第8章 臆病 ♢1
「ねぇ......本当に行くの?」
———第二棟。壁がなく、直接外の空間と繋がっている渡り廊下にて。
関村との死闘を終えた俺たちは、次なる目的地———すなわち、カワードの待つ場所を目指し、レイとフブキの3人で歩いていた。
「確かに、いつかはカワードと戦わなきゃいけないというのも分かる。
でも、それをこんな連戦で......しかも、あんな男のために、奏が体を張る理由ないと思うんだけど」
「お前、とことん容赦ねぇな......」
いつも通りの無表情に見えるレイではあるが、語気が強く、少しだけ眉尻も上がっている。
......まぁ、無理もないか。
そそのかされていたとはいえ、自分にとって大事な場所を踏み荒らされ、あまつさえ俺や鏡美といった仲間までもを傷つけられ、優しい彼女が何も感じないわけがない。
普段の行いこそ奇人変人じみている少女ではあるが、内面はそういった悪意に人一倍敏感で、年相応の繊細さのようなものを持っていることも、俺は知っていた。
「......俺にだって、アイツに思うところがないわけじゃない。利用されていたとはいえ、やっていいことと悪いことはある」
「だったら———」
「けど、だからって見捨てたら、俺はもっと後悔することになる。
関村がああなっちまったのだって、俺のせいでもあるわけだしな」
甘い、というのは自分でも分かっている。
天堂や愛澤をあんな目に遭わせられ、憤る気持ちもある。
だがそれと同時に、俺には関村が全て悪いとは思えない。
俺にはどうしても、自分と同じ過ちを犯した関村のことを責めることはできなかったのだ。
「優しいね、奏は......そんなところも好き」
「バカ......真顔でそんなこと言ってんじゃねぇよ」
一瞬勘違いしそうにもなるセリフだが、彼女が結婚どうこう言い出したのはあくまでも罪悪感によるもの。
つまりは、本人がラブ的なニュアンスで言ってるだけで、本質的にはライクに近いはずなのである。
ここでいつものように勘違いをすれば俺の黒歴史———もとい、勘違い男による、勘違いショーを開催することとなってしまう。
......だからこそここは、彼女のためにも話題を違うものへとシフトチェンジするのが最適解だ。
「......というか、お前のその格好久々に見たな」
「ふふん......これぞ私の勝負服。惚れた?」
ヒラヒラと裾を摘み上げながら、挑戦的な笑みを浮かべるレイ。
下に制服を着ているので何も問題はないはずなのだが、なんだか彼女の動きがチラ見せみたいで、非常に目のやり場に困る。
———そう。
彼女がその身に纏うは勝負服———もとい、初めて会った日に来ていた黒いローブのような羽織である。
本人談によると、どうやら【レジスタンス】としての活動をする時は、こちらの格好をしているらしい。
彼女の特徴的な髪が目立たないようにというのもあるが、顔も見えにくいし、確かにこれならば正体がバレるリスクも減らすことができるだろう。
と———
「ん...... 着いた。さすがは私。可愛くて頭も良くて、逆探知もお手のもの」
無表情に近いドヤ顔ピースをしながら、レイがよく分からない機械を見せつけてくる。
レイによると、そのよく分からない機械こそがカメラコードやその他から親機を逆探知することのできる代物であり、その先にカワードがいるらしい。
それが示している場所がここ———旧訓練場と呼ばれる、昔訓練場として使われていた施設。
前回のマインドの時と同様今は使われておらず、生徒の立ち入りは禁じられている場所でもある。
「......ここからはきっと、今まで以上に危険が待っている。もし危なくなったら、お前だけでも先に———」
「今さら何言ってるの。妻たる者、例え火の中水の中......でしょ?」
相変わらずの物言いに苦笑こそしてしまうが、今はそんな彼女のマイペースさが頼もしい。
やり取り自体はくだらないものだったとしても、不思議なことに、それだけで焦りや緊張といったものが消えていく。
少しだけ震えがなくなった手で、俺はゆっくりと扉に手をかける。
(......なんだ? この異様な空間は)
———目の前に広がっていたのは、無数のよく分からない機械の山。
学園中を映した大量のモニターが、一斉にこちらを覗いてきているという、非常に圧迫感のある光景。
話によると、ここには戦闘のための闘技場しかなく、言ってしまえば、一面の砂しかないはず......
と———
「———驚いたっスね。まさか、この場所までもを嗅ぎつけられるとは」
光源がなく、真っ暗な室内のそのさらに先、広がる暗闇の奥から、何者かの足音が響き渡る。
姿自体は見えておらず、聞こえてくる声音も感情がすっぽり抜け落ちたようで、聞き心地の方は非常に悪い。
———得体も知れず、本来ならば今ここにいる相手が何者かなど、知りようもないこの状況。
それでも俺には、目の前に対峙している人物が誰なのかすぐに分かった。
「さっそくお出ましとは......もはや隠す気すらないってわけか」
異様な藍の瞳を覗かせ、漆黒の髪を揺らすのは、【執行者】総部隊長の座に就きし少年。
臆病のコードネームを持つ宿敵が今、俺たちの前へと姿を現す。
「あなたの仕掛けていた隠しカメラは全て、独立型ではなく親機と接続するタイプのもの。あれだけの数を仕掛けられれば、接続コードやらなんやらから逆探知することはそう難しくない」
「その口ぶりを聞くに、自分が仕掛けたカメラを壊して回っていたのはアンタっスね? 本命のカメラコードから、こちらの場所を割り出すために。
......わざわざこんな誰も見向きもしないような場所を選んでまで、準備を進めてたんスけどね。ダミーカメラや配線となんかも用意してたんスけど、全ては無駄だったということなんスね」
「ふっ、あの程度の模造品、素人ならともかく私には通じない。配置だって一箇所に固まりすぎだし、もし本気でやるのなら、単純に親機に接続してないだけのデコイを混ぜることで、錯乱という方法を取るべきだった」
「なるほど......それはとても勉強になるっスね」
......なんだか、とても高レベルな会話が展開されているが、今回どうやらレイが一枚上手だったらしい。
一体、彼女はどこからそんな知識を仕入れてくるのか。
さすがのカワードも、若干 引いたような表情で、わざとらしく肩をすくめていた。
「......しかし、これは計算外だったっスね。これほどの技能を持つ者がこの学園———しかも、よりにもよって【レジスタンス】にいたなんて」
「へっ......なんだよ? 自分の作戦を見破られて、もう弱気になっちまったのか?」
「いや? その逆っスよ」
すると、カワードは不気味なくらいに表情を変えずに、俺の方へと視線を向けてくる。
「さすがに、こういった攻め口で来られるとは思いませんでしたけど、結果的にアンタたちがここに来るのは好都合......むしろ、こちらの策は一気に進んだと言っても過言じゃないっス」
「......ほう?」
相変わらず、真っ暗で、深い闇の底のような瞳からは、彼の感情といった感情は全く読み取れない。
その発言も彼の単なる強がりなのか、はたまた何か俺の見落としがあるのか、今はまだ分からない。
......ただ分かるのは、この場にカワードは1人、それに対する俺たちは2人という、それだけは覆しようのない事実だった。
「強がるのもほどほどにした方がいいと思うぞ? こっちは2人、そっちは1人。いくらお前が強くたって、このアドバンテージは大きいからな」
レイのサーバントについては未だ不明な部分が多いが、実力が確かなことは分かっている。
連戦でフブキも疲弊してはいるが、世界との〈共心〉も後一回、数分間持続させるくらいの余力は残っている。
例え相手が【執行者】総部隊長のカワードだったとしても、遅れを取るような盤面ではない。
しかし———
「......アンタ、何か勘違いしてるんじゃないっスか?」
「勘違いだって?」
と、思わずオウム返しに聞き返してしまう俺だったが、どうやら聞き間違いとかではないらしい。
一体何が勘違いなのかがピンと来ないままに、カワードは淡々と語り始める。
「確かにこの場は、アンタの言う通りっス。いくら実力はこっちが上だったとしても、人数差でそれをひっくり返されることもある。
......言うならば、自分に関してはちょっとピンチなのかもしれないっスね」
「? だから、さっきからそう言ってんじゃねぇか」
いまいち会話が噛み合わないような気がして、俺は思わず眉をひそめた。
だが、それは相手にとっても同じなようで、カワードは呆れたように———彼風に言えば、めんどくさそうな調子で口を開く。
「......まだ分からないんスか? アンタたちがこの場に2人割いているように、自分たちももう1人の女の方に2人割いているってことっスよ」
———その瞬間、背中に悪寒のようなものが走ったと同時に、俺はようやく奴の言いたいことを理解した。
なぜ、もっと早くに気づかなかったのか?
盲点とでも言うべき、奴の本当の狙いは———
「レイ!! 今すぐ鏡美のところに行ってくれ!!!」
「でも......それじゃあ奏が......」
「俺のことはいい!! このままじゃ鏡美が危ないッッ!!!!」
最初こそ戸惑ったような様子のレイだったが、すぐに真剣な顔つきへと戻り、そのまま走り出す。
俺の考えてる通りならば、もはや一刻の猶予もない。
手遅れになる前に、彼女のことを助けなくては......!
「逃がしゃしねぇよ」
と、俺のことを信じて駆け出すレイの前に、いつの間にか現れた着物の鬼———茨木童子が立ちはだかる。
指先に生やした鋭い爪で彼女のことを引き裂かんと迫るも、フブキの膝蹴りがそれを妨げる。
「レイ、今のうちっ」
「クソがッ!!!」
茨木童子が怯むとの同時、レイが風を纏い、再び駆け抜ける。
マントのようになびくローブ姿はあっという間に見えなくなっていき、やがては視界から完全に消えていく。
「逃がしましたか......ま、今さら行ったところで遅いでしょうけど」
と、走り去っていくレイの姿を見ても、カワードの余裕は崩れない。
もはや、一周回って清々しく思えるような澄まし顔を、俺は真っ正面から見据える。
「テメェ......始めから、これが狙いだったのか」
「ええ、そうなりますね」
「始めから、鏡美を1人きりにさせるつもりで......!!」
激しい怒りの込もった視線を向けてもなお、カワードは顔色一つ変える様子もない。
俺が何を感じていようとも、それが事実であるのだから答える必要もないし、答えるだけめんどくさい。
この場を支配する嫌な沈黙が、言葉にせずとも、俺にそう言い聞かせているような気がした。
「......ここ最近のアンタたちの動向を探ってみた結果、接触が多かったのは4人。その内の愛澤 恋歌と天堂 輪の2人は、自分の目から見ても、せいぜい仲の良いクラスメイトとしての接触でしかなかった。
———ただし、残りの2人......西条 レイと鏡美 雛子に至っては、その傾向が全く違う。わざわざバイト先を同じにしたりなど、言うならば、何がなんでも離れまいとする意図のようなものを感じ取ったっス。
......【レジスタンス】の連中だってバカじゃない。“被験体X”の所有者を失うことが、自分たちの痛手になることはよーく分かっているっス。今回、アンタを始末するという任務において一番厄介だったのは、【レジスタンス】が向けてくる正体不明の護衛......だから、まずはそれをあぶり出し、先に1人ずつ始末していくことにしたんスよ」
———つまりはずっと、コイツの手のひらの上。
最初の謝罪も、関村の件も、その何もかもが長い筋書きの一つ———
全ては......俺の仲間である【レジスタンス】メンバーの特定と排除。
始めからずっと、俺という標的を始末するための、その前準備を進めていたのだ。
......奇しくも、不知火の策は正しく———正しすぎるが故に、その本質までもを見抜かれていた。
口調こそずっと淡々としているがこの男......本当にとんでもない洞察力だ。
「......だがこれで、お前の策は全部潰した。鏡美は1人きりにならず、そこから俺たちが崩れていくこともない。
残念だが、お前の描いた通りにはいかないぞ」
「さぁ、それはどうでしょうね」
焦りを必死に抑える俺とは裏腹に、カワードの様子は淡々としている。
自分の策が潰えそうと知ってもなお、彼は気怠そうに首を横に傾けるのみ。
「これはあくまでもチーム戦......盤面が元に戻ったというだけで、状況は何一つ変わってはいない。
......むしろ、アンタと一対一になり、安全に実力で排除できるこの状況こそ、自分にとっては理想的———アンタも、逆の立場ならそう思うのでは?」
「......どうだろうな。じゃ、本当にそうなのか試してみるか———?」
———それきり、俺たちの会話が途切れ、言いようのない緊張感が広がっていく。
俺が右手を構える中、対面のカワードも自身のデバイスを取り出し、力を行使するための構えを取る。
「リンク•アライズ———〈双雪〉フブキ!!!」
「リンク•アライズ———〈酒呑〉茨木童子」
こうして、俺とカワード———二つの思惑が入り混じる一戦が、スタートしたのだった。




