ........」
ふと、視界の端に映る大きな人影。
ある程度距離があるためよくは見えないが、かなり長身の人物であるということだけは分かる。
(.......なんか、こっちを見てる......?)
少し近づき、目を凝らしてみると、その人物は木陰の方よりじっと、こちらへ視線を送っているのが分かった。
......いや、正確にはこっちを見てるのかは分からない。なんとなく、そんな感じがしたという表現の方が正しい。
なぜならその人物は、顔に謎の仮面を付けていたからだ。
(なんなんだ.......? あの気色の悪い仮面........)
背丈や服装、そして何よりも特徴的なあの仮面。
わざわざ言うまでもないとは思うが、間違いなく、あれはうちの生徒ではない。
もしかしたら知らないだけで、教師や学園関係者なのかもしれないが、少なくとも俺は一度も見たことはない。
不審者の可能性もある以上、俺の警戒心は強くなる一方だった。
「............」
すると突然、その人物は俺の視線に気づいたのかくるりと後ろを振り向く。
その際、遠心力で、見覚えのある長いブロンドの髪が宙を舞った。
「! あいつ、今朝の!!」
気づき、頭の中にフラッシュバックする、今朝の光景。
意識を失う直前、視界に入ったあの背中。
風になびいていた、長いブロンドの髪。
そうだ、間違いない。あれは、今朝に〈ハイ•ワイヴァーン〉と対峙していたあの男だ。
「ま、待ってくれ! アンタには、聞きたいことが———」
なぜこんなところにいるのか。
なぜ今朝は助けてくれたのか。
———なぜ、どこかで会ったような気がするのか。
聞きたいことが山ほどあるはずなのに、その大きな背中はどんどん遠ざかっていく。
まるで、聞きたければ自分で聞き出して見せろ、と言わんばかりに。
(このまま、立ち止まってていいのか......?)
......いや、よくない。
多分彼は、俺にとって重要な何かを知っている。
彼の知っていることは、俺の目的に大きく関わってくる。
なんとなくだが、そんな予感がする。
「よし。追いかけるぞ」
........幸い、彼の歩くスピードはそこまで速くはない。
この状態の俺でも、追いつくことができないということもないはずだ。
俺は急いで、ただあまり腰に負担が来ないくらいの早足で、男の後を追ったのであった。




