第5章 乱入者 ♢4
「ふざけた態度ばっか取りやがって......一体、客のことをなんだと思ってるんだッ!!!」
......一心不乱に、ただフロントへと駆ける。
その間も少年の怒声が止むことはなく、むしろ怒りはヒートアップしているのが分かる。
焦る気持ちを抑えながらも、俺は目の前の扉に手をかける。
「早乙女先輩っ!」
「か、奏さん......」
扉の目の前にいた早乙女先輩に声をかけると、彼女はすぐに困ったような視線を向けてくる。
しかし、彼女の体のどこにもケガはなく、何か手を出されたようなそんな痕跡はない。
なぜか、その胸元には怯えきった別の女性スタッフもいたが、そちらにもケガのようなものは見られない。
「奏」
「フブキ......それに、鏡美とレイも」
と、今度は俺の後方から、フブキ、鏡美、レイの順番で3人がやって来る。
......こうしてパッと見る限りは、早乙女先輩 同様、3人とも外傷のようなものはない。
仮に何かあったとしたってこの3人がどうこうなるとは思えないが、何事もなかったようで、俺はひとまず安心する。
「———あ? なんだお前? ここでは男装サービスなんかもやってるのか?」
「やってねぇよ! 俺は男だ!」
———なんて、ついいつもの癖でツッコんでしまったが、目の前に対峙するこの少年こそが、騒ぎの中心と見て間違いない。
厳ついオールバックの金髪に、切れ調の目。
体格こそ俺と同じくらいだが、その荒っぽい口調も相まって、ハスティルのようなイメージを彷彿とさせる。
......しかも制服を見るに、俺たちと同じ〈星麗学園〉の生徒だ。
「全く......どいつもこいつも、ロクなのがいやしない。この店の教養はどうなってやがるんだ......。
———おい誰か! 店長呼んで来いッ!!!!」
俺たちじゃ話にならないと判断したのであろう、脅すかのように発せられる、少年の怒声。
それに合わせて......というわけではないのだろうが、俺の少し後からやって来た神藤店長が、そんな少年の前へと出る。
「お前が店長、か......? はっ、なんか冴えない感じのにーちゃんだな」
「............」
と、やってきた店長を見てすぐに、少年はそんなケチをつけ始める。
そんな姿に一瞬、本当に大丈夫なんだろうか、なんて心配がよぎるが、意外にも 神藤店長は落ち着いた様子で口を開く。
「......それで、私でよければ、話を伺いたいのですが」
「ああ。これだよ、これ」
「これは......当店のペア割引チケット、でございますか......?」
「そうだ。さすが店長、話が早ぇ」
そう言って少年が取り出してきたのは、店長の言葉通り、この店限定のペア割引チケットであった。
「......そこの女、俺がこれを使おうとしたらできねぇとかって言いやがるんだ。意味分かんねぇだろ? 客をバカにしてんのかって話だよ」
と、ガタガタ震える女性スタッフを睨みつけながらなお、少年は威圧的な姿勢を崩さない。
意味が分からないも何も、ペア割引チケットなんだから、1人で使えないのは当たり前だ。
見たところ少年の他には誰もいないし、本当にその連れとやらが来る確証なんてものはどこにもない。
これらのことから、女性スタッフの対応は、何一つ間違ってなどいないのは明らかだ。
「......申し訳ありませんがお客様、こちらはペア割引チケットとなっておりますので、お一人様での使用はできないものでして———」
「だから、さっきの女にも言ったけど、俺の連れが後から来るんだよ。だから、先に使わせろって言ってんだよ、こっちは」
「しかし、それを確認するまでは、当店で使用を認めるわけにはまいりません。お連れ様の到着をお待ちしてから———」
「なんだよ......俺のことを、疑ってんのか?」
......すると、少年は先程までの冷静な態度を完全に捨て去り、凄むかのように神藤店長へと顔を近づける。
「確認するまで使用を認められないだぁ......? それって、本当に連れが来るのか疑ってんのと同じだよなぁ? お前の言う、お客様を疑ってんのと同じだよなぁ? あぁ!?」
威圧的に、かつ相手の逃げ場を徹底的に潰し不始末としていくやり口。
まさしく、その姿はクレーマー以外の何物でもない。
主張に関してもめちゃくちゃだし、下手をすれば、威力業務妨害ってやつに該当するレベルだ。
「全く......なんなんだ、このクソみたいな店は......あのマリスとかっていう野郎、知っててこれを俺に渡してきやがったな?」
「「!?」」
マリス......?
コイツ今、マリスって言ったのか!?
なんで......というか、なぜ奴の口からその名前が出てくるんだ?
もしかして、コイツも【執行者】の仲間なのか?
......それにしては、格好や行動がそれっぽくないし、仮にそうなのだとしたって、コイツをここに送り込んでくるその目的も分からない。
やつらが店にケンカを売る理由などどこにもないだろうし、ますますマリスが関わってくる理由が分からない。
「さぁて、と......散々不愉快な思いをさせてくれた挙げ句にこれだもんな。一体、どうしてくれようかな......なぁ、店長サマよぉ?」
「........ぁ....」
......マズい。
マリスの名前を聞いたからか、そろそろ神藤店長の方も限界だ。
奴に話を聞く気がない以上、さすがの早乙女先輩だって分が悪いし、接客業初心者中の初心者である俺たちなんてもってのほか。おそらく、今以上に相手を刺激してしまうだけだろう。
......ただ、接客の方ではダメでも、荒事ともなれば、俺たちの場合その限りではない。
万一にも奴が手を出してきたその時には、俺やフブキ、レイといった戦闘メンバーで制圧できるため、そちらに関しての心配はいらない。
気は進まないが、いざという時の覚悟はしておくべきなのだろう。
と———
「え———」
店の入り口から入って来たそいつの姿を見た瞬間、俺は時間が止まったかのような感覚に襲われた。
しかしそれは、入ってきたその人物が竜と人を合わせたような異形だったからだとか、全身をボロボロのマントに包んでいたからだとか、そんなことではない。
もっと別の......俺にとっては、そいつがいるという事実そのものが、天地がひっくり返ったかのような衝撃だった。
「———はぁ、はぁ......すまない。人助けをしてたら、遅くなってしまった、よ......?」
———なんで、アイツがここにいるんだよ。
そんなセリフが出かけるものの、上手く言葉にできない。
俺の唇はただ、パクパクと、同じ動きを繰り返すだけだった。
「ったく、遅ぇぞ、ドラゴニス。お前のせいで俺がどんな思いしたかって———おい、聞いてんのか?」
......どうやら向こうも、俺の存在に気づいたらしい。
皮肉なことに、2人して全く同じ反応をしてやがる。
「奏......なのかい......?」
「ドラ、ゴニス......」
途切れ途切れになりながらも、ようやく俺は、目の前に現れた竜人の名前を口にした。
......まさか、こんなにもこの名前を口にするのが憚られる日が来るなんて。
かつては何度も口にしていた名のはずなのに、一度口にしただけで、目の前が真っ暗へと変わっていく。
「奏、大丈夫......?」
「あのドラゴン人間、知り合いなの?」
知り合い......なんて、そんな単純な話じゃない。
だって、アイツは......あのサーバントは———
「——— 〈救命〉ドラゴニス......俺の、元サーバントだ」
「「ッ!?」」
俺のその言葉に、鏡美だけでなく、普段感情を表に出さないレイまでもが大きく目を見開く。
———〈救命〉ドラゴニス。
かつて同じ時を共に過ごし、笑いあった相棒が、再び俺の前へと姿を現したのだった。
「奏......もしかしてお前、宇野 奏なのか......?」
「っ......」
そう言って向けられた視線から、なんとなく、俺は逃げるように顔を逸らす。
......言うまでもなく、今のドラゴニスのパートナーはこの少年だ。
本人が話しているかは不明だが、俺とドラゴニスの間に何があったかを知れば、確実に俺の印象は良くなくなるだろう。
そんな、自分の中の罪悪感にも似た何かが、彼らと正面から向き合うことを邪魔していた。
「......ふっ、なるほどな。コイツはちょうどいい。ようやく、俺にもツキが回ってきたってもんだ」
すると、少年はその表情を、気味の悪いニヤケ面へと変化させながら言った。
「———俺の親父は、ちょっとした企業の社長でな......〈セキムラグループ〉って言えば、お前らにも分かるだろ」
〈セキムラグループ〉
そういうのに詳しくない俺にだって、聞いたことがある有名な企業の名前だ。
ちょっと......なんていうレベルじゃない。
上から数えた方が早い、大企業中の大企業だ。
「俺が親父にさえ頼めば、こんなちんけなカラオケ店、簡単に買い取りできる。そうすれば、お前ら全員をクビにして、店そのものを畳ませることだって簡単にできる」
「ッ!? それだけは......それだけは、どうかご勘弁を......!!」
顔色を真っ青にし、土下座でもするんじゃないかという勢いで必死に懇願する神藤店長。
その姿を見て、ひとしきり満足したのか、少年はますます声音を愉しげなものへと変える。
「くくっ......安心しろよ? 俺だってそこまで鬼じゃない。貧相で可哀想なお前らに、一度だけチャンスをくれてやる」
すると、少年は体の向きを変え、その切れ調の目を俺の方へと向けてくる。
「俺と勝負しろ、宇野 奏———お前が勝ったら、この話は無かったことにしてやるよ」
その瞬間、少年の射るような視線と、俺の視線が交わった。
さっきまでの店に対する怒りも、店長や他の皆への興味も、もはや彼の中には存在しない。
少年の意識は完全に、俺へとの敵意へと切り替わっていたのだった。
「お前......それ本気で言ってんのか......?」
「ああ。お前が勝てば、今回の件は無かったことにするし、今後二度と俺はこの店に近づかないと約束しよう」
「———ただし」と、嫌な予感しかしない前置きとともに、少年は高らかに宣言する。
「お前が負けた場合、お前の全てを捧げてもらう。
店だけじゃねぇ......過去も、未来も、想いも友情も居場所も、何もかも全てッ!! 俺たちのために捨ててもらうッ!!!」
———それは、憎悪のような、はたまた狂気のようにも思えるほどの衝動。
自らの相棒を地獄へと突き落とした相手への、復讐という名の裁き。
今回の件にかこつけて、少年はそれを俺に与えようとしていた。
「断る......なんて言えないよな? ドラゴニスを傷つけた裏切り者に、そんなことを言う資格はない」
......もはや、向けられるその憎悪の眼差しを、俺はまともに見ることができなかった。
裏切り者というそこの部分だけが、自分の頭の中をずっと反響する。
「決闘は3日後。同じ時間、ここの表通りまで来い。無論、1人でな。
......せいぜい、みじめに負ける覚悟だけをしておくことだ。ドラゴニスと———この俺、関村 守の手によって、負ける覚悟をなぁ?」
———そんな、勝利宣言にも似た言葉を残し、少年......関村 守は去っていったのであった。




