第6章 逃れられない過去 ♢4
「ちょっとあんた、本当に大丈夫なのかい!?」
「大丈夫かい、奏くん?」
「奏さん、大丈夫ですか〜?」
———と、関村との決着から少し経ち。
ありとあらゆる場所に包帯を巻かれながら、俺は四方八方より『大丈夫?』攻撃を受けることになる。
......まぁでも、それも仕方ないことか。
人間である俺が、生身であんな無茶をしてしまったのだ。
レイや他の皆にもきっと、たくさん心配をかけてしまったに違いない。
戦っていたフブキも疲れてしまい、レイの膝の上で寝息を立ててるくらいだしな。
「奏、本当に平気?」
「ああ......俺に関しては大丈夫だ。それよりも問題は......」
チラリ、と。俺は視線を数メートル先の方へと移した。
そこには意気消沈......というよりかは、完全にふてくされた様子を見せる金髪オールバックの少年———関村 守の姿があった。
「おいお前、一体いつまでそうしてるつもりだ? 少しはなんか答えてみたらどうだ?」
「............」
———そう。
あの戦いが終わって以降、奴は一度も口を開いていない。
視線すらこちらに向けようとせずに、ただただずっと一点を見つめているのみで、さっきからこんな感じで話しかけているものの、彼がそれに応えるような気配はない。
奴の性格的に『こんなのは無効試合だ!』とか、『テメェらとの約束なんぞ、誰が守るか!』なんて騒ぎそうなものなのだが、ここまで静かなのもかなり不安になってくる。
......ドラゴニスもまだそこにいるし、召繋師の反動こそ受けていないとは思うのだが、他にケガとかさせていないかがちょっと心配だ。
「......奏くん、ここは僕が」
「でも店長、相手は———」
「分かってる」
チラリと、一瞬だけ俺の方に視線を向けると、神藤店長はそのまま真っ直ぐ歩き出す。
やがて、店長が目の前に来たことが分かったのか、関村 守はようやくその顔を上げる。
「......今さらなんだよ? わざわざ出禁になんてしなくても、二度と店に近づくつもりなんざねぇよ」
「......いや。僕は君を出禁になんてするつもりはない」
「なんだと......?」
そんな神藤店長の言葉に、関村は実に訝しげな表情を浮かべた。
先程のふてくされた態度を一点させ、鋭く店長を睨みつける。
「......どういうつもりだ? テメェの望みは、俺をこの店から遠ざけることじゃないのか?」
「その通りだ、コラ! こんなヤツ、二度と店に近づけさせちゃダメだコラ!」
「ふむ、悪は滅びることこそ世の運命......逢魔が時に蔓延こる魔の者が、斯様な聖地に近づくことなど———」
「もうやめてくれ!!!!!」
そんならしくもない大声を上げたのは、意外なことに、渦中にいた神藤店長自身。
関村を含む皆が驚きに包まれる中、彼は堂々とした、
「例え君がどんな人間でも......周りの人になんて言われていようとも、大事なお客様であることには変わりない。店の扉を潜られた以上は、最大限のもてなしをする責務がある。だから———」
と、勢いのままに頭を下げ、彼がずっと胸に秘めていたあの言葉を口にする。
「この度はご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした!!!!
またのご来店を......スタッフ一同、心よりお待ちしておりますッ!!!!!!!」
そんな店長の言葉に突き動かされ、俺は慌てて頭を下げた。
視線を横にズラすと隣にいるレイや早乙女先輩、言いがかりをつけられてしまった女性スタッフや、いつの間にか目を覚ましたフブキまでもが、同じように頭を下げている。
———その光景やまさしく、同じ志を持つ仲間が一堂に会するかのように。
店長が言った言葉通りに、スタッフの皆が、一つになった瞬間であった。
「......行くぞ、ドラゴニス」
「でも守、私は、まだ......」
「いいから行くぞ。こんなイカれた連中と一緒にいたら、こっちまでおかしくなる」
弱々しく、捨て台詞にも似た言葉を口にしながら、関村 守はきびすを返した。
それ以上の謝罪の言葉を言うことはなく、されども呪うような言葉は口にせず、ただただ静かにその場を去る。
やがて、その場に1人取り残されてしまったドラゴニスも、一瞬チラリとこちらに視線を向け、軽く会釈をしながら立ち去っていってしまう。
「ドラゴニス......」
そんな光景に、思わず俺はあの竜人の名前を口にするが、彼がそれに応えることはなく、振り返ることもない。
当然だ。
彼の今のパートナーはあの男であり、俺ではない。
ドラゴニスの想いを裏切り、傷つけてしまった俺にはもう、彼を呼び止めるような資格なんてない。
......それにきっと、今回こそ間違ってしまったが、関村のドラゴニスに対する想いも本物だ。
例えどんなにロクでもない野郎であろうとも、その想いを忘れない限り、俺のような末路は辿らない。
と、願いにも似た何かを思いかけた、そんな時———
「あ、あひゅう......」
「て、店長〜〜〜!!??」
さっきまでの勇ましい姿はどこへやら、情けない声を上げながら、神藤店長が思いっきりその場に崩れ落ちてしまう。
それを見た早乙女先輩は急いで駆け寄り、すぐに膝まくらの体勢で休ませる。
「......はぁ、はぁ........すまないね、早乙女くん......最後までカッコつけたかったんだけど、どうやら僕は限界のようだ......」
その言葉通り、額にはびっしりと汗をかき、顔色を真っ青に変えながら、店長は荒い呼吸を繰り返す。
......きっと彼も、相当な無理をしていたのだろう。
男性恐怖症の中向けられる敵意とも戦い、立っているのもやっとの状態になりながらも、最後まで店長としての勇姿を貫いたのだ。
「本当......我ながら情けないものだよ......これしきのことで、すぐこうなってしまうんだから。
......けど、僕はこの店の店長として、正しいことをした。店長としての務めを、果たすことができたと思っているよ」
「......はい。店長はすごく......すごく頑張ったと思いますよ。
あの関村さんにも怯まず立ち向かっていって......本当に———か、カッコよかった!......と、思います........」
「早乙女くん......」
夕日をバックに見つめ合い、周囲に広がっていく、甘酸っぱい空気———
......うん。これ、絶対俺たち邪魔だよね。
いやぁ......薄々勘づいてはいたけど、この2人ってやっぱそういう関係なんだよな。
友達以上恋人未満っていうか......言ってしまえば、付き合ってないだけで両想いなんだよね、多分。
いつだか偉い人が、困難は愛を強くするなんて言ってたけれど、まさしく今の状況がそれなのかもしれない。分からないけど。
「奏、フブキ......私たちはそろそろ上がろっか」
「......ああ。業務時間、とっくに越えてるしな」
レイの言う通り、バイト時間も大幅に越えてしまっているし、これ以上はきっと母ちゃんが心配する。
タイムカードは......まぁ、今日ばかりはこっそり切っても怒られることはないだろう。




