第7章 悲しき死闘 ♢2
「なんなんだよ......これ......」
鏡美の小さな背中を追いかけていき、その先に広がっていた衝撃的な光景に、俺は思わず絶句する。
———そこは、第一棟と第二棟の間を続く草原。
まさしく死屍累々といった如く、無数の生徒たちが倒れていた。
『......どうやら、皆気を失ってしまっているようだね』
「ん。でも......一体、誰がこんなこと......」
さすがのレイと不知火も、この状況には動揺している。
口調こそいつも通りに務めているが、2人ともどこか余裕はない。
と——— そんな、倒れ伏す生徒たちの中の1人。
見覚えのある外ハネ癖っ毛の少年が目に入り、俺は急ぎ駆け寄る。
「天堂!!!」
親友である少年の名を叫び、俺はその体を何度も揺らす。
やがて、彼はうっすらと目を開けると、途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。
「う......奏......か......? ........良かった......これで、皆、は........」
「天堂!? おい天堂!! しっかりしろ!! 天堂!!!!」
再び体を揺らして呼びかけるが、もはや天堂からの返事はない。
さっきので完全に力を使い果たしてしまったようで、かろうじて入っていた手足の力も、今ではすっかりと抜け落ちてしまっている。
(くそ......ひどいケガだ......早く五月雨先生のところに連れてかねぇと———っ!)
と、その時、俺のいる方へ誰かが近づいてくるのが分かった。
気配......とでも言うのだろうか?
不思議なことに見なくとも......しかも、それが誰なのかまで、俺にははっきりと分かる。
「ほう......? ようやくお出ましってわけか。探す手間が省けたぜ」
こんな状況下で、しかもタイミング的にも、俺が頭に浮かんだ人物で間違いない。
その人を見下した、いけ好かない感じは———
「関村......守......!」
予想通り、俺は件の行方不明であった少年———関村 守の名を口にする。
今までどこに? そして、なんでこんなところに......と思いかけるも、自分の中ですぐに答えは出た。
この場にいて、しかも無傷でなんの被害も受けてないとなれば、自ずと理由なんて見えてくる。
「これは......テメェがやりやがったのか?」
「ああ。でも、だったらなんだ?」
俺が鋭く問いかけるも、特段関村が気にするような様子はない。
しばらく俺と奴との静かな睨み合いが続き、やがて関村はわざとらしく肩をすくめて見せた。
「......そいつら、弱っちいくせに俺の進路を塞ぎやがっててよぉ? いつまでも場所空けてくれねぇから、頭きてぶちのめしてやったんだ。そしたら、なんか知らねぇけど後から後からわんさかわんさかと湧いてきて、気づいたらこの有様になってたってわけさ。
......特に、そこに転がってるガキと、あっちの女は相当鬱陶しくてな、俺としたことがついついやりすぎちまったぜ」
関村の視線を追った先に、これまた見覚えのある金髪サイドテール姿の少女が倒れているのが分かった。
...... 関村の言葉から推測するに、奴は自分の通行の邪魔になっていたやつら———つまりは、前方に倒れている生徒たちを襲い、邪魔だったからという理由だけで痛めつけて見せた。
異変に気づいた周りの生徒たちが止めに入ろうとするも止められず、たまたまその場にいた天堂と愛澤がチームを組み、そんな関村に応戦したのだろう。
だが、2人の現状を見る限り、結果は上手くいかなかった。
自分たちだけでは手に負えないと判断した彼らは、囮役と周りにいる生徒たちを避難させる役に分担したのだ。
———あの2人の特性を考えるならば、囮役が天堂で、周りにいる生徒たちを避難させる役が愛澤 恋歌。
天堂の〈メルト•ワイヴァーン〉が相手を翻弄し、愛澤のトロイ•マーメイドがサポート兼防御に徹するという作戦だ。
......しかし、遠目からでも分かるくらいに、倒れている愛澤の姿はボロボロだ。
おそらくここにいる天堂よりも、状態はひどい。
さっき関村はやりすぎたなんて漏らしていたが、それってつまり、防御に徹していた愛澤の方を執拗に攻撃し続けていた、ということではなかろうか?
こういった場合、どちらか片方を———特に、非戦闘員の方を狙われてしまうと、必然的にそちらの守りを優先せざるを得なくなる。
この前の時のように、天堂がサンドバッグ状態になって倒れ、その間もずっと愛澤が攻撃を受け続けていたとなると、奴の行いの残虐性がよく分かる。
「———俺の仲間をこんな目に遭わせやがって......覚悟はできてんだろうな、関村 守ッ!!!」
と、フブキとハイタッチを交わし、俺はすぐさま駆け出す。
———〈デュアル•ムービングフォース〉。
フブキの力を共有し、俺は関村向かって拳を構える。
だが———
「ッ!?」
俺の渾身を込めた一撃は、目の前に現れた真っ黒い何かによって阻まれる。
———それは、身の丈はあるであろう巨大な盾。
しかも、そのさらに奥には、禍々しいオーラを纏った何者かが立っているのが分かる。
一言で表すのなら、それは竜と人とを組み合わせたハイブリッド。
左右で異なる色の瞳を持つ、その姿はまるで———
「ドラゴニス......なのか......?」
片方だけに生えた竜の角に、顔の片側だけを覆っている竜の皮膚.......
間違いない。
これらは全て、俺のよく知るドラゴニスのそれだ。
———しかし、目の前に現れたそいつはドラゴニスとは思えないほどに無表情で、機械のような無機質な動作のまま、俺に向かって右腕を伸ばす。
(ッ!? なんだ、このパワーは!? 前までとは全く———)
そうこう言ってる間も俺の体はどんどん押し込まれていき、やむなく俺は右斜め後ろに後退する。
この腕を伸ばしてくる攻撃......やはり、ドラゴニスの使うドラゴニカル•ハンドで間違いない。
だが、本来あれは距離のリーチを稼ぐための打撃技であり、〈デュアル•ムービングフォース〉を超えるようなパワーは持ち合わせていない。
元々は彼が遠くの誰かにも手を伸ばそうと願ったための力でもあり、今振るわれているこれは、とてもじゃないが幼き少女のために使った力とは似ても似つかなかった。
「......いきなり殴りかかってくるとは、随分なご挨拶なんじゃねーか? 宇野 奏?
ククク......それじゃ、こっちもちゃんと挨拶しねぇとな———!! ドラゴニス!!!」
「............」
関村の言葉に従い、ドラゴニスが無言で攻撃を仕掛ける。
......〈デュアル•ムービングフォース〉があるとはいえ、相手は生身の人間。
いくら俺のことを恨んでいようとも、こんな迷いのない一撃をアイツがしてくるなんて信じられない。
そんな、あまりにも現実感のない光景に、半ば呆然としかけていると———
「くぅ........がぁっ!?」
「っ、フブキ!!!」
ふとそこに意識を戻すと、いつの間にかここまで来たフブキがおり、俺のことを庇い攻撃を喰らっていた。
......ダメだ。
今は、目の前の戦いに集中しなくては。
ここで俺たちまで倒れてしまえば、天堂や愛澤たちのことは救えない。
「奏、私たちも援護する! 一旦天堂を連れて後退を———」
「二度も同じ手を食うかよ......ドラゴニス!! ドラゴニカル•キャノン!!!!」
すると、ドラゴニスが腕を———否、両腕と背中からもキャノン砲を生み出し、発射する。
一斉に解き放たれしそれはすぐさま砲弾の雨へと変わり、レイや鏡美、その周辺に倒れてる生徒たちを飲み込んでいく。
「ははははは!!!! 弱ぇ、弱ぇ、弱ぇ!!!! 弱すぎる!!!! 力を持たない弱者どもが、今の俺に勝てるわけなんざねぇんだよッ!!!!」
———まさしく、場は地獄絵図と呼ぶにふさわしいものだった。
気を失い、倒れている生徒たちにも容赦なく砲弾が降り注ぎ、蹂躙されていく。
かろうじて何人かはレイと鏡美が守ってくれているが、攻撃を喰らっている彼女たち自身もボロボロ。
直接戦っている俺とフブキも、奴らの直撃を受けたせいでまともには動けない。
———そんな惨状の中でも、目を血走らせ、未だ関村 守は狂気じみた咆哮を上げている。
......こんなの、明らかに普通ではない。
確かにいけ好かないやつではあったけど、ここまでタガが外れてるようなやつではなかったはず。
ドラゴニスのための怒りに燃えていた彼とは、まるで別人のようだ。
「......奏、気をつけて。あの人間からは、嫌な気配を感じる......」
「なんだって———?」
———嫌な気配。
つい最近も聞いたことがあるようなセリフに、俺は眉をひそめる。
......フブキが言うには、サーバントにはそれぞれ自分の世界の色のようなものがあるらしく、フブキのような一部のサーバントにはそれが感覚的に感じ取れるという。
その中でも【執行者】たちが従えるサーバント———特にカワードの契約する茨木童子に関しては、本能的に動いてしまうような何かを感じるらしい。
———今フブキが口にしたのは、奴らだけに共通している、そんな邪悪な何か。
それに、俺もアイツのように自分が見えなくなってしまい、苦しんでた少女のことを知っている。
まさか———
(アイツらが......何かしたのか!?)
アイツらが俺に関村のことを焚きつけたというならば、そのアイツら自身が関村のことを監視してるのも必然。
フブキの言う嫌な気配というのがカワードの茨木童子の仕業で、関村の様子がおかしいのが、マインドのタナトスの能力によるものなら、全ての説明はつく。
「さぁて、と......あらかた片づいてきたところだし、そろそろ仕上げといこうか!!
ドラゴニス、この場にいる弱者どもを皆殺しにしろっ!!」
「止めろ、よせッッ!!!」
そんな俺の叫びも、今の彼らに届くことはない。
ドス黒い邪悪な力に心を支配されている彼らの姿が、かつて過ちを犯してしまった自分自身の面影と重なっていき———
「そこまで———!!!!」
と———そんな声が響き渡ったと思ったら、次の瞬間には、砲弾の雨が一つ残らず消滅した。
まるで、始めから何もなかったような穏やかな景色が広がる中、悠然とした足取りで、白衣を着た男が歩いてくる。
「白土、先生......?」
俺は、後方より歩いてくる老齢の男性教師——— 白土 御角の名を口にする。
先生は、そんな俺に一瞬だけ視線を向けると、ゆっくりとした歩調で関村の元へと歩いていく。
「訓練場外で......しかも、なんの理由もないサーバント同士の私闘は、校則で禁止されています。
———これ以上やるというならば、私も本気を見せなければいけなくなりますよ?」
「っ......」
口調こそ穏やかではあるが、何と言うか......放っているプレッシャーが凄まじい。
先程の光景からも分かるように、生きている次元が違うとでも言うべきなのか、歴戦の戦士が見せるそれは、とてもじゃないが俺たちで敵うようなものではない。
と......それを分かっているのか、対面の関村が引きつったような笑みを浮かべ、またもやわざとらしく肩をすくめた。
「はぁ......わーったよ。さすがの俺も、先生様に勝てるだなんて思っちゃいねぇよ。なんだかしらけちまったし、今回ばかりは引いてやる。だがな———」
すると、その続きの言葉に合わせるように、関村が俺の方を指差す。
「テメェに関しては話が別だ、宇野 奏!
日を改めてなんて、しゃらくせぇ———今日の放課後、訓練場まで来い!!!! そこで決着をつけてやる!!!!」
———と、いつかのカラオケ店と同じ一方的な宣言を焚きつけ、関村はその場を去っていった。
次回投稿は、8月17日 日曜日 12:00と 8月14日 木曜日です。
よろしくお願いします。




