第3章 再会 ♢1
「なるほど......【執行者】総部隊長、カワードねぇ........」
放課後、保健準備室。
【レジスタンス】拠点において、俺とフブキ、不知火とジル•ドレさん、そして鏡美といった面々が集まっていた。
議題はもちろん、【執行者】総部隊長、カワード襲撃の件について。
一通りの事の顛末を話すと、不知火 焔はその真紅の瞳を細めた。
「やられたね。どうやら、完全に先手を打たれたようだ」
晴天を思わせるスカイブルーの髪を揺らし、彼女はそんなことを呟く。
しかし、特に俺はそれを意外だとも思わず、むしろ彼女ならそう言うのではないかと、静かに同意を返す。
「......やっぱ、お前もそう思うか」
「ああ。まず間違いなく、それが目的だと思っていいだろう」
「......? ......?」
と、なんのことを言ってるか分からなかったのか、鏡美の目が思いっきり点になる。
......ちょっと、話が飛躍しすぎたか。
仕方がない。ここは、不知火先生に解説をお任せするとしよう。
「いいかい? 奴らは奏たちの授業に乱入し、その場で謝罪して見せた。あろうことか、他の生徒がいる中、堂々とね。そんなことをすれば、どういう結果になるか分かるかい?」
「えーっと、それは......」
「ばーんってなって、どーんってなって、ぼーんってなる」
「フブキくん? 擬音ばかりでは、私が分からないよ?」
困ってる鏡美を見かねてか、右手をピンと上げ、フブキがよく分からない回答を口にする。
......ただ、彼女のことだ。本当に分かってないならば、ストレートに聞いてくるはずだ。
だからこそこれは、単純に彼女の語彙力の問題。
ここは、パートナーである俺が助け船を出そう。
「......要するに、【執行者】の総部隊長が直接謝りに来るなんてイベントは皆の頭の中に残り、すぐに噂となって広まっていく。そうなれば、渦中にいる俺たちは注目の的となり、下手な行動はできなくなる。フブキが言いたいのは、こういうことだ」
「ん。奏大正解。はなまるまんてん」
「そうか? ......ま、俺にかかれば、こんなもんさ」
「ふぇぇ......やっぱり、宇野君はすごいなぁ......」
「うん。確かにすごいけど、擬音と内容が合ってないのは、私の気のせいかな?」
気のせいだろ、本人だってそう言ってんだし。
実際、要約なんてせずともカワードの狙はこれ以外ありえないし、少し考えれば誰にだって分かることだ。
「まぁでも、私の言いたいことは大方それで合ってるよ。
いつもなら、奏が自販機の裏でフブキくんのおっぱいを触っていたとしても、『ま、アイツならやりそうだよな。どうでもいいけど』で終わるところ、『な———!? アイツ、【執行者】に頭を下げさせた上にあんなことを! なんて羨ま———いや、鬼畜なことを!!!』って感じに変わるわけだ」
「どこが合ってんだよ! 全くの事実無根だわ!」
ったく、本当に勘弁してくれ。
女性陣だっているわけだし、ボケるならもう少しマシなボケをしてくれないと、こっちも反応に困るぞ。
しかも、皮肉なことに、無駄に頭に入ってきやすいのが、またタチが悪い。
......まぁでも、これはアイツがでっち上げた作り話。
いくらなんでも、そんなのを信じ込むやつなんて———
「「............」」
———いたわ。
しかも、目の前に2人も。
......うん、その顔はやめて?
その信じられないようなものを見る目はやめて?
特に鏡美。お前のそれ、けっこうグサってくるから。
「宇野くんの......えっち........!」
「全くです!! そんな、あるかもないかも分からないようなもので汚名を被るくらいなら、お色気担当である私の胸を———!!」
「あぁいや、君はいちいち真に受けなくていいから。そういうの需要ないよ?」
———その後、車イスの少女がどうなったかは言うまでもなかろう。
......全く、なんでコイツは息をするかのように、ジル•ドレさんにケンカを売っていくのだろうか?
毎回毎回同じ目に遭うのに、なんでそれを学ぼうとしないんだ?
バカなのか? それとも、単にMなのか?
ましてや、ジル•ドレさんのような綺麗系美人に需要がないなどと、よくもまぁ、そんな失礼なことが言えるものだ。
恐れ多くて、俺ならそんなこと言えないね。
......後、一応フブキの名誉のために言っておくが、アイツ脱ぐとけっこうすごいんだからな?
そこらのやつらに負けないくらいには、戦闘力はあるぞ?
「......こほん。それじゃ話を戻すけど、今や奏とフブキくんは時の人。その一挙一投足でさえ、野次馬たちの注目の的になる。
......こんな状況で【レジスタンス】の活動をしようものなら最後、すぐさま噂は広まり、確実に【執行者の耳にも入る。言わば、周りの全てが監視となっている状況だ」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
と、一見絶望的に思える状況でも、我らがリーダー、不知火 焔の余裕な態度は崩れない。
コイツがキザったらしく、そしてニヤリと口角を上げている時は、大体何か策を思いついている時の顔だ。
「———まず一つ。奏、ほとぼりが冷めるまで、君がここに来ることを禁ずる。それと、一部を除く【レジスタンス】関係者との接触も、今後は少し控えてもらう」
「「「 !! 」」」
......やっぱり、そうなってしまうか。
———そう。
これこそが、カワードの目論みに対応できる最善策。
俺自身もとっくに思いついていた策であり、言われずとも、いずれは自分から打とうとしていた手だ。
「そ......そんなのって........!!」
「そうですよ、マスター!! いくら奏さんがお年頃だからって、それで仲間はずれはどうかと思います!!」
「いや、その話は終わってるからね? 別に私はそれが理由で、こんなこと言ってるわけじゃないんだからね?」
慌てふためく鏡美とジル•ドレさんに、不知火は冷静なツッコミを入れる。
あんな与太話を未だに真に受けてるなんて、いくらなんでも素直すぎないかこの2人?
素直なことはいいことなのだが、これでは詐欺とかに引っかからないかが心配だ。
「いいかい? 保健準備室は私たちにとって重要な拠点だ。ここさえ押さえられなければ負けることはないし、逆に押さえられた時点で全てが終わる。そんな場所に、周りの監視が———しかも【執行者】の総部隊長なんかに目をつけられているような人間を、むざむざと入れるわけにはいかない。
非情に思えるかもしれないが、これは組織のリーダーとして必要な判断だ」
不知火が口にしたのは、どこを捉えても隙のない、全くのど正論だった。
今の俺は、【レジスタンス】に関われば関わるほど、情報漏洩や組織露見の危険性を高める。
つまり俺は、【執行者】の手にかかってしまった毒であり、爆弾でもあるんだ。
———だからこそ、害となる一を切り捨て、その他多数を死守する。
彼女が口にしたのは、そんな合理的かつ確実な一手だった。
「......しかし私も、やすやす仲間を切り捨てるつもりはない。奏は大切な友人だし、奴の目的が奏を孤立させるという線もあるからね。
そこで私は、こんな手も用意してみたんだ」
と、鳴らされる指の音を待っていたかのように、保健準備室の扉が開かれる。
そこから部屋に入ってきた人物を目にした瞬間、俺は思わず言葉を失った。
「お前......は........」
そこにいたのは、パーカーを着た1人の少女。
キラキラとしたホワイトブロンドの髪に、鏡面のような独特な瞳を持つ、儚げで美しい少女。
———間違いない。
格好こそ違うが、俺はこの少女のことを知っている。
「紹介しよう。彼女の名前は、西条 レイ。我が【レジスタンス】の、正式メンバーの1人だ」
「ん。よろしく」
そんな不知火の紹介とともに、少女が軽い調子で挨拶をする。
その仕草が、声が、初めて会った時とあまりにも変わってなくて、俺はその場で呆然と立ち尽くす。
「......どうしたの? ボーっとして。もしかして、私のこと忘れた?」
「ッ! んなわけないだろ!」
......忘れるはずがない。
彼女がいなければ俺はとっくに殺されていたし、逆に俺たちがいなければ、今ごろ彼女がどんな目に遭っていたか分からないんだ。
そんな、互いに命を預け合い、共に死地を乗り越えた仲間を忘れるなどと、そんな薄情なこと、俺には絶対できやしない。
「えっと......2人って、どういう関係? 宇野君、こんな綺麗な人とも知り合いだったの......?」
「え? あぁ、それは———」
と、俺が答えようとした、その刹那。
パーカーの少女———もとい、西条 レイが、俺の腕をガッチリとホールドしてきたのだった。
「ふぇっ!? ちょ......!! いきなり何してるの........!?」
「ん。私と奏は、お互いの秘密を知った仲———言わば運命共同体。もはや片時も、側を離れることは許されない」
「「はぁ!?」」
開幕早々に投下された彼女の爆弾発言に、鏡美だけでなく、俺も一緒になって声を上げてしまう。
「う、運命共同体って......! それって、どういう........!?」
「言葉通りの意味。私と奏が、運命を共にする間柄ってこと。身も心も、いずれは一つになる。もちろん、物理的な意味で」
「身も......心、も......? ......あぅ.......」
「ひ、雛子さーん!!??」
思考がオーバーフローし、蒸気を出しながら倒れる鏡美に、急ぎ駆け寄るジル•ドレさん。
彼女なりに説明してくれてたつもりではあるのだろうが、その実全くというほど説明になってない。
......というか、当事者である俺自身でさえ、全く理解できていない。
確かにあの状況なら物理的な運命共同体だったかもしれないが、心までどうこうなんて話はしていない。
一体、彼女の中で何をどうやったらその発想になるのか、俺にはいくら考えても分からなかった。
「お前、会って早々なんなんだ......? 全く意味が分からないぞ」
「? さっき言ったでしょ? 身も心も一つになるって。だからこうして、ゼロ距離であなたにくっついているの」
と、顔色一つ変えずに、さらに密着してくる西条 レイ。
彼女が体を揺らす度に、ふわりとした香りが鼻腔をくすぐり、腕の辺りでは、大きくて柔らかいものがむにむにと暴れ回る。
前にも密着したことがあるから分かるが、その戦闘力はかなりのものだ。
順位をつけるとすれば、ジル•ドレさんと同等かそれ以上、五月雨先生未満といったところか。
......って、今はそんなことでドキドキしてる場合じゃない!
俺にはずっと、彼女に言いたかったことがあるんだ。
「......っ、んなこと言ってお前、今まで全然音沙汰なかったじゃねぇか! 今までずっと何してたんだよ? 俺がどれだけ心配してたか分かっているのか?」
「そ、それは......」
すると、先程までの自信はどこへやら、バツの悪そうな顔で、彼女は俺から視線を逸らした。
「......今は、言えない。私には、言う資格がないから」
「?? それってどういう意味だ———」
「そこまで。そろそろ本題に戻るよ、奏」
と、冷静に待ったをかけた後、わざとらしい咳払いを挟みつつ、不知火が再び口を開く。
「これで分かっただろう? 君の会いたがっていた彼女こそが、君の新たな護衛となる。これからは常に2人で行動、彼女に便乗ってわけじゃないけど、文字通りずっと一緒にいてもらうからそのつもりで。
......だから、聞きたいことがあるのなら、後からいくらでも聞けばいいし、イチャイチャしたいというのならば、好きなだけイチャイチャしていればいい。もちろん、私たちのいないところでね?
だから、この話はここで終わり。後はお若い2人の自由で構わない。良かったじゃないか、このキューティーフェイス女たらし」
「お前、言ってること無茶苦茶すぎんぞ......」
失礼なのはいつものことだが、彼女の話題をする時の不知火は、いつも以上強引だ。
前の時もそうだし、今だってそう。
まるで、俺の詮索を拒むかのように話を逸らされ、今回のように、最後は適当なことを言われて終わる。
結局、この話題で俺の中に残るのは、胸の辺りを漂うモヤモヤだけだ。
「......しかし、ここに来て総部隊長様のお出ましとはねぇ......まさか、そんなのまでいるとは思わなかったよ」
「あ、うん......私も、特務情報執行官っていうのがいるって聞いたよ......」
と、復活した鏡美が、聞き慣れない単語を口にする。
———特務情報執行官。
以前、鏡美からチラッと話は聞いているが、その意味については未だに分かっていない。
そいつ自身が出てきたわけでもないし、総部隊長なんかと違って、聞いただけで分かるようなものでもない。
俺に分かるのは、組織の中枢を担っており、情報を司どる強力な相手なのだと、ただそれだけしか分からない。
が———
「ああ、マリスのことだろう? アイツのことならよく知ってるよ」
「え......不知火さん、その人のこと知ってるの?」
「ああ」
すると、それを聞いた不知火の雰囲気が、絶対零度のものへと変わった。
「嫌になるくらいには知っているよ。よーく、よーくね?」
———その表情は、いつか彼女が見せた憎悪のような何か。
......いや。今の彼女の瞳は、〈3王〉についてを口にした時よりも鋭い。
だけどこれは多分、【レジスタンス】としての正義だけじゃない。
不知火とマリスとかいうやつの間には、何かしらの確執がある。
......だが、そんなことを思っている頃にはもう、彼女はすっかりいつもの調子へと戻っていた。
「......とにかく、今優先すべきなのはカワードだ。話を聞く限り、奴はかなりの強敵......だからこそ、フブキくんもあん行動を取ったのだろう?」
「うん......」
すると、話を振られたフブキは、上目遣いに、その水面のような瞳を俺に向ける。
「私も......上手く言えないけど、あいつのことは嫌。奏にも......他の皆にも、関わってほしくない」
「フブキ......」
———それは、彼女の中にある優しさから出た言葉だったのだと思う。
フブキもこの世界に来てからしばらく経つ。
まだ慣れていないこともたくさんあるが、それでも仲の良い友人がたくさんできた。
始めこそサウンド•フォックスにしか心を開いてなかったが、今はその主たる鏡美とも仲が良い。
ジル•ドレさんだってそうだし、不知火についても、名前呼びするくらいの関係にはなれている。
クラスに行けば愛澤もいるし、天堂のことは嫌がっているが、イリーナ先生や五月雨先生とも関係は良好だ。
そんな、フブキにとって大事な人たちが、カワードという存在によって、様々な危険に晒される。
あの時本能的にそれを感じ取ったからこそ、フブキはあんな突拍子もない行動を取ってしまったのではなかろうか。
全ては、自分にとって大事な人たちを守るため。
———もはや、最初のような無機質で、俺だけがいればいいと思っていた頃とは違う。
これは、フブキに起きた明確な変化だ。
「............」
カワードの陰謀に、西条 レイとの再会。
不知火の憎悪と、フブキの優しさ。
いくつもの想いがあり、いくつもの選択がある。
その全てを掴み取るのは困難であり、俺個人の力だけでは、きっと何かを取りこぼす。
優先すべきはなんなのか、どうすることが、俺たちにとって一番いいことなのか。
.......今回ばかりは、敵を倒して終わり———なんて結末が訪れることはない。
———こうして俺は、様々な思惑が入り乱れる混沌へと、足を踏み入れることになったのであった。
次回投稿は、6月22日 日曜日 12:00と
6月19日 木曜日です。
よろしくお願いします。




