第7章 悲しき死闘 ♢3
「白土先生の話だと、大きなケガをした生徒はいない。お前らのおかげで、どうにか場を切り抜けることができたよ」
———放課後。
第二棟の訓練場へと続く道にて、俺は今回の立役者の1人たるレイに感謝の言葉を述べる。
関村があの場を去った後、すぐに五月雨先生率いる救護係(普通の学校で言う、保健委員の集団)がやって来て、天堂や愛澤といった被害者たちを連れていった。
そのタイミングと手際の良さに感嘆していた俺だったのだが、どうやら鏡美がサウンド•フォックスの音の力で皆のことを呼んでくれていたらしく、それで白土先生もあの場にやって来ることができたようだった。
あの砲弾の雨から皆を守ったレイと、それを援護しながら助けを呼んだ鏡美。
あれだけの騒動があったのにも関わらず、この程度の被害で済んだのも、ひとえに彼女たちの奮闘あってこそだろう。
「それよりも奏、本当に大丈夫......? けっこう、ひどくやられてたみたいだけど......」
「ああ。色々と検査させられたけど、かすり傷くらいしか見つからなかったってさ」
当然、直接関村と戦っていた俺たちも保健室へと連れていかれたのだが、見つかったのはせいぜい打撲とすり傷。
俺を庇ってくれたフブキも同様で、軽い治療を受けたくらいですぐに解放されることになる。
......ただ、やはりというか、一番ケガのひどかった天堂と愛澤は眠ったままであり、その側には今でも、鏡美がついているという状況だ。
「今日の関村 守、明らかに普通ではなかった......おそらく【執行者】の仕掛けた罠だろうし、関わらないで逃げた方がいいと思う......」
「ここまで来て何言ってんだよ。元はと言えば俺がまいた種だし、今さら逃げるなんて選択肢俺にはねぇよ」
「............」
なんてことない風に言って見せる俺なのだが、それでもレイの表情は浮かないままだ。
しばらくの間唇をぎゅっと結んだままに、やがて重々しい様子で口を開く。
「......ごめんなさい。まさか、【執行者】の奴らがここまでしてくるとは思ってなくて......こんなことになるなら、あなたをこの件に関わらせるべきじゃなかった......」
「大げさだって。お前が謝るようなことじゃないし、俺が何もしなくたって、どの道関村の野郎の方から———」
「違う、そうじゃない......」
と、レイは表情を曇らせたままに、首を横に振った。
「私が言っているのは今回のことだけじゃなくて、【執行者】と【レジスタンス】の抗争のこと......この戦いそのものに、あなたを巻き込むべきではなかった」
予想と全く違う、そして普段の彼女らしからぬその言葉に、俺は思わず何も言えなくなってしまう。
その、俺たちの根本を悔いるような言葉には、果たして、どれほどの想いが隠されているのか。
心優しき少女が抱え続けてきた苦悩が、言の葉となって、俺とフブキに紡がれていく。
「あの後、あなたが【レジスタンス】の協力者になったと聞かされた時は、本当に自分のことを呪った......あなたのような優しい人を巻き込んでしまった自分が、心の底から許せなかった。
......だから、私はあなたとの距離を置いて、あなたがこの醜い抗争に嫌気がさすのを待った。だけど......」
「俺は逃げなかった、ということか......」
そこで言葉が止められるものの、俺にはレイの言いたいことは、なんとなく分かるような気がした。
巻き込みたくない相手を巻き込んでしまい、そんな不甲斐ない自分を呪う。
自分という元凶を排除することで、これ以上相手に深入りさせないようにと思うも、自分が思っている以上に事は進んでおり、もはや戻ることもできず、苦悩の運命を辿ってしまう。
例えそれが全て偶然だったとしても、自分が引き起こしてしまったことによって苦しむ誰かというのは、見ているだけで辛いものがある。
「......私が、あなたにとっての迷惑になってることは分かってる。距離を置いたと思ったら急に押しかけたり、いきなり何を言い始めたんだって思うのも分かる。
だけどもう、私があなたにできることはこれしかない........私の生涯をかけて、あなたを側で守ることしか......」
なるほど......それで彼女はいきなり、結婚がどうとかって言い出したのか。
生涯をかけて———というのは、少し大げさに思わなくはないが、今にも泣きそうになっている表情を見るに、彼女なりに真剣に考えた結果なのだろう。
———結婚し、家族になり、いつでも側にいれる存在となり、迫り来る驚異を排除する。
そこには自分の意思や感情は組み込まず、半ば自己犠牲のような形で、自らの罪を贖う。
その間も、自分は罪悪感や責任感に苦しみ続け、されどもそれを悟られないよう、平静を装って———
あぁ......だとしたらほんと、俺や鏡美と同じくらいにぶきっちょだ。
「......あのな、レイ。俺は別に、お前のことをそんなふうには思ってない。むしろ、お前には感謝してるくらいなんだぜ?」
「え......」
そんな俺の言葉にようやく顔を上げ、ここに来て初めて、レイと俺の視線が交わる。
その吸い込まれそうになる鏡面のような瞳を真っ直ぐに見据え、俺は静かに切り出す。
「あの時、お前がフブキのことを連れ出してくれたから、フブキはこうして自由になれた。フブキと出会えたことで、俺も前に進むことができたんだ」
「でも......そのせいでいつも、危険な目に遭って......今回だって、向き合いたくもない過去を突きつけられて、あなたは傷ついている」
「それは、まぁ......うん、確かにそうだな。アイツらとの戦いで、辛い過去とまで向き合わされるとは思わなかった」
「だったら———!!」
「でも、それとこれとは話が別だ。
あの時お前と出会ったおかげで、俺はそれ以上のものを手に入れられた......それに、お前と一緒に過ごす時間だって、けっこう楽しかったりするんだからな」
「っ!!」
罪悪感に苛まれる彼女のために、柄にもなく、少し本音を言ってみたものの......いやぁ、こういうのって、いざ口に出してみるとかなり恥ずかしいのな。
お世辞とか嘘だったらまだマシだったのかもしれないが、紛れもない本心であるが故に、余計に気恥ずかしくて仕方ない。
イケメンならともかく、絵面も俺じゃ火力不足だろうし、ほんとこういうのを得意としてる不知火はすごいと思う。
「本当に......? 私はただ、あなたのことを巻き込んでしまっただけではないの......?」
「だから違うって言ってんだろ。嘘だと思うなら、同じことフブキにも聞いてやってくれよ」
「フブキ、に......?」
そう言いかけ、レイがフブキの方を振り向こうとしたその瞬間に、フブキが彼女の胸元へと飛び込んだ。
何度も言うが、フブキは俺以外の人間に......というか、見てると俺以上にレイはフブキに懐かれている節がある。
無論、お互いに波長が合うというのもあるのだろう。
だが俺はそれ以上に、彼女がフブキのことを連れ出した張本人だからではないかと、最近思い始めていた。
......まぁ、その優しさ故に、罪悪感に押し潰されそうになっているレイ自身は、俺の考えは否定するかもしれない。
だけど、あの行動によってフブキが苦しみから解放されたことは事実であり、それはきっと、俺だけではなくフブキにとっても意味がある事だったのではないかと思う。
そう考えればきっと、彼女の行動は無駄になんてならないし、悔いるようなことではない。
フブキもまた、言葉にせずともそれを全面に押し出しているのだろう。
———やがて、レイはそんな小さな体を抱きしめると、先程とは違う、儚くも優しげな表情を浮かべた。
「......本当に、あなたは優しい人。今まで生きてきて、私にそんなことを言ってくれた人はいなかった」
「そうなのか? うーん......なんだか少し大げさなような気がするんだが......」
「ううん、そんなことない。大抵の人は、私のことを疎ましく思って、すぐに離れていく。
......それに、私のこれを褒めてくれたのも、今までであなた1人だけ」
「!!」
レイの言うこれっていうと、まさかあれか......?
あの、スカートの中の純白の花園のことか!?
......まさか、ここに来てその話を蒸し返されるとは思っていなかった。
それに、真面目なムードの中大変言いにくいのだが......人の下着を褒めるようなやつは、そういないと思うぞ?
「いつもだったら皆、見せると気味悪がって逃げていく......本当に、世界で奏1人だけだった。私の———この白い髪を褒めてくれたのは」
「ああ、うん、そうね......確かにその髪を褒めるのは俺くらいだ———って、え? 髪?」
———言っていて、俺は自分がある大きな誤解をしていたことに気づく。
それは、あの時の彼女の動作。
よくよく思い返してみると、あの時彼女は下着が丸見えになっていたにも関わらず、そっちではなく、先に頭の方を隠したのだ。
......思えば、レイは決まっていつも髪が目立たないような格好をしている。
初めて会った時もバイトの時だってそうだし、そもそも彼女が普段からパーカーなんて着ているのも、異端とも呼べるそのホワイトブロンドの髪を隠すためだったのではなかろうか?
———断片的ではあるが、彼女の話を聞くに、今までずっとそのことで苦しみ続けていたのだろう。
それもこれも全て、異端を嫌う、偽りの平和主義者たちの言葉によって。
「———俺はその髪、本当に綺麗だと思うぞ。キラキラしてて、お前にもよく似合ってる」
「ん......お世辞でもそう言ってもらえて嬉しい」
「んなことないって。本当に綺麗だと思ってるから、俺はそう言ったんだ。
......つか、それを言ったら愛澤だって、あの時お前の髪のこと褒めてたじゃねぇか」
「あ......確かにそれはそう。今まで全然気づかなかった。
......ということは、私はあの子とも結婚しなきゃいけなくなる......? うーん......あの子もけっこう可愛いし、それはそれでいいかも......ぐへへ......」
「よくないし、まんざらでもなさそうにするな!」
「冗談」と、自らの唇に手を当てる小悪魔的な微笑は、これまた彼女の髪と同じくらいに美しい。
本当、普段はあんな感じなのに、いざこういった仕草をするとめちゃくちゃ可愛くなるのがズルいところだ。
......ま、その破天荒さも、心を許した相手に対する甘えなのだとすれば、内心嬉しくはあるんだけど。
「......信じてる。私は、あなたのことを」
「......ああ。必ず勝って、お前の元に戻ってくるって誓うよ」
———こうして、孤独に苦しむ異端な少女は、俺という名の居場所を見つけることができたのだった。
「———待たせたな、関村 守」
「いや、俺も今来たところだ......って、返すのがセオリーなんだよな? 宇野 奏」
レイと別れ、いざ訓練場に足を踏み入れてみると、そこにはすでに関村 守が待ち構えていた。
騒ぎが広がっているのか他には誰1人おらず、ただ静かな緊張感が漂う。
あぁ......そうだな。
いろんなことがあの日と一緒で、自分でも本当に驚いている。
あの日もコイツと同じように俺のことを気に入らないやつが集まっていて、一対一での戦いが始まって......
いや、違うか。
俺たちがいつものように圧勝したと思わせた後に、アイツらは奇襲を仕掛けてきたんだっけ。
あの時と違って、今回の相手である関村はきっと、そういったことはしないだろう。
『何が〈救命〉だ......こんな化け物野郎、人を傷つけることしかできねぇだろうが!!!!』
———そうだ。
そんなセリフを吐かれて、俺は怒りに飲まれたんだ。
自分の鬱憤を晴らすためだけに、ドラゴニスの気持ちを踏みにじって———
「———余計なやり取りはなしだ。さっさと始めようぜ」
「元よりそのつもりはねぇよ。俺も早くやり合いたくてうずうずしてんだからよぉ......!」
......どうやら、先方も我慢の限界らしい。
その自らの我欲だけを満たそうとする姿が、不愉快なほどに、過去の自分と重なっていき、そして———
「「リンク•アライズ———!!!!」」
———こうして、過去の因縁を穿つ、悲しき死闘が始まった。




