第8章 臆病 ♢2
「はぁッッッ!!!!」
いつもより気合いの入った声色で、フブキが拳を打ち込む。
茨木童子はまたもやそれを真っ正面から受け止め、振り払い、長い着物の袖が揺れる。
だが、負けじとフブキもその場で軸足を使い、回し蹴り。
彼女の小さなつま先が、避ける茨木童子の鼻先をかすめる。
「へっ......なら、コイツを喰らいなぁッッッッ!!!」
足を踏み込み、発勁なんて呼ばれるポーズを取りながら、茨木童子が一撃を繰り出す。
さっきとは逆に、今度はフブキが防御姿勢を取るが、その威力は凄まじく、彼女の足元に大きな亀裂が入る。
(ッ......! コイツら、やっぱ強ぇ......)
......初めて会った時から———というよりかは、彼の【執行者】総部隊長という肩書きから分かってはいたが、いざ実際に目の当たりにすると、その実力の高さが窺える。
自分も含め、今まで戦ってきた相手はどこか学生じみた甘さがあったのに対し、奴らにはそれがまるでない。
言うならば、相手を死に至らしめる殺し合いの数歩手前のような......戦いという環境に慣れているかのような、そんな立ち回り。
確かに自分でも言ってるように、力を抑えて勝てるような相手ではない。
「......フブキ、こっからは本気でいくぞ」
「ん......わかってる」
フブキ相手に格闘ではほぼ互角......否、認めたくはないが、余裕のある分相手側が少し上回っている。
それだけの強敵を相手に、さすがにこれ以上、出し惜しみなんてしてる場合ではない。
幸いにも後一回———数分程度であるならば、フブキの世界との〈共心〉の力も使える。
全力の彼女であるならば、魔を喰らう強大な鬼にも抵抗できるはずだ。
「お願い———奏のために、届いて———」
———その瞬間、辺り一面を宝石のような雪が振りしきり、視界の全て奪う。
美しくも幻想的な光景が混ざり合い、機械混じりの異質な空間を、自らの色へと染めていく。
やがて、フブキの水面のような瞳が揺れ、その力が彼女へと収束する。
あらゆる制限から解き放たれた彼女の姿が、一瞬にしてその場から消える。
「........っ!」
そんな彼女が次に姿を現したのは、茨木童子の頭上。
真上から拳を打ち込み、それをまたもや、茨木童子が正面から受け止めようとするが———
「......? なんだぁ、コイツは? 足の辺りが、おかしく———」
なんて、呑気に漏らしていた茨木童子だが、気づいた時にはもう遅い。
フブキの拳を前に体は沈んでいき、その圧力によって地面に亀裂が入る。
「......はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」
声音とともに強くなっていく圧力を前に、さすがの茨木童子も、表情に焦りのようなものを見せ始める。
片手だけでしていた防御も両腕になり、全身で受け切ろうと奮闘するも、時すでに遅し。
その場に巨大なクレーターを作りながら、フブキの拳が、茨木童子の体を完全に押し潰す。
「っ......と」
そのままバク宙の要領で着地を決め、フブキが俺の前へと戻ってくるも、場は静寂に包まれたまま。
相手の油断が攻を成し、今度こそやったのか———?
「......危ねぇな。さすがに今のは死ぬかと思ったぜ」
「「!?」」
ゆらり、と。
背筋を冷たく撫でるような声音とともに、床にできた巨大なクレーターの中心で、茨木童子がゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫っスか、茨木童子?」
「ああ......この通りな......」
首を揺らしながらコキコキと、しかしその体には傷のようなものは見受けられず、とてもじゃないが、先程まで地面にめり込んでいたようには見えない。
......おかしい。
今のはフブキの世界との〈共心〉———その事象改変の力を使い、奴の脚力を根こそぎ奪っていたはずだ。
故に、奴はフブキの一撃を受けきることができず、その圧力によって地面にめり込んでいた。
サーバントだし死ぬことこそないのだろうが、ノーダメージだなんてのは明らかに異常だ。
「しかしまぁ、痛ぇな......まさかこのオレが、女にぶん殴られる日が来ようとはなぁ......」
「言ってる場合っスか。今のはどう考えても———」
「ああ。間違いなく、あのかわい子ちゃんの力だ」
すると、カワードは俺がよくやるように、顎に手を当て、思考を巡らせ始める。
「今まで使ってこなかったのは単なる様子見......いや、何かしらの制限があったと考えるべきでしょう。
そうですね......例えば、距離感や使用回数、とか」
「っ!」
ぶつぶつと漏らされるカワードの言葉が的確すぎて、俺は思わず変な声を出しそうになってしまう。
しかし、俺の呼吸が整うのも待たずに、茨木童子がさらに追い討ちをかけてくる。
「効果のほうだって想像はつくぜぇ? 大方、触れたもんになんらかの干渉をするとか、そんなんだろ?」
......マジかよ。
あんな短時間の攻防で、そこまで見破ってしまえるものなのか?
......いや。
本来あの力はおいそれと使っていいものではなく、使うにしても、無限の可能性がある故に、相手に悟られることもなかった。
だからこそ、今の今まで誰にも理解されることもなく、この力のことを知っているのも、俺とフブキの2人だけ。
情報が漏れることもなく、仲間たちだって、この力の詳細は知らない。
———逆に言えば、そんな鏡美やレイですら知らないはずの〈共心〉の力を、奴らは自身の洞察力だけで見破ってきたということ。
不知火の策を看破された時にも思ったが、本当にとんでもない慧眼だ。
「だがまぁ......ハハっ、ようやく本気でかかってきてくれる気になったってことだよぁ?
コイツは光栄だねぇ。こんな可愛い女に無視されてたんじゃ、男が廃るってもんだしよぉ?」
「ええ、そうですね———」
———すると、カワードが顔を上げ、その闇のような瞳を真っ直ぐと向けてくる。
「ここからはこっちも本気———どうか、さっきのようにはいかないと、そう思ってくださいっス」
そんな言葉と同時に、茨木童子が跳躍。
フブキの頭を軽々と飛び越え、彼女の背後へと回っていく。
......動き自体は非常にシンプルで、そこまで速さがあるわけでもない。
むしろ、遮蔽物のない空中に身を置いてしまえば、次の動きなんて一目瞭然だ。
今の力を解放した状態のフブキなら、着地点さえ割り出せれば、そこに先回りしてしまうことも容易。
五感も鋭いフブキを相手にそれをやるなど、あまりにも悪手に思える。
だが———
「———!? ........!?」
キョロキョロと周囲を見回しながら、なぜかフブキが動きを止める。
その間も背後からは茨木童子が迫り、着物の袖から細長い何かを取り出す。
「喰らうがいい......“鬼の七つ道具”がうちの一つ——— 命を喰う楔ッッ!!!!」
ようやくフブキが茨木童子の存在に気づくが、遅い。
刃と刃の間を鎖で繋いだ剣———生き物のようにうねる蛇腹剣が、彼女の小さな体を切り刻んでいく。
「っ......このっ!」
鬱陶しそうにフブキが拳を振るうも、茨木童子はまたもや跳躍。
バク宙の要領で後方へと回り、斜め後ろの死角より蛇腹剣を伸ばす。
「フブキ!! 後ろだ!!!!!」
「!?」
と、フブキがようやく顔を振り向けるも、結果はさっきと同じ。
反応する間もなく鎖で繋がれた刃が襲いかかり、再びその小さな体を切り刻む。
(なんだ......一体、何が起きているんだ......?)
未だなお、懸命に抵抗を続けるフブキだが、一方的な猛攻は終わらない。
鬼の名に恥じない高い身体能力に翻弄され、まるでフブキにだけその姿が見えていないかのように、反応が不自然なものになる。
......その間も、フブキの苦悶に喘ぐ声は響き続け、嗜虐に染まる茨木童子の表情も相まり、状況は悲惨さを極めていく。
「ククク......どうだ? これこそ、“鬼の七つ道具”がうちの一つ——— 命を喰う楔。
オレの意思に従い、狙った獲物を喰い尽くす、生きた楔だ」
———“鬼の七つ道具”。
愉しげに舌で先端をなぞりながら、茨木童子はそんな言葉を口にした。
生きているというその表現通り、茨木童子 の舌が触れる度に、くすぐったそうに、蛇腹剣はじゃらじゃらと音を立てる。
......さっきのを見ても分かるように、持ち主と完全に独立して動く武器というのは、それだけで驚異となり得る。
ニュアンス的に、こんなのが後六つもあるだなんて、正直考えたくもなかった。
「アンタたちの力は一定の距離を保つ必要があり、また使う対象を定める必要がある......つまりは、触れたり近づかないよう意識さえすれば、あの妙な力に翻弄されることもない、ってことっス。
どうやらアンタたちには、他に遠距離攻撃できる手段もないみたいっスからね」
......いくら事象改変の力が強力だろうとも、その対象が捉えられなければ使うことはできない。
あくまでも、フブキという個人の意識下で力を行使するが故に、認識できない相手にそれを行うのは不可能。
———だからこそ、今の茨木童子の立ち回りは、フブキにとって相性が悪い。
時間をかければかけるほどにあらゆることも見破られ、戦況はどんどん不利になっていく。
「フブキ! 〈デュアル•ムービングフォース〉だ!!!」
「っ! わかった!!」
フブキが右足を蹴り上げたことにより命を喰う楔が弾かれ、ようやくその呪縛より解き放たれる。
生まれた一瞬の隙を見計らい、フブキがこちらへと疾駆し、その小さな手を俺の手と重ね合わせる。
———瞬間、彼女の力と俺の力が合わさり、改ざんされる。
フブキの身体能力を分け与えられた俺は、彼女とともに、対峙する敵の元へと駆けていく。
「あぁ? 人間も一緒に向かってくるだぁ......?
カモフラージュのつもりなんだろうが、んなもん命を喰う楔でまとめて一掃しちまえば———」
「させない」
と、暴れ回る命を喰う楔に飛び蹴りを入れ、フブキが突破口を開いた。
そして、俺はその隣———つまりは、茨木童子の真横を駆け抜け、そのまま一直線に向かっていく。
「......なるほど。始めから、こっちが狙いだった、というわけっスね」
なんてカワードが漏らした時にはもう、俺は拳を構えている。
......これは、フブキの身体能力を上乗せした拳———つまりは、俺とフブキ2人分の力が合わさった拳だ。
彼女が自分の力を削ってまで俺に託し、奴を守る茨木童子を抑えてくれるからこそ繰り出せる、まさに渾身の一撃。
だが、そんな俺たちの全てを乗せた一撃も、カワードは表情をほとんど変えずに、ほぼほぼその場から動かないで躱して見せた。
(な———にっ!?)
......一体、今何が起きたんだ?
確かに、俺の拳は奴のことを捉えていた。
あの間合いならば、確実に入っていたはずだ。
———そんな思考たちが頭をよぎる中、勢いだけがそのままになり、俺の体勢は前のめりに崩れていく。
「ふむ......筋は悪くない。重心の動かし方もお手本に近い。ですが———」
右足を引き、逆側の足を軸に使い、カワードが強烈なカウンター攻撃を繰り出す。
「ガハッ!?」
「言ってしまえばそれしかないっスね、アンタ。手本を忠実に再現して、それで終わり。経験も浅ければ、咄嗟の動きに体も全くついてきていない。
......だから応用も利かないし、相手が格上であることも感じ取れないんスよ、宇野 奏」
言いながら、流れるような動作でカワードが回し蹴りを繰り出し、再び凄まじい痛みと衝撃が全身を襲った。
......見ている限り、奴は身体強化とか、それに類する力は使っていない。
茨木童子の言う“鬼の七つ道具”も、はたまた超常的な干渉なども、何一つとして起こっていない。
あくまでも、自分自身の身体能力だけで———素の体術だけで、俺たちの〈デュアル•ムービングフォース〉を圧倒して見せたのだ。
(ダメだ......強、すぎる......)
判断ミス......というよりかは、あまりにも相手との差がありすぎる。
召繋師としてだけではない。
ここ戦闘という概念において、俺はコイツに何一つとして勝っていない。
———つまりは、始まる前から勝負は決まっていた?
レイがいなくなり、1人になってしまったその時点で、俺は詰んでいたというのか......?
「ま、これくらいのことはできて当然っスよ。
———自分、【執行者】総部隊長っスからね」




