第6章 “召繋師狩り”
「鏡美。お前はもう、“召繋師狩り”なんてしなくていいんだよ」
俺のそんな言葉とともに、周囲に静寂が広がった。
例えるならば、そこだけ時が止まったかのよう。
俺たちだけがその場で静止しており、遠くに見える生徒たちの影は変わらずに流れていっている。
———やがて、沈黙を破るかのように、対面の彼女が口を開いた。
「........いやだなぁ、宇野君。何言ってるの?」
いつも通り、本当にいつもと変わらない朗らかな笑みで、鏡美は俺の言葉を否定する。
「“召繋師狩り”って、確かあれでしょ......? なんか学園で噂になってるやつ。それと私に、なんの関係があるって言うの......?」
「お前それ、本気で言ってんのか?」
どこまでも白を切ろうとする彼女に、俺は決定的な一言を突き付ける。
「俺がこんなこと言うってことは、ある程度の察しはついているってことだぞ? いくら言葉で誤魔化そうが、外堀は簡単に埋められる。
お前が何枚も上手でもない限り、絶対に逃げることなんてできない」
「............」
刃物のように鋭い俺の言葉に、鏡美は何も言えずに押し黙った。
やがて、その表情に陰りのようなものを見せ、どこか諦らめたように呟く。
「........なんで......そう思ったの? 私、ヘマした覚えなんかないんだけど......」
———そう紡がれた彼女の言葉は、普段の面影を残したままに、ゾッとするほど冷たかった。
一瞬、俺もそれに飲まれそうになるが、負けじと俺も言い放つ。
「........違和感は2つ。
俺の知り合いに、“召繋師狩り”事件について調べてるやつがいるんだが、そいつのおかげで、奴が決まった時間帯に事件起こしていることが分かった。それが、朝と放課後だ」
俺の言う知り合いというのは、言わずもがなウィングさんのことだ。
彼には俺の護衛と並行して、独自に“召繋師狩り”事件についてを調査してもらっていた。
それによって見えてきたのが、決まった時間帯にしか起きていないという事実だった。
「時間帯が決まっていて、しかもその全てが学園内というおまけ付き。この強固なセキリュティを誇る学園に、外部犯が侵入するとは考えにくいし、そうなると必然的に犯人は学園の教師か生徒ってことになる。仮に、教師が犯人だった場合———とか言う以前に、朝と放課後だけに固定されてるって時点で、学生のルーティン以外の何ものでもない」
いつかウィングさんの言っていた、『人間である以上、相手にも都合がある』という言葉。
まさに、これがビンゴだったのだ。
俺たちが学生である以上、やはり活動の時間は限られる。
休み時間じゃあまりにも短いし、ましてや授業中なんて論外だ。
となると、必然的に、やりやすいのは朝と放課後になる。
それに対して、教師の場合は、授業を行わない空き時間があるため、時間に縛られることもない。
授業中だって出歩けるわけだし、仮にターゲットがいなかったとしたって、5分休憩や休み時間を狙えばいいだけだ。
これは、イリーナ先生から確証を得ている。
「さて。これで犯人はほぼ学園の生徒に絞り込めたわけだが、いかんせん人数が多すぎる。
———そこで鍵となってくるのは、事件の起きるタイミングだ。知ってるか、鏡美? ここ最近、“召繋師狩り”事件は、ピタっと止まったみたいだぞ? それもちょうど、クラス内二対二の期間が始まった辺りにな」
「......そんなの、単なる偶然じゃない?」
「本当にそうか? ならばもう一つ、なんで“召繋師狩り”|は、今朝の襲撃でお前だけを見逃したんだろうな?」
「!」
———そう。
ウィングさんの調査のおかげで、俺は霧の中での襲撃時に、鏡美 雛子がその場にいた証拠を掴んでいた。
それは、サウンド•フォックスのものと思われる、黒い体毛。
否、それだけではない。
他にも事件が起きた場所で、同様の痕跡を複数確認している。
これは、彼女がその場にいたという決定的な証拠。
......だというのに、彼女は一度も被害に遭っていない。
これこそが2つ目の違和感。
“召繋師狩り”の事件が、彼女を中心に回っているという事実だ。
「事件の起きるタイミング、そして朝の人が少ない中で、なぜかお前だけを対象としない不自然さ。お前を中心とした偶然が、こんなに重なるなんてことがあるか?
......ただ、まだこれだけでは、お前の言う通り本当に偶然という可能性もある。
———そこで、最後の決め手になったのがジャミング•リザリング。あれは、脳波に特殊な音波をぶつけて、相手を錯乱させる技だ。今の今までずっと、手口だけが謎のままだったが、あの技を見てすぐにピンと来たよ」
俺を襲ってきた連中と、錯乱している〈メルト•ワイヴァーン〉。
そのふらふらとした抜け殻のような姿は、俺の中ですぐに重なった。
もちろん、あの時のアレは単なる偶然にすぎない。
あくまで、天堂の猛攻を止めるために、音で妨害できないか確認しただけであり、他に他意はない。
———ただ、そのおかげで、奴の魔の手へと辿り着くことができた。
「........さっきの条件に当てはまり、なおかつそれに類する力を持ってる奴は、俺が知る中ではただ1人。鏡美、お前だけなんだよ」
再び、その場が静寂へと包まれる。
......やがて、鏡美は先程の敵意を引っ込め、諦めたような乾いた笑みを浮かべながら、こちらへと体を向けた。
「そっか......私、また失敗しちゃったんだね........。
やっぱすごいなぁ、宇野君は。私じゃ、全然敵わないや......」
すると、表情だけを曇らせ、声のトーンは変えずに彼女は告げる。
「———うん、そうだよ。私があなたを狙っていた、“召繋師狩り”。たくさんの人を傷つけ、ずっとあなたを消そうとしていた敵」
もはや、彼女は何も隠そうとはしない。
しかし、その最悪すぎる告白に、俺は思わず息が詰まりそうになる。
......分かってはいた。
あの違和感を感じた時点で、こうなることは分かっていた。
けど、まだ信じていたい自分がいた。
こんなのただの憶測だと、きっと何かの間違いだと、俺は信じていたかった。
———しかし、目の前に広がる現実は、俺の望みなんか叶えずに、ただ薄暗い笑みを浮かべている。
「......で、どうするの? あなたたちの追ってる“召繋師狩り”が、こんな近くにいたわけだけど........それを知ったあなたは、一体どうするつもりなの?」
「そんなの、決まってんだろ」
胸に渦巻くぐちゃぐちゃの感情を全て押し殺し、俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見据える。
「全力で止めてみせる。これ以上、お前に誰かを傷つけさせたりはしない」
......その顔を見ていれば、彼女が何かに苦しみ、望まずしてこんなことをやっていることくらい分かる。
鏡美 雛子という少女は、好き好んで他者を傷つけたりなどしない。むしろ、自分が誰かを傷つけることを、誰よりも恐れている心優しい少女だ。
でなければ、あの事故をいつまでも気に病んだりはしない。そんなのは、愛澤 恋歌に言われずとも分かる。
だからこそ、彼女の優しさで、彼女自身が傷ついていく姿はもう見たくない———!!
「リンク•アライズ———〈双雪フブキ!!!!」
「リンク•アライズ———〈音狐サウンド•フォックス!!!!」
———そんな2つの叫びとともに、俺と鏡美の想いを掛けた戦いが、今幕を開ける。
「手加減はなしだ......フブキ! 俺の足と〈共心〉だ!!!」
「らじゃー」
前方から目を離さないようにしつつ、そう応えてくれるフブキ。
この〈共心〉という力は、二つの感覚を一度一つのまとまりとし、それぞれ好きなように分配するというもの。
感覚を共有するという特性上、無機物には使えないが、生物ならばどんな相手だろうと使用できる。
俺の脚力と彼女の脚力にそれを使った場合、彼女自身の脚力に俺の脚力が上乗せする、なんてこともできる。
つまりは、俺がほぼ動けなくなる代わりに、今のフブキに2人分の脚力が備わっているということ。
生半可な反射神経では、その姿すら捉えることはできない。
「........けど、近づいてくるのさえ分かっていれば........サウンド•フォックス、サウザンド•ノイズ!!!」
一瞬でサウンド•フォックスの元へと近づくフブキだったが、鏡美がそれを先読みで捉える。
———サウザンド•ノイズ。
相手の耳を潰す異音が、再びその場へと響き渡るが———
「フブキ!! サウンド•フォックスの耳と〈共心〉だ!!」
すでにサウンド•フォックスに肉薄していたフブキの手が、直前にその黒い体毛覆われた背中へと触れる。
やがてその場に光が瞬き、フブキとサウンド•フォックスの体を包む。
「ガウ!? ガウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!?????」
次の瞬間、サウンド•フォックスがその場で体をくねらせながら苦しみ悶える。
そう。
今のサウンド•フォックスは、フブキの聴力と共有———すなわち、フブキの聴力を全て移し、上乗せしている状態だ。
いくら音を操れるといったって、聞こえてくる音までは遮断できない。
自らの異音を、普段の倍の聴力で聞いたんだ。
そのダメージは計り知れないものになる。
「サウンド•フォックス!? ......くっ、ならば........!!」
すると、苦しそうな表情のままに起き上がり、すぐさま戦闘体勢へと
「全て引き裂け!! コンプレス•ロア!!!」
解き放たれる、圧縮された衝撃波の塊。
凄まじい圧の暴威がフブキ向かって飛んでいくも、フブキはそれをなんなく躱す。
........ここ1週間、その技は何度も見てきた。
確かに威力は凄まじいが、決して速度があるわけじゃない。しかもソニック•ブームと違って器用軌道はできず、そのまま真っ直ぐと飛んでいく。
不意打ちやダメ押しの力勝負にすらならなければ、躱すこと自体は難かしくない。
「......はぁ......はぁ........これでも......ダメ......なんて........」
肩で息をしながら、鏡美がそんなことを呟く。
今の状況で一番厄介だったのは、俺の知る限りではあの技だけだ。
ソニック•ブームでは威力が低すぎるし、他の音は聴力のないフブキに効果はない。
だからこそ、俺たちにとって一番脅威となる技が、先程の衝撃波の塊。
それを分かっているからこそ、彼女の中には焦りが生じている。
「諦めろ。本気を出したフブキに、お前が勝てるわけがない。訓練の時とはワケが違うんだ」
「........ッ!」
憎悪とも言えるような、恨みがましい視線を向けてくる鏡美。
一応フォローはしておくが、決して彼女が弱いというわけではない。
実際、訓練の時にはかなり苦戦させられたし、彼女の搦手は無数に存在する。
こちらが物理攻撃しかできないのに対し、彼女には何通りもの戦術があるのだ。
普通に考えれば、距離を稼げる彼女の方が何倍も有利なはず。
だがそれも全て、〈共心〉の力を抜きにしての話だ。
おそらく、彼女は俺を消すために、訓練中ひたすらデータを集めていたのだろうが、訓練中俺たちは一度も〈共心〉の力は使っていない。
もちろん、フェアじゃないからというのもあったが、一番の理由は“召繋師狩り”に見られてる可能性を考慮しての選択だった。
物理攻撃が主なことには変わりないが、〈共心〉の力には無限の可能性がある。
力の原理すら分かっていない彼女に、俺たちの手が読めるはずはない。
「———ならばこっちも........遠慮はしない........! サウンド•フォックス、ジャミング•リザウンド!!!」
瞬間、サウンド•フォックスが口を開け、フブキ向かって何かを放つ。
———ジャミング•リザウンド。
これこそ、天堂の〈メルト•ワイヴァーン〉戦で見せた彼女の奥の手。
螺旋状に広がっていく特殊な音波が、フブキの思考を乱さんと迫る。
だが———
「はっ、今のフブキに聴力はないんだ。今さらそんな技が———」
......と、言いかけて俺は気づく。
あの軌道———フブキを狙っているにしては、あまりにも広がりすぎている。
速度だって速くないし、あれでフブキに当たるはずがない。
———そもそも俺は、あの技についてをよく知らない。
天堂の猛攻を食い止めるために使った、錯乱状態にさせる技。
あくまで、その程度の認識でしかない。
彼女が〈共心〉の力を知らないように、俺だってあの技を知らないんだ。
それに、今までの“召繋師狩り”の手口を考えれば、アイツは.........
そうか。
彼女の狙いは、始めから俺だ!
(ッ......! なんだ、これ........意識が......朦朧として........)
彼女の技をもろに食らったその瞬間、強烈なめまいが俺を襲った。
ぐるぐる回転としていく視界の中、全身に力が入らなくなっていき、俺はその場に倒れ伏す。
「どう? これが、ジャミング•リザウンドの真の力。脳波に直接音波をぶつけて神経を乱す......あの時はれんちゃんの歌があったし、加減もしたからあれくらいで済んだみたいだけど......本当は、相手の思考だってコントロールできるんだから」
「............」
その言葉通り、段々と頭の中がふわふわしていき、言いようのない脱力感が思考の邪魔をする。
まるで、頭の中に 直接手を突っ込まれたかのように、不快な感覚が頭の中を支配していった。
そもそも脳という器官は様々な神経と繋がっており、主に大脳と呼ばれる部分がそこに指令を出す。
何かを食べたいとか、次はこれをしなきゃとか、そんな半分無意識下の行動でさえ、脳の指令によるものだ。
しかし、この技は、そんな生き物の根本に音で干渉することで、自在にコントロールできてしまう。
まさに禁忌の力としか言いようのない、音を操ることの真骨頂だ。
(ダメだ........もう、力が.........)
視界が霞んでいき、周囲の音が遠くなっていく。
......まさか、彼女にこんな力があったなんて。
似たような力があるとは思っていたが、実際は俺の想像を遥かに上回っている。
なるほど。確かにこの力なら、あれだけの犯行をやってのけるだろう。
ほんと、いつかの〈ハイ•ワイヴァーン〉の時と全く同じ状況だ。
相手の強大な力によって倒れ、無力感を味わいながら、意識が闇の底へと沈んでいく。
また俺は......目の前の理不尽から彼女を......救......え———
「ッ!!」
———ない、なんて言ってたまるか。
そう思った瞬間、俺の足は自然と一歩を踏み出していた。
ふらふらと、よろよろと、まさに満身創痍といった有様で、俺は少しずつ体を起こす。
「嘘........私のジャミング•リザウンドを喰らって、まだ立ち上がるの......!?」
余裕のない、驚いたような表情を浮かべる鏡美。
......ほんと、自分でもなんで立ってられるのか分からねぇ。
油断してると、一瞬で意識持っていかれそうだ。
けど———
「仲間のために体張れないで........何が、チームだよッッ!!」
そんな咆哮とともに、俺は自らの足で立ち上がる。
なんの理屈も、トリックもない。
自分でも信じられないが、今の俺は、本当に気力だけで起き上がっている。
「信じられない......まさか本当に、気力だけで........!?」
まるで、幽霊でも見たかのような反応をする鏡美。
俺にとっては失礼極まりないリアクションだが、彼女からすれば仕方のないことなのだろう。
なぜなら、自分にとっての最強の技を、なんの策もなしに破られたというのだから。
「........なるほどな......こうやってお前は、色んな人を傀儡にしてきたのか。........で、誰なんだよ?」
「........っ!」
彼女のその引きつった表情を見る限り、俺の顔は、おそらく相当すごい剣幕になっているのだろう。
それでも俺は、ふらふらと一歩、また一歩と踏み出す。
「お前にこんなことをやらせてんのは........どこのどいつだ?」
———ずっと......考えていた。
なぜ彼女は、こんな残酷なことを繰り返していたのか?
あの性格で、ましてや編入生である彼女に、こんなことをする理由があるのか?と。
ここ1週間、俺は彼女と時間を共にしてきたが、やっぱり、あんな残酷なことを自ら進んでやるとは思えない。
考えられるのは、彼女の裏で手を引いている黒幕の存在。
元々“召繋師狩り”という別の存在がいて、そいつに鏡美が利用されているという最悪なシナリオ。
それならば、全ての辻褄は合うし、途中で手口が変わった説明もつく。
......そんな、彼女に泣きそうな顔をさせてまで、ほくそ笑んでるような野郎に、冷静でいられるほど俺は大人じゃない。
「違う........これは、自分の意思でやっていること........」
「嘘だ。今さら、んなもん通用するわけ———」
「違う!!」
鋭く向けられた言葉に、俺は踏み出していた足を思わず止める。
「これは私の弱さの贖いであって、アイツに言われたからじゃない!! 私はあの子を傷つけたこの力で、罪を償わなきゃいけないの!!!!」
およそ、彼女の声とは思えない大きな声が、その場に響いた。
それと同時に、一筋の涙が、彼女の頬を伝うのが分かった。
(それが、お前の本心なのか。鏡美)
その時の事故を———愛澤 恋歌にケガを負わせてしまった時のことを、彼女はずっと......
けどな、鏡美。違うんだよ。
お前はもう、そんなことをする必要はないんだよ。
「......ありがとな、話してくれて」
不思議と、先程までの怒りが鳴りを潜める。
彼女の言葉で少し頭が冷えた。
おかげで———俺がやらなきゃいけないことが、今見えた。
「なら、なおさら引くわけにはいかないな。お前の心を利用しているそのくそ野郎は、俺が必ずぶん殴る」
「っ!」
彼女が傷つけたと思い込んでる相手は、とうの昔に彼女のことを許している。
ならば、彼女に罪を強いているのはそいつなだけであって、他には誰もいない。
......なんだ、複雑そうに見えて、実はこんな簡単なことだったんじゃないか。
「ダメだよ......そんなことしたら絶対ダメ!!!」
「なんでだよ? 今の話聞いたら、誰だってそうなるだろ」
「ならないよ!! そしたら、私の罪は、どうなるの!?」
「そんなの、全部終わってから考えればいいだろ。俺だけじゃなくて、愛澤も一緒にさ?」
「なんでそこでれんちゃんが出てくるの!!
「人数は多いに越したことはない。アイツなら、俺よりもいい方法を見つけてくれそうだし」
「〜〜〜〜〜〜宇野君の分からずや!!」
いい方法も何も本人なわけだし、アイツなら上手く伝えてくれると思ったのだが、どうやらそれでは納得がいかないらしい。
体をわなわなとさせ、敵意に満ちた目でこちらを睨みつける。
「なんのために私が1人でやってると思ってるの!! それじゃ、私の罪滅ぼしにならないでしょ!!」
「罪滅ぼしを1人でやらなきゃいけないなんて、一体誰が決めたんだ?」
「っ......!! 仮にそうだったとしても、私がしてきたことは消えない!! 召繋師狩り”だって、やってた事実は変わらないんだよ!?」
「ああ。だから、くそ野郎をぶん殴った後で、被害者全員に謝る。ちなみに、もし相手が殴りたいって言ってきた場合は、俺が代わりに殴られてやるから安心しろ」
「だから、なんでそうなるの!?」
もはや、我慢の限界と言わんばかりに、鏡美が怒りの声を上げる。
「〜〜〜〜本当っ、宇野君ってぶきっちょ!! どうしてこう、短絡的な発想しかできないの!! この考えなし!!!」
「なんだとぉ......! お前だって、なんでもかんでも1人で抱え込んで、どうにかしようとしてるじゃねぇか!! このぶきっちょ女!!」
「それを言ったら、宇野君だって! フブキちゃんの新しい服を、女装してまで買いに行こうとしてたじゃない!! 言ってくれたら、私のお古あげたのに!!」
「今それ関係ねぇだろ!! つか、誰から聞いたんだよそれ!! 後で詳しく聞かせろ!!!」
もはや、何の言い合いか分からないような方向へと話が転がる俺たち。
主2人のくだらない言い争いに、フブキも、そしてサウンド•フォックスも、お互いに目を見合わせてるのが視界に入る。
「それに今さら......アイツが許してくれるわけがない......ここで私が逃げたら、アイツは絶対、れんちゃんや他の皆を........」
「だったら俺を頼れよ!!!」
「っ!!」
俺のそんな声に、鏡美はようやく顔を上げる。
「お前の情けないところも、ぶきっちょなところも、初めて会った時から知っている。今さら頼ってきたところで、悪いなんて思わない。
俺ならばお前の力になれる。......だから、もっと信じてくれよ」
〈ハイ•ワイヴァーン〉の時だってそう。
勇気があるから一歩を踏み出せるけど、不器用故に、空回ったり、1人で抱え込もうとする。
その優しさがあるからこそ、周りを巻き込まんとしてしまう。
......けどそれって、結局は自分の自己満足でしかないんだ。
そいつが気づいてないだけで、周りには、そいつのことを想ってくれるやつがいる。
そいつの力になれないことを、悔やんでくれる仲間がいる。
鏡美の場合は、俺や愛澤 恋歌。サウンド•フォックスやフブキだって、きっと彼女のことを想っている。
大事に想うからこそ傷つけたくないっていう気持ちも分かる。
けどそれは、相手だって同じこと。
それで抱え込んじゃって苦しんでる姿を見せられちゃ、見てるこっちだって辛いんだよ。
「......でも、無理だよ......勝てるわけない........いくら宇野君でも、アイツに勝てっこなんてない......」
「本当にそう思うか?」
「え?」
驚いたように顔を上げる鏡美に、ニヤリと、俺は不敵に口角を上げて見せる。
「俺はお前の力を——— “召繋師狩り”の魔の手を、自分で跳ね返した男なんだぜ? 今さらコソコソ隠れてるような卑怯者が出てきたところで、相手にすらならねぇよ」
———その瞬間、対面の彼女は大きく目を見開いた。
言うならば、思いっきりハンマーで殴られたかのような衝撃、彼女らしく表現するならば、鳩が豆鉄砲を食らったかのような様子で、鏡美はそのまま動きを止めた。
......やがて、観念したかのように、鏡美はその場にペタンと座り込む。
「本当に......いいのかな......? 私なんかが、また迷惑かけて........」
「だから、そう言ってんだろ?」
座り込む鏡美に、俺は自分の右手を差し出す。
「安心しろ。お前の想いも、罪も、全部俺が受け止める。だって俺たちは、最高の仲間なんだから」
「う......うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
誰よりも優しき狩人は、内に積もりし涙を流したのであった。