第7章 悲しき死闘 ♢4
「やれッッ、ドラゴニス!!!!!!」
———放課後の訓練場にて、関村 守の荒々しい声が響く。
すると、すぐさま竜人が右腕を構え、フブキ向かって拳が飛んでくる。
ドラゴニカル•ハンド。
〈救命〉ドラゴニスの能力にして、変幻自在に腕を変化させることのできるという、彼らの持つ最大の武器。
その真の恐ろしさは追尾機能とリーチを稼ぐことにあり、フブキがどこに逃げようとも、執拗に距離を詰めてくる。
「ていっ!」
と、フブキがドラゴニスの右腕を蹴り飛ばしたことにより、その追走劇に終止府が打たれた。
まるで、生き物かのようにぐにゃぐにゃと動き回る腕ではあるが、結局は体の一部であることには変わりない。
つまりは、攻撃されれば痛みを感じ、反撃を受ければそれは必ず隙となる。
今この瞬間に生まれた隙も、フブキは決して見逃さないが———
「ふっ......甘ぇな」
隙を見せれば突っ込んでくる......というのは、相手にとっても予測は容易。
フブキがそこに到着する前に背中から翼を生やし、空に逃げることによって、ドラゴニスは攻撃を回避する。
(やはり、この前のようにはいかないか......)
タイミング、スピードともにこちらのベストだったはずなのに、ドラゴニスはいとも簡単にそれに応じて見せた。
無論、彼女だってなんの策もなしに突っ込んでいったわけではない。
この前の行動や奴らの戦法を予測した上で突っ込み、あわよくば〈共心〉の力の範囲内に入り込むという作戦だった。
今回のフブキは始めから本気モードなわけだし、この前のドラゴニスの反応速度からは、とてもじゃないが考えられない状況だった。
「へっ、隙だらけだぜ......ドラゴニス! ドラゴニカル•クロー!!!!!」
と、空中で両腕を刃に変化させ、ドラゴニスが一気に急降下攻撃を仕掛けてくる。
空と地面。
しかも、攻撃を躱された直後ということもあり、フブキの隙は致命的になり得るが———?
「フブキ」
「ん」
俺の指示に合わせ、フブキがバク宙の要領でドラゴニスの奇襲を躱す。
ちょうど後ろ側に飛んだためにドラゴニスの背中はガラ空きになり、フブキがそこに自分の右手を近づける。
「......! ......!?」
すると、ドラゴニスはすぐに並行感覚を失っていき、半ば強引に地面へ着地を決める。
そんなドラゴニスは、先程のようにまたすぐに起き上がり、再び空に飛び立とうとするも失敗。
何度同じことを繰り返そうと、全て結果は同じに終わる。
———この戦いにおいて、実は俺たちには大きなアドバンテージがある。
それは、相手が〈共心〉の力について全く理解していないという点だ。
もう言わなくても分かるとは思うが、今回フブキが共有したのはドラゴニスの並行感覚。
地面に立っているというフブキの感覚を混ぜ込まれてしまえば、さすがのドラゴニスも飛行はできない。
相手にフブキの力が知られていないからこそ使える、不意打ち兼詰みに繋がる一手である。
「ちっ、なんだか知らねぇが、小癪なことやりやがって......! ドラゴニス、もう一度だ!!!」
「............」
関村たちが感覚共有を理解できない以上、空からの奇襲は不可能......そんなふうに考えていた俺だったのだが、それは大きな間違いだった。
飛行そのものができないことを知ったドラゴニスは、足に小さな翼を生やし、そのまま跳躍。
飛行するのではなく、あくまでも地面にいる時の姿勢のままジャンプすることで、空中でバランスを保つ。
「この流れはマズい......フブキ!! アレが来るぞ!!!!!」
そんな俺の叫びを肯定するかのように、ドラゴニスが両腕をキャノン砲———ドラゴニカル•キャノンの形状へと変化させる。
急ぎ回避行動を取ろうとする俺たちだったが次の瞬間、再び砲弾の雨が上空より降り注いだ。
「ははははははは!!!!! いいぞ、いい気味だ!!!
ドラゴニスのことを裏切るくそ野郎なんざ、この世界に存在する価値はねぇ!!! そのまま黙って殲滅しろぉッッ!!!!!」
回避すれど回避すれど、上空からは無数の砲弾が襲いかかる。
それはフブキにだけでなく近くにいる俺にも降り注ぎ、容赦なく命を削っていく。
一撃一撃が人間で俺にとっては、致命傷にも等しい連撃。
一瞬で意識が吹き飛びそうになる激痛の中、俺の脳裏には、ある言葉たちがよぎる。
『......ドラゴニスのことをバカにする悪党なんざ、この世界に存在する価値はねぇ!!!』
『その鉄槌は俺が下さなければならない! お前はただ、黙って俺に従ってればいいんだよ!!!!』
「........ふざけるなよ......お前、それがドラゴニスにとってどういう意味になるのか、分かって言ってるのか......?」
全身が激痛に苛まれる中、俺は静かに立ち上がっていく。
足の辺りの骨がきしみ、腕の筋肉が痙攣を起こしているが、全くというほど気にもならない。
それと同じくして、近くで倒れていたフブキも立ち上がり———やがては辺り一面を、宝石のような雪が降りしきる。
「しゃらくせぇ!! んな手品やったところで、俺たちに効くわけが———」
と、そこまで言いかけたところで関村が言葉を止め———否、言葉が途切れた。
辺り一面を降りしきる宝石のような雪が無数の砲弾を消し、関村の体をも包み込んだからだ。
「なんだよ、これ......全身から、力が、抜けていく......?」
———フブキの世界との〈共心〉は、世界が拒む邪悪を消し去り、世界が拒む事象を改変させる。
まさしく、神にも近い究極の力。
———だからそれ故に、鬼が少年へと強いた邪悪な力は浄化され、蹂躙されていく。
「お前のその力は仮初で、そしてお前自身の心を喰らっていく邪悪なもの......やがてはそれがドラゴニスにも完全に流れ込み、二度と元には戻らなくなる」
「んなわけねぇだろ......! 自分が劣勢だからって調子の良いことを———!!」
「だったら、今ドラゴニスがどんな顔をしているのか、その目でよく見やがれッッ!」
......それはきっと、過去にその場に立っていた自分自身にも向けた言葉だったのだろう。
過去の俺とぴったり姿が重なった関村はあの時とは違う、振り返って、ドラゴニスの顔を直視する。
「な、んで......お前が、そんな顔をするんだよ......俺はただ、お前を傷つけた、あの男を......」
「まだ気づかねぇのか、テメェは。優しい心を持つドラゴニスは、始めからそんなこと望んじゃいない。お前のそれは、そう思わせるように仕向けられただけだ」
「嘘だ、そんなわけない......そんなのは、ただのまやかしだ......だって、俺は......うッ!」
すると、関村が突然頭を押さえ、苦しみの声を上げ始める。
「何だ、これ......頭が......!! うっ、ぐあぁ!!」
自分自身の中にある矛盾、タナトスの呪縛、邪悪な力の浄化と色々なものが混ざり合い、関村がその場でのたうち回る。
俺とフブキが静かに見守る中、動きを止め、ようやく彼はその顔を上げた。
「なんで......気づかなかったんだ......? 俺は、今まで何をやっていたんだ?」
彼が放ったその言葉が、今の彼の全てを物語る。
あの時の鏡美と同じ、タナトスの呪縛から解放されたようだった。
「ようやくお目覚めか、関村 守? お前、ずっと悪い夢にうなされてたんだぜ」
「ああ......そうみたいだな」
そう自虐的に漏らす関村の横顔は、寂しげだけど、なんとなく憑き物が落ちているようにも感じた。
本来の彼、そして本当の彼の言葉で、弱々しくも、自分の胸中を口にする。
「ほんと......俺はドラゴニスのパートナー失格だ。俺は......本当に、なんてことを......!
「そう思う気持ちがあるならば、アイツにもそれを言ってやれ。俺みたいに、気づかず手遅れになる前に」
「ドラゴニス......ごめん......俺は、俺は———」
『あーア、つまラネェの』
「「!!」」
そんな関村の言葉を遮るかのように、突如聞き心地の悪い機械音声が響き渡る。
———いつの間に? しかも、一体どこから?
キョロキョロと辺りを見回している間も、謎の声はペラペラと一方的に話し続ける。
『せっカくイイ感ジになっテきたの二こレで終わリだナんて、ほんと駄作モいいトコろ。色々と苦労しテ手回シもしてヤッたッテのニ、これジャとンダ骨折リ損だナ?』
「......なんなんだ、テメェは!! さっさと姿を現しやがれッ!!」
鋭い声で促すも、拡声器でも使っているのか姿は見えず、出てくるような気配もない。
やがて、ひとしきり語り終えたのか、その機械音声の主は愉しげに、ようやく俺の問いかけへと答える。
『——— 特務情報執行官......って、言エば分カるだロ、宇野 奏?』
「っ!?」
いきなり知らないやつに名前を呼ばれた———というよりも、特務情報執行官というその単語に、俺は思わず言葉を失った。
【レジスタンス】を3度も壊滅させた張本人が、このタイミングで......?
あの時、奴の名前が出てきた以上、いつかはこうなると思ってはいたが、いざそれが目の前で起きるとやはりくるものがある。
『役っテる演者が良クってモ、その演目がダメなラ駄作にナる......結末がコレじゃ、観客だっテ満足しチゃくれナいでしョ? 舞台監督としテは、もう胸が痛くてイタクて仕方ナいヨ』
......やれやれ、とでも言わんばかりの物言いだが、俺には奴の言っていることが何一つとして理解できない。
これだけ多くの人間を巻き込むというのもそうだが、それを舞台がどうこうって表現する観点も意味不明。
神藤店長の言うように、本当に狂人としか言いようのない発言だった。
『しかし惜しいな......せっかく手に入れた逸材だっていうのに、こんなところで終わっちまうなんて。失敗したと分かったらあの真面目ちゃん、必ずやコイツのことを処分しようと動くだろうな』
「処分だって?」
言ってて俺は、マリスが何を言いたいのかをようやく理解することになる。
......奴の言うその真面目ちゃんというのは、おそらくカワードのことだ。
関村のことを裏で操っていたのがアイツだとして、それが失敗したと知ったらどうなるか?
黒幕という存在を知っている人間を、果たして、奴はどうするつもりなのか?
言っているやつが言っているやつだけに完全に信用はできないが、その実奴の言うことは、簡単に想像がついてしまう。
『本当は、一度見つけた演者は大切にするっていう性分なんだけど、アイツの顔も見られている以上、それを叶えるのも難しいか........ならば、仕方ナイ』
すると、マリスは口調を愉しげなものへと戻し、道化の如くおどけて嗤う。
『———アイツに消サレるくらイなラ、このマリス様が盛大ナ終わりをプレゼントしてやルよ!!! ギャハッ!!!!』
そんなマリスの奇声にも似た嘲笑とともに、いつの間にか、周囲に無数の〈ネオ•ワイヴァーン〉が現れる。
輪っかのような陣形で俺たちのことを取り囲み、そのままクルクルと時計回りに回っていき———次の瞬間、眩い光を放ちながら、一斉に爆発を引き起こした。
(ッ!? 爆発......神藤店長から聞いた通りか......!)
爆風から目を守りながらも、俺はギリと歯噛みする。
改造された〈ネオ•ワイヴァーン〉を爆弾代わりにし、命もろとも周囲の全てを吹っ飛ばす。
人造種であるが故に、個体数の多い〈ネオ•ワイヴァーン〉を捨て駒扱いするそのやり方———まさしく、外道と呼ぶにふさわしい命の冒涜。
フブキが咄嗟に〈デュアル•ムービングフォース〉を使ってくれなければ、彼らと一緒に俺の命も散っていたことだろう。
「奏、大丈夫!? 今、何かすごい音が聞こえてきたけど!?」
「レイか......ううん、それよりも、奴は......?」
爆発音を聞き駆けつけてくれたレイとともに辺りを見渡してみるも、マリスの姿はおろか〈ネオ•ワイヴァーン〉たちの姿も見えない。
爆発の煙に紛れてか完全に姿を消しており、〈ネオ•ワイヴァーン〉で辺り一面を埋め尽くされていた空も、何事もなかったかのように戻っている。
「嫌な気配は消えた......多分、ここにはもういない」
「そうか......」
フブキの察知能力は人間のそれを大きく上回っており、俺なんかでは到底敵うものではない。
そんな彼女がもうここにはいないと言うのだから、本当にこの場からはいなくなってしまったのだろう。
それにしても......くそっ、本当にひどい有様だ。
地面は真っ黒に焼き焦げ、抉られている。辺りには、さっきまで〈ネオ•ワイヴァーン〉だった残骸も散乱しており、見ているだけでも気分が悪い。
これだけのことをたった1人で成し遂げてしまう実行力......店長の言うように、一体何者なのか?
はたまたそれとは別に、俺の中には一つ疑問も残る。
———それはズバリ、奴の目的についてだ。
今回の件で、奴がカワードと手を組んでいるのは確実となったが、それにしては関係が薄い。
さっきのマリスの発言もそうなのだが、仲が悪いというか、連携や協調のようなものが、まるで感じられなかった。
もし、奴もカワードと同じ俺のことを排除するのが目的ならば、今のこの状況は好機以外の何物でもない。俺たちが戦闘で弱り切ってる今のうちに、さっさと目的を果たしてしまえばよかったのだ。
だというのに、奴はそうしなかった。
あろうことか、俺にはさほど興味を示さず、盤面をぐちゃぐちゃにするだけして去っていった。
言うなれば、やっていることの何もかもが中途半端なのだ。
店長の話を聞く限り、奴ならばこれくらいの盤面をひっくり返すのだって簡単なはず。
それだけの力があるやつが、なぜこんな意味不明な行動に出ているのか———?
.......いや、これ以上はやめておこう。
狂人の思考なんて知っても仕方ないし、考えたところで理解できるはずもない。
だからこそ、今考えるべきは次にどうするか。
大きく狂ってしまった今の状況を、どう修正していくかにある。
と———
「............」
爆発による煙が晴れていき、そこに大きな人型の影があるのが分かった。
そこにあるのは、竜と人とが混じった異形の怪物の姿。
その表情はどこか悲しげで、されども先程までの空虚なものとも違う。
「ドラゴニス......お前......」
「ああ......」
すると、ドラゴニスはいつも通りの———俺のよく知っている彼の仕草で答えた。
「元に......戻ったよ。守と、君たちのおかげでね」
そう漏らすドラゴニスの視線を追っていくと、彼の腕の中に、1人の少年が抱き抱えられているのが分かった。
その体は傷だらけのボロボロであり、それとは対照的に、ドラゴニスの方はさほど傷は多くない。
そんな中、ドラゴニスのパートナーである少年だけが気を失っており、彼が爆発の瞬間に何をしたのか、容易に想像はついた。
「......思ったよりかは傷が浅いな。それくらいならば、五月雨先生のところへ行けばどうにかなると思う」
「ああ。君に言われなくとも、そうさせてもらうよ」
きびすを返し、ドラゴニスはそそくさとこの場を去ろうとするが、なんとなく俺はその背中を呼び止めてしまう。
「......なぁ、ドラゴニス。俺がこんなこと言う資格ないのは分かってるけど、そいつのことを、許してやってくれないか? 間違ってしまったとはいえ、お前のために怒ってたわけなんだし」
「............」
そう言葉をかけるも、ドラゴニスは振り向かず、視線すら合わせようとしない。
ただただずっとそこで立ち止まり、やがて大きなため息をついた。
「......全く。君たち人間というものは、どうしてこう、ちゃんと話を聞いてくれないのだろうね。守も君も、私が何を言っても立ち止まってはくれなかった」
「......ごめん」
「今さら謝っても許さないよ。私と君の関係は、もう終わったんだから」
「でもね」と、自虐的に、されども少しだけ優しい口調で、彼は続きの言葉を口にした。
「今日のことを通して思ったよ。私は、君たちと同じかそれ以上に弱い。
......今回、力に飲まれてしまったのは守じゃない。間違っていると分かっていながら、ずっと見ていることだけしかできなかったこの私。パートナーすら守ることのできない、弱い私自身だ」
違う———なんて言う資格は、今の俺にはない。
それに、否定したい気持ちはあるが、多分彼の言っていることは正しい。
残念なことに、彼の言っていることはあまりにも正しすぎたのだ。
「君があの時過ちを犯したのもきっと、私の弱さ故のこと......自分のことばかりで、私が君の気持ちを分かってあげられなかったことにある。
......だから、私は強くなるよ。強くなって......本当の意味での強さを手に入れるまで、君のことを許さない。それまで私は、君に会うつもりもない。
君を許せる強さを手に入れたその時に、いつか......」
と、そこまで言ったところで、彼は口を閉ざす。
もはやこれ以上は、何も語るまいと。
そんな彼の寂しげに見える背中に、俺は自らの想いを吐露する。
「俺はもう......間違えないよ、ドラゴニス。お前の時のように、フブキを裏切ったりはしない。
だからそれまで———じゃあな、ドラゴニス」
もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。
あの時と同じ場所、同じ相手......だけど、違う未来を求めて、俺は決意を口にする。
———やがて、彼は何も言わずに自分の歩みを再開し、俺もまた、それを止めることはしなかった。
次回投稿は、8月24日 12:00 と
8月21日 木曜日 です。
よろしくお願いします。




