第7章 傀儡 ♢2
ドンと、目の前にあるドアを蹴り飛ばす。
普通ならばありえない行動だし、我ながら礼儀知らずにもほどがある。
———ただ、こと今回に至っては話が別。
それぐらいに俺は怒っていたし、彼女の元へと駆けつけたかったのだ。
(コイツが、【執行者】マインド)
改めて、俺は彼女と対峙するその男へと視線を向ける。
奴を一言で表すなら、細身で陰湿そうな、メガネをかけた少年。
圧だけで言ってしまえば、前回戦ったハスティルの方が断然上だが、コイツもコイツで、生理的に受け入れ難い雰囲気を放っている。
「なんですか、あなたは? 一体、どこから入ってきたというのですか」
メガネの位置を整ながら、回転式のイスで体の向きを変える。
俺という闖入者に対し、少年はどこまでも訝げな視線を送ってくる。
「そもそも、この部屋は関係者以外立ち入り禁止です。詳しい場所だって公表していないのに、一体なぜ———ッ! あなた、まさか———!!!」
すると、机に手をつき、ガタっという音とともにマインドがイスから立ち上がる。
「失敗しただけじゃ飽き足らず、裏切ったというのですか!? どこまで私をバカにすれば気が済むんだッッ!!!!」
何を思ったか、矛先を鏡美へと変え、突然激昂し始めるマインド。
発言や行動は意味不明だし、彼女を見つめるその視線も血走り、明らかに常軌を逸している。
そんな、底の知れない気味の悪さを覚えながらも、俺はなんてことないふうに続けた。
「別に、鏡美はお前のことを裏切ったわけじゃねぇよ。俺がぶちのめして、無理やり聞き出しただけだ」
「それでも、失敗したのは事実でしょう? あれだけフォローしてやったというのに、この結果......本当に、使えなくて始末に負えない」
やれやれ、と嫌味ったらしく首を横に振るマインド。
......陰湿でねちっこい性格とは聞いていたが、本当にまんまだな。
口調、声のトーン、仕草。
本当に全てがその通りでしかなくて、聞いているこっちがイライラしてくる。
「......つーことは、お前が鏡美に“召繋師狩り”なんてやらせていた犯人だってことで、認めるんだな?」
「そうですね。でも、それがなんだと言うのです?」
荒っぽくイスに座り直し、マインドは悪びれもせずに答える。
「私は【執行者】のマインド。仮に全てあなたの憶測通りだったとしても、それは正義のためなのです。
むしろ、その正義の一翼に選ばれたことを、誇りに思ってもらいたいものですね」
......一体、何を言っているんだ、コイツは?
それがなんだ? 正義の一翼に選ばれたことを誇りに思え?
さっきから言ってることが一つも理解できないのだが、本当に同じ人間なのか?
「だいたい、そいつのような鈍臭くて使えないような無能を、誰が好き好んで使うものですか。そいつがどうしても恩を返したいって言うから、自分から罪を贖う機会が欲しいと言うから、あれこれ苦労してチャンスを与えてやっていたというのに......それも全部無駄に終わった。本当、使えないにもほどがある」
「........ッ!」
......抑えろ、俺。
ここで爆発すれば、全てがおじゃんだ。
可能な限り、奴から情報をあぶり出すんだ。
「......お前の目的は、俺をここに誘き出すことか」
「まぁ、それが全てというわけではありませんが、それもありますね。事件を起こしていれば、あなたは必ず首を突っ込んでくると踏んでいましたから」
「そんなことのために......お前は無関係なやつらを巻き込んだというのか......!」
「いや、だから。さっきから言ってますけど、そもそもあなたたちの前提が違うんですって」
すると、マインドは視線だけをこちらへ向け、できの悪い生徒に教えを説くかのように続ける。
「いいですか? 【執行者】とは正義、つまり私の意向は正義そのものなのです。私がそれを善とすれば正義だし、逆に悪と断じれば、それは裁くべき悪なのです。
......一見、無関係の者を巻き込むというのは悪に見えるかもしれませんが、それもこの私の意思。つまりは正義なのです。結果として、【レジスタンス】壊滅に大きく貢献でき、私の評価も上がる。力無き人々の犠牲に伴い、私がその想いを受け継いでいくのです。
あぁ......これこそ至高、人と人の理想の到達点! その礎に選ばれた人々を、あなたも誇らしいと思いませんか!!?? ねぇッ!!??」
マインドが口にしたのは、そんなおぞましく、そして狂気じみた理想だった。
人と人の支え合い。そこに絶対的な序列を組み込み、片方だけが蜜をすする。
序列の高い方だけが絶対の意思となり、そのためならばどれだけ犠牲や苦しみが伴おうと仕方がない。
それも全て、尊き正義のためなのだから美しいのだと———
「......で......かせたのか........」
「はい? よく聞こえな———」
「そんな理由で、鏡美を泣かせたのかッ!!!!!」
———さすがに、我慢の限界だった。
正義なんていう身勝手な線引きだけでは飽き足らず、そんな独善的な野心と狂信のために、彼女はずっと苦しんでいたなどと。
......あぁもうほんと、ふざけてるにもほどがある。
「........ええ、そうですね。ならば、どうするというのです?」
「鏡美の分まで、お前のことをぶん殴る」
「正気ですか? 私は【執行者】のマインド。そんなことをすればあなたは———」
「知るか、んなもん。【執行者】だろうが、なんだろうが関係ねぇ。俺の仲間を泣かせるような野郎は、誰だろうとぶちのめす」
それっきり、俺たちの会話は途切れる。
その引きつった顔を見るに、コイツもコイツで、俺が会話の通じないイカれ野郎とでも思ったのだろう。
......どう考えてもおかしいのはコイツだし、俺としては非常に不本意ではあるのだが、それならそれでいい。
言葉を交わしたところで無駄なのは分かるし、これ以上時間をかけたってイライラするだけだ。
「........全く、話を聞かない野蛮人にも困ったものですね。ならば、仕方ありません———」
そんな言葉とともに、マインドはようやくイスから立ち上がる。
「あまり暴力に訴えるやり方は好きではないのですが......あなたがそう言うのであれば、お相手してさしあげましょう」
と、暗い笑みを浮かべながら、マインドが懐からデバイスを取り出す。
もはや、互いに引くつもりはない。
この一戦で、全ての決着をつける———
「いくぞ、フブキ」
「ん。どんと来い」
そう応えるフブキの表情も、いつも以上に真剣そのものだ。
これで、俺たちの想いは重なった。
いくぞ———
「「リンク•アライズ!!!」」
マインドがデバイスに触れ、俺はフブキと手を重ね、叫ぶ。
俺たちだけに宿る、想いを繋げる力を。
「クフフ......さて、出番ですよ———〈絶心〉タナトスッッ!!!!」
———瞬間、マインドの足元に浮かび上がった灰色の魔法陣より、巨大な骸が姿を現す。
王族のような衣装に身を包み、身体の至る所に蛇のような模様が刻まれた鎖が巻かれている。
中でも目を引くのが、身の丈はあるであろう巨大な鎌。
その姿はまるで、魂を弄ぶ死神のようだった。
「先手必勝......といきましょうか。タナトス!!!!」
そんなマインドの号令とともに、死神が手に持った大鎌を振るう。
すると、すぐさま切り口から紫色の衝撃破が生まれ、フブキ向かって飛んでいく。
———そこそこの速さはあるが、躱せないほどではない。
横に飛び、フブキはなんなく回避する。
「クフフ......なるほど、それがあなたのサーバント———“被験体X”の力ですか。確かに、デタラメな身体能力だ。だが———」
その言葉に合わせるように、死神が大鎌を構える。
「こんな狭い場所では、それも十全には発揮できない———!!
やりなさい!! 〈絶心〉タナトス!!!!」
大鎌を振るい、その切り口から再び紫色の衝撃破が飛来する。
......しかし、1発では終わらず、また1発、もう1発と紫色の衝撃破が絶え間なく放たれる。
その全てを躱すフブキだったが、ここは室内。奴が攻撃する度に、逃げ道はどんどん無くなっていく。
———否、それだけじゃない。
昼間の二対二、そして鏡美との激闘。
連戦に続く連戦で、確実にフブキに疲労が溜まっている。
いくら彼女と言えども、あの衝撃破の波を掻い潜って、一撃も喰らわずに近づくというのは難しい。
......かと言って、あの紫色の衝撃破に当たるというわけにもいかない。
どんな力があるのかは知らないが、あんな禍々しい攻撃、当たればひとたまりもないのは明らかだ。
「もう......やめて......!!」
「鏡美......?」
震えるような声を上げながら、突然鏡美が俺の足にしがみつく。
「やっぱりアイツには勝てない........いくら宇野君でも、アイツに勝てるわけがなかったんだ......!! 私が全ての責任を取る......私が傀儡になって全て終わらせるから........だからこれ以上、フブキちゃんに戦わせないで........!!!」
「............」
———やっぱり、マインドを見てからの鏡美の様子がおかしい。
今までのことがトラウマになっているというのもあるのだろうが、この怖がり方は、はっきり言って異常だ。
明らかに、普通の精神状態ではない。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!! そうです!! その通りですっ!! 結局あなたはあの時と変わらない!! 私に助けられた時と同じように、ただただ震えているしかないのですよ!!!」
と、マインドの耳障りな嘲笑が響き、その度に足にしがみつく鏡美の震えは大きくなる。
やがて、一頻り笑い終えると、マインドは嘲るような視線をこちらへ———否、鏡美へと向けた。
「クフフフフ......本当、無様なものですねぇ......。まぁ? 今から頭を下げて許しを乞うと言うのであれば、考えてあげなくもないですよ? 私の裁きを受けた後ならば、傀儡として、側に置いておくのもやぶさかではありません。
......もちろん、2人仲良く一緒にね?」
「ッ!? ......私はそれでもいい。でも、宇野君は......!!」
「そういうわけにはいかないでしょう? これだけのことをしておいて、なんのお咎めもなしなんて、そんなバカな話があるわけないじゃないですか。彼もあなたと同じ同罪です。
......もっとも? 私の寛大な措置によって、学園にいられるだけありがたいと思うことですねぇ!!?? アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
再びマインドの耳障りな嘲笑が響き、最悪極まりない終わりが宣告される。
どの道、フブキが近づけない以上、このままでは勝ち目はない。
そう。これで、俺たちの詰み———
(っていうのが、奴の勝利条件なわけか)
———フブキの|動きが封じられ、それに鏡美が絶望していく。
もはやどうすることもできなくなり、俺は誰も救うことができなり、膝をつく。
......あぁ、ならば全ては予想通りだ。
これでようやく、確信を得た。
「........なんですか、その目は? 私の慈悲を受けたいと言うならば、もう少し態度というものが———」
「うるせぇな。いい加減、ピーチクパーチク喚くのはやめたらどうだ、メガネ野郎?」
「メガネ野郎———!?」
と、よほど癪に障ったのか、マインドがこめかみに青筋を立てる。
「......あなた、今なんと言ったのですか? あろうことか、この私にメガネ野郎などと———!!」
「ああ、言ったぜ。お前に精神なんて大層な名は似合わねぇ。ただのメガネ野郎で十分だ」
べっと舌を出して、挑発して見せる俺。
本当に子どものような、青筋を立ててるような相手にするとは思えない、幼稚でくだらない挑発。
すると、怒りが一周して困惑にでもなったのか、マインドも、そのサーバントである死神もピタリと動きを止める。
「......あなた、自分で何言ってるのか分かっているのですか? この期に及んで、とんだ強がりを........!!」
「へぇ......なんだ、お前本気で気づいてないのか」
「気づいてないですって........?」
「ああ」と、俺は見せつけるように、口角を上げる。
「お前の種なんて、もうとっくに割れてるんだよ。だから今までのは全部、その確信を得るための茶番にすぎない。お前はまんまと、俺たちの手のひらの上で踊らされていたんだよ」
俺のその言葉に、奴だけでなく、鏡美も唖然とするのが分かった。
しかし、そんな反応など意にも介さずに、俺は不遜な態度を崩さない。
「......ハッタリを........今さらそんなものが、この私に通用するとでも?」
「ハッタリなんかじゃないさ。だって、お前のタナトスの能力は———」
「ッ!! タナトスッッ!!!!」
『............』
瞬間、フブキ向かって死神が大鎌を振るい、先程同様紫色の衝撃波が飛来する。
......やがて、不意を突かれたフブキに衝撃波が着弾し、彼女はその場で膝を折る。
「......? 今、何かした?」
———なんてことはなく。
何事もなかったかのように、フブキは可愛らしく小首を傾げていた。
「バカな......一体、何を........!?」
「言ったろ? ハッタリなんかじゃないってさ」
「ッ......!」
先程と違い、マインドが明らかに焦った様子を見せる。
これで、少しは理解してくれただろう。
なぜなら、今フブキがやって見せたのは、あることをやって、奴の能力を強制的に解除するということなのだから。
「まず一つ———マインド、お前のその力は完全無欠じゃない。その代償として、戦闘力のほとんどを犠牲にしている」
「「!?」」
一つ目の種明かしは、奴が周囲に刷り込ませていた誤解。
彼女たちの意識に張り巡らされた、茨の正体。
......やがて、それに食ってかかってきたのは、奴ではなくその被害者である鏡美だった。
「嘘だ......だってアイツは、私よりも全然強くて......」
「本当にそうか? なら思い出してほしいんだが鏡美、お前一度でもアイツと戦ったことがあるか?」
「!」
———ずっと、考えていた。
使えないだの無能だのそんなことを言う相手を、なぜ奴はずっと傀儡なんかにしていたのか。
強い、強いと自分のことを豪語するのに、なぜ傀儡なんて必要だったのかと。
だって、おかしいだろ?
そんなに自信があるならば、自分の手で俺を排除すればいい。
わざわざ自分より弱いやつらにやらせないで、ハスティルみたいに殴り込んでくればいいだけだったんだ。
......なのに、奴はそうしなかった。
あろうことか、今この時まで姿すら現そうとせずに、戦いを全て鏡美や他のやつらに任せていた。
一度も戦いの場に出ようとせずに、あたかも自分は強者だという面をしていたのだ。
「そうだ........私、なんで........ずっと......この人に、勝てないって........」
そんな言葉が漏れ、彼女の手足から震えが消えていく。
ようやく、これで彼女は解放されたのだ。
———そう。
これこそが、戦闘力を犠牲にした、〈絶心〉タナトスの能力。
サウンド•フォックスのジャミング•リザウンドと非常に酷似していて、決定的に違う能力だ。
「お前のタナトス能力。それは、強烈な精神干渉系の能力———より正確に言えば、心を狩り取る力だ」
鏡美がやって来る前の“召繋師狩り”事件。
それは他ならぬ、奴自身が起こしていたものだ。
そして、その手口はほぼほぼ鏡美と同じ。目撃者を傀儡として、ターゲットを襲わせるという悪辣なやり方だ。
しかし、似たような二つの事件にも、実は大きな違いがある。
鏡美と奴の大きな違いは、傀儡となった人間のその後だ。
鏡美の場合には、脳波が異常きたして意識不明となる物理的な外傷があるが、奴の被害者にはそれがない。
意識を失うまでは同じでも、その後はせいぜい記憶が混濁する程度でしかない。
これに関しては調べもついているし、実際に診断した五月雨先生にも確認を取ってある。
「実害はなく、けれども相手のことを操り人形にできる。鏡美のように脳波に何かしてるわけじゃないのなら、考えられるのはそれしかない。
そして、能力の方はともかく、お前の戦闘力はめちゃくちゃ低い。それも、俺どころか鏡美にすら勝てないほどに。
......だからお前は、俺を排除する傀儡とするために、鏡美にあの力を使った。自分の能力で傀儡にした暴漢に襲わせ、その隙を突くことでな。
戦闘中、やけに降参を勧めてきていたのもそれが理由だ」
「そ、それは......哀れなあなたたちに、私からの慈悲を与えてさしあげようと———」
「じゃあ、今すぐかかってこいよ? 俺たちは、逃げも隠れもしないぜ?」
「............」
......静寂。
どれだけ待とうとも、死神はぴくりとも動こうとはしなかった。
(やっぱり、な......)
奴の能力の正体は、強力な精神干渉系の力。しかも、見ている限り、時間制限もないという破格のものだ。
———ただし、この世界に完璧なものが存在しないように、奴の力にもいくつかの制約がある。
これだけ強力な力でも、奴には二つもの弱点が存在しているのだ。
その内の一つが、戦闘能力が皆無ということ。
さっきの戦いを見ても分かるように、奴はほぼほぼ戦闘ができない。それも、図体だけの見かけ倒しで、本当は人間の俺にすら勝てるか怪しい腕力なのだ。
そのせいか、戦いが始まってからずっと、奴はフブキに近づこうとすらせずに、あの紫色の衝撃破を撃ってくるだけだった。
当たり前だ。だって、近接戦闘にでもなれば、一瞬で勝負は決まってしまう。というか、戦闘になった時点で、ほぼほぼ勝ち目なんてないんだ。
だからこそ、奴には鏡美のような代わりに戦ってくれる駒が必要だった。
戦いを避け、かつ自らに目が向かないような立ち回りが必要不可欠だったのだ。
今回、奴が戦いに応じたのも、そうせざるを得ない状況に俺が持ち込んだからにすぎない。
———しかし、そんな弱点があったとしても、力が強力であることには変わりない。こんな駆け引きなどせずとも、俺自身にさっさと力を使っちまえば、決着なんてつくはずだ。
そこで鍵となってくるのが、もう一つの弱点である、自覚による強制解除というものだ。
奴の性格もあるだろうが、俺にはずっと、その言動が引っかかっていた。
やけに鏡美を否定し、罵り、絶望させるような投げかけ。俺と会話してても、すぐに彼女へターゲットを切り替える不自然さ。
俺にはどうしても、奴が鏡美を怖がらせようとしてるようにしか見えなかった。
......だが、だからこそ気づいた。
マインドは、鏡美に能力を自覚させないように、あえて強い言葉を使っているんじゃないのかと。
......おそらく、奴が鏡美から狩り取った心は勇気。
恐怖に立ち向かっていく勇気を、奴は彼女から奪い取った。
その状態で恐怖心を与えることによって支配し、彼女を無理やり従わせていたのだ。
戦闘ですぐ俺に力を使わなかったのも、好んで使わなかったわけじゃない。俺の心が折れるまで使えなかったのだ。
真っ正面から力を使ったとしても、技を受けたという自覚や心の持ち方次第で解除されてしまう。
だから奴は、先に鏡美やフブキに勝ち目がないことを見せつけることで、俺の心をへし折ろうとしていたのだ。
「フブキ」
「ん」
と、多くを語らず、フブキは2つ返事でタナトスの方へと歩き出す。
自分が何をするべきか、彼女も分かっているから。
「や、やる気ですか......! 能力がバレていようと、いくらでもやりようは......!!」
「............」
ずんずんと、フブキは歩みを止めない。
「........あぁ、分かった!! あなたたちは地位が欲しいのでしょう!? ならば、取り引きといきましょう!! ここで私を見逃すならば、私が上に話を通しましょう!!! だから———」
ペラペラと、わけの分からない的外れなことを言ってくるも、全て無視。
一歩、また一歩とフブキがタナトスとの距離を縮める。
「待て———待って!! 分かった!! 分かったから、まだ話し合える!! 今なら話し合いを———」
「お前はそう言って、鏡美の叫びを一度でも聞こうとしたのか」
———いや、していない。
よって、そんな言葉など聞く価値なし。
その場で微動だにしないタナトスに、フブキが思いっきり拳を叩き込む。
「ひっ......ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?????」
フブキの一撃を受け、あっという間に死神が消えていく。
戦闘ができないという特性上、たった一撃でも、フブキのそれは致命傷となる。
———しかも、残酷なことに、それでもサーバントが倒されたことには変わりない。
すぐさまその反動は激痛へと変わり、使役者であるマインドへと襲いかかる。
「いーじー......なんてもんじゃない」
と、仄かな灰色の髪を揺らし、退屈そうにフブキが吐き捨てる。
表情自体はいつもと変わらないが、おそらく、彼女も奴の行いには相当頭に来ているのだろう。
その怒りをぶつける相手として、タナトスではフブキにとって物足りない。
そりゃ、悪態の一つや二つはつきたくなってしまうだろう。
———さて。
「お前の負けだ。そろそろ覚悟決めてもらうぜ?」
「............」
肩で息をしながら、その場に膝をつくマインド。
さっきまであんな情けない悲鳴を上げていたわけだし、正直すぐ倒れるとばかり思っていたが、現実は違った。
腐っても【執行者】幹部とでも言うべきか、ずっと視線だけはこちらへと向けてくる。
「........クフフ......フフッ........あひゃひゃひゃ
ひゃひゃ........!!」
———突然、その場で膝をついたまま、マインドが狂ったように笑い出す。
不気味としか言えないその奇行に、俺は内心眉をひそめる。
「......どうしたんだ、突然? とうとう頭がイカれたか?」
「いえ......あなた方が、ご自身で何をしたのか理解していないようでしたので、つい......」
顔中に脂汗をかきながら、マインドは気味の悪い笑みを浮かべる。
「私は【執行者のマインド......この学園の意思にして正義........つまりは、絶対的な支配者です。
......そんな存在に反旗を翻すなど言語道断!!! これは、学園への反逆行為だッッ!!!!」
両手を広げ、血走った目でマインドが嗤う。
「この件は、私が告発します!! そうなれば、あなた方の愚行は明るみとなり、必ずや然るべき裁きを受けることになるでしょう!!
アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!! 残念でしたねぇ!? これであなたたちは終わりです!!!!」
......やはり、そう来たか。
単なる捨て台詞......と言うには、いかんせん無視できない内容だ。
こんなふざけた奴ではあるが、学園で立場があるのも事実。俺たちの弁解なんぞよりも、影響力が高いのもまた道理なのだ。
奴の一言によって俺たちは悪者になり、鏡美は“召繋師狩り”の黒幕として裁きを受ける。
そんな、俺たちにとって最悪なシナリオを、コイツには実現できる力がある。
所詮コイツを倒したところで、強行手段に出られれば、負けるのはこっちなんだ。
———と、だからこそ、その対策もしやすいんだけどな。
「———これ、なーんだ?」
「あ?」
そんな軽い調子とともに、俺は秘策とも呼べるブツを取り出す。
この状況をひっくり返すことのできる、俺たちの最終兵器を。
「なんですか、それは? 見たところ、マイクのように見えますが........?」
「ああ」
そう。
俺が懐から取り出したのは、一本のマイク。
最終兵器とは名ばかりの、なんの変哲もない普通のマイクだ。
「お察の通り、これは拡声機能付きのマイク。放送部の知り合いから預かったものだ」
ここで言う放送部の知り合いというのは、件の金髪女子生徒である愛澤 恋歌だ。
鏡美がここを訪れる前に、前もってコンタクトを取っておいたのだ。
「これって本当に便利でよ〜 ワイヤレスで、そのままスピーカーに繋げられちまうんだ。セッティングさえすれば、すぐに音声だって収録できる」
「......さっきから、何の話をしているのですか?」
わけが分からない、といった様子で眉をひそめるマインド。
確かに、ここまでならただのマイクの宣伝だ。そんなことを今ここでやる必要性はないし、一見頭がおかしくなったとしか思えないだろう。
......ま、ここまでなら、の話だけど。
「......ただ、残念なことに、コイツは不良品らしくてな? いくら切っても、電源が入りっぱなしになっちまうんだとよ」
「!」
聞き逃せないその一言に、マインドの表情が変わったのが分かった。
電源が入りっぱなし......つまりは今現在も、マイクが音を拾い続けてるということ。
それを横目で見て取った俺は、微かに口角を上げる。
「おまけに、無駄に機能だけは良くてさ? めっちゃ小さい音も拾うから、どんなに聞かれたくない話でも、スピーカーからダダ漏れになっちまんだよなぁ」
「あなた......まさか........!!」
———ああ、そうだ。
ここまで言えば、奴も何を言いたいか分かるだろう。
俺が今このために用意した、詰みの一手を。
「———あ、いけね。あろうことか、胸ポケットに入れっぱなしだったせいで、さっきのやり取り全部放送されちゃってたわ........マジ、メンゴ♡」
と、いつかの不知火がやっていたように、下手くそなウィンクとともに舌を出す。
———そう。
今さら解説するまでもないだろうが、ここまでが俺の作戦だ。
良くも悪くも“召繋師狩り”の噂が広まってしまっているこの状況で、ただコイツを倒すだけでは足りない。鏡美が利用されていたことを示さない限り、この事件は解決しないのだ。
かと言って、黒幕であるこの男がそれを認めるはずもないし、闇雲に挑んだところで、【執行者】権限で、鏡美に罪を着せられて終わりだ。
......そこで考えたのが、奴に自白をさせた上で、それを放送してしまうという作戦だ。
鏡美が接触することで油断を誘い、俺が神経を逆撫ですることで自白を引き出す。
後はそれをどう周りに届けるかだが、ウィングさんの調べで愛澤 恋歌が放送部なのは知っていたし、彼女と上手く交渉さえできれば、機材に関してもクリアできる。
仮にダメだったとしても、奴の発言さえ記録できてしまえばいい。規模は小さくなるかもしれないが、録音した音声を、学園側に提出しちまえばいいだけだ。
......ま、まさかこんな都合のいい欠陥品があって、しかも『面白そうだから、いいよ〜』の二つ返事で貸してもらえるとは、さすがの俺も予想できなかったけど。
彼女のことだ。鏡美を利用された怒りというのもあったとは思うが、今ごろきっと、俺は爆笑の種にでもされているのだろう。
まぁ、おかげ様で、全ては上手くいったんだけどな。
「最初から........これが狙いで......始めから、私を嵌めるつもりで........!!」
「ひでぇこと言うなぁ......たまたま修理を頼まれてて、それを忘れてただけだって。な?」
と言うのも、もちろん嘘だ。
仮に頼まれたとしたって直すことなどできやしないし、そんな危険なブツを持ち歩くはずがない。
その証拠に、普段この不良品マイクは、放送室の奥底へと封印してあるらしい。
愛澤 恋歌の話によると、そうした上で、そもそも電池すら入れないようにしてあるとのことだ。
下手をすれば、その場のやり取りが全部放送されちまうからな。
「放課後ではあるが、人がいないというわけじゃない。お前のしてきた悪行は、今この学園にいるやつらに全部筒抜けだ」
そしてその中には、イリーナ先生を含めた、まだ仕事途中の教員が大勢いる。
無論、学園長だって例外ではない。
普段は【執行者】の言いなりのお飾りじいさんらしいが、それでも決定権を有してるお偉いさんだ。
———そんな人物の耳元にも、奴のしてきた悪行は届く。
“召繋師狩り”の、真の黒幕として。
「これで終わりだ、マインド。 .......分かったら、二度と鏡美の前に姿を現すなッ!!!!!!!!」
俺自身の怒り———そして彼女の流した涙を、一つにしてぶつける。
やがて観念したのか、精神の名を持つ少年は、その場に倒れ伏すのであった。




