第5章 約束 ♢2
あの激動の朝が過ぎ、あっという間に午後の実戦形式授業。
立ち込めていた霧も晴れ、天候は良好。
———あれからは敵の襲撃もなく、俺たちはついに、クラス内二対二本番を迎える。
「いよいよ、だな......」
「........うん」
少し、緊張をはらんだような声で、そう返してくれる鏡美。
......と言っても、先に試合を行うのはサーバントなしのグループであるため、俺たちの出番はまだ先だ。
だから、今は体力温存の意味でも、近くにある木陰へと場所を移していた。
「なぁ、鏡美。ちょっといいか?」
「あ、うん......どうしたの?」
草むらで遊んでいるフブキとサウンド•フォックスから少し離れ、俺は彼女を少し奥の方へと呼び出す。
本当は彼女の不安を紛らわすためにも、今行われている試合を見るべきなのだろうが、今はそれよりも優先すべきことがある。
「お前に、ちょっと渡したいものがあってな」
「?」
可愛らしく小首を傾る鏡美に、俺は例のペアチケットを差し出す。
「嘘......これって........」
「映画のペアチケットだ。優勝祝いに、2人でどうかなって......」
「!?」
チケットを目にし、心底驚いたように目を丸くする鏡美。
その分かりやすくも可愛らしい反応に、俺はやや早口になりながらも言葉を続ける。
「......って言っても、用意したの俺じゃないし......まだ優勝できるって決まったわけでも......あー、ほんと、何言ってんだろうな、俺! 今のは忘れて———」
———その時、トンと、背中越しに温かい何かが、優しく触れるのを感じた。
「すごく......嬉しい......」
控えめに、されども心の底から漏れたような言葉が耳に入る。
ゆっくりで、どこか甘酸っぱくなっていく空気感。
そのあまりにも未知数な感覚に、次第に自分の心臓が言うことを聞かなくなる。
「鏡美、お前......」
「ダメ」
———返ってきたのは、そんな柔らかな拒絶の声。
「今は......ダメ......恥ずかしい、から........」
それっきり、彼女の言葉は途切れた。
......今、俺の後ろでは何が起こっているのか。
果たして彼女は、どんな表情をしているのか。
知りたいような......知ってしまえば、二度と戻れなくなってしまうような。
そんな、緊張とはまた違う高揚感が全身を包み込み、不思議と俺はその場から全く動けなくなる。
「............」
———やがてしばらくそうしていると、背中越しに触れていた温もりがそっと離れた。
同時に、先程の妙な感覚からも解放され、俺も彼女の方へと体を向ける。
「.......そのためにも......まずは勝たなきゃ、だね」
「......ああ。反省会にしないためにも、全力で勝ちにいくぞ」
そう応える彼女の瞳には、一切の迷いも感じさせなかった。
「サウンド•フォックス! コンプレス•ロア!!」
「ガウ!!」
———クラス内二対二、サーバント持ちグループ一回戦第一試合にて。
鏡美の号令により放たれた圧縮された衝撃波の塊が、対峙するサーバントの隊列を崩す。
完全に虚を突かれたのか、ぎこちなく後方へと下がり、新たに立て直そうとするも———
「わっ! ......ごめん」
「いや、こっちこそ———」
「どこを見ているの?」
そんなやり取りが聞こえた折にはもう、駆け出していたフブキが、相手サーバントの背後へと回っていた。
そのまま、円を描くように回し蹴りをし、2体を同時にノックアウトする。
「———そこまで!! 勝者、宇野 奏•鏡美 雛子ペア!!!」
イリーナ先生が判定を下し、周囲の観衆から大きな声が上がる。
全ては作戦通り。
俺たちの完全勝利だ。
「やったぁ........!」
「ああ。俺たちの勝ちだ」
先程の木陰へと場所を移し、2人でハイタッチを交わす。
......正直なことを言うと、かなり物足りないくらいにあっさりとした勝利だった。
個々の実力もそうだが、連携の精度に天と地ほどの差がある。
サーバント同士の相性も悪いし、主人たる召繋師の判断も遅い。
咄嗟の場面でも遠慮が多かったし、あれでは以前の俺たちかそれ以下だ。
「お? 2人とも、やってんね〜」
そんな緊張感のない、間延びしたような声が聞こえ、俺と鏡美は顔をそちらへと向けた。
見やると、そこには予想通り、件の金髪ギャルの姿があった。
「よう、愛澤。調子はどうだ?」
「そりゃもう、ばっちぐーよ。今のうちなら、アンタたちにだって負けないよ」
「気が早ぇよ。その前に、まずは一回戦、だろ?」
「ん? 何言ってんの、かなっち?」
俺のそんな問いかけに対し、愛澤 恋歌はこてんと首を傾げる。
「うちらの試合なら、もうとっくに終わってるよ? あっという間に瞬殺しちゃって、試合した気にすらならなかったよ〜」
あっけらかんとした様子で、とんでもないことを言い出す愛澤 恋歌に、俺と鏡美は絶句した。
愛澤 恋歌のペアが戦うのは第二試合、つまりは俺たちの次だ。
ここまで移動するのに5分くらい時間を有したと考えれば、試合自体は1、2分くらいで終わったことになる。
俺たちだって15分くらいかかったというのに、もはやそんな非ではない。
明らかに、立っている次元が違う。
見習いとは言え、同じサーバント持ちの召繋師を瞬殺とは......
コイツ、一体どんな手を使ったんだ———?
「———時間になりましたわ。出場者の皆様は、定位置に着いてください」
と、驚愕する俺たちをよそに、イリーナ先生から集合の合図がかかる。
愛澤 恋歌は視線だけをそちらへとやると、いつものように気怠そうな様子で続けた。
「なんだ、もうそんな時間か........ま、そーゆーわけだから、お互い頑張ろうぜ。
ひなぴも、悪いけど容赦なんてしないから」
「あ........うん......私も、負けない........」
「ん........じゃ、先行ってっからな〜」
と、一瞬だけぎこちない様子を見せながらも、最後にはいつもの調子でその場を去る。
あっという間にその背中は見えなくなっていき、半ば呆然とする俺たちだけが取り残される。
「鏡美......」
「うん......大丈夫......」
俺の言いたいことを察するかのように、短く答える鏡美。
......正直なことを言うと、なんとなく、こうなることは分かっていた。
アイツは必ず決勝に上がってくる。そんな確信は、俺や鏡美の中にだってきっとあった。
ただ、実際にそれを目の前にしてみると、しかもそれ以上のことをされてしまうと、やはり思うところがある。
本当に勝てるのか? 自分たちでアイツらに対抗できるのか?
いくら努力をしてきたからと言ったって、不安を感じないなんてことはない。
———それに、愛澤 恋歌もそうだが、そのチームメイトというのも気になる。
アイツが認め、それもこんな功績を叩き出してしまえるような人物、十中八九タダ者ではない。
一体どこの誰なのか、はたまた何者なのか。
愛澤 恋歌の言った、やりにくいとはどういう意味なのか。俺の中の不安や好奇心が、際限なく膨れ上がっていく。
って———
「なんでお前がここにいるんだよ!?」
「ん?」
決勝戦試合開始前にて。
しれっと愛澤 恋歌の隣に立つその人物に、俺は思わず叫びを上げた。
......しかし、そんな俺の叫びにも全く動じず、そいつはいつも通りの能天気な調子で口を開く。
「なんでってそりゃ、決まってんだろ? 俺がお前らの対戦相手だからだよ、奏きゅん?」
と、自慢の外はねの髪を弾きながら、カッコつかないカッコつけをかます対戦相手———もとい、天堂 輪。
ずっと謎に包まれていた愛澤 恋歌のチームメイトは、まさかの三度の飯よりナンパ好きの、俺の親友だった。
「俺はな、奏......お前に今、めちゃくちゃジェラシってるんだぜ?」
「は? お前、何言って———」
「とぼけんじゃねぇ!」
すると、なぜか天堂は熱い(?)涙を流しながら、ビシッと俺の方を指差す。
「知ってんだぞ! お前ら訓練と称して、毎日毎日イチャコラと! 放課後だって、ず〜っと遅くまで一緒にいやがって!!」
「いやだから、それはあくまで訓練の一貫であって———」
「それだけじゃねぇ! この前なんか、誰もいない2人っきりの密室で、長い時間お楽しみみたいだったじゃねぇか!!」
「言い方ぁ! それっぽく言ってるけど、2人でカラオケ行ってただけだからな!!!」
大事な試合前だというのに、一体何を言っているんだ、コイツは。
ここに立ってる以上、もっと誇りとか想いとか、そんな熱い何かはないのか!
分かってはいたことだが、無茶苦茶にもほどがある。
「......大体、それを言ったらお前、この前彼女できたとか喜んでたじゃねぇか!! あの話はどうなったんだよ!?」
「それは......! その......なんていうか........一時の気の迷いだったというか......その........な......?」
......あぁー、なるほど。
破局しちまったんだな?
それか、罰ゲームかなんかだったとかな。
———この天堂 輪という少年、顔は良い方と囁かれてはいるのだが、いかんせん下心丸出しで異性と接するため、まともにモテたためしがない。
大体はこっぴどく振られ、仮にOKを出されたとしても、そのほとんどは遊びか罰ゲームという始末。
噂では、一回だけまともに付き合ったこともあるらしいが、それを本人に聞くと「やめろ! 思い出したくない!!」と、ひどく怯えた様子で拒否される。
要するに、何が言いたいかというと、とことん恋愛の女神に嫌われている可哀想なやつということだ。
「〜〜〜〜〜〜とにかく!! お前みたいに、可愛い女の子と好き放題イチャコラしてるようなやつを、絶対許すわけにはいかない! この俺の誇りにかけてでも、必ずぶっ倒してやる!」
「......それは、ちょっち聞き捨てならないな〜」
そう声を上げたのは、ずっと沈黙を貫いていた愛澤 恋歌だった。
......その、天堂を見据える鋭い視線。
おそらく、自分のチームメイトの動機があまりにも不純だから、一言物申したいということなのだろう。
そうだ、言ってやれ愛澤!
大事な試合前に、わけ分かんないことばっか言ってんじゃねぇって!
「うちみたいな、可愛い美少女が近くにいてその言い草とか、さすがにどうかと思うな〜? それとも何? うちみたいなのは、可愛くないとでも言いたいわけ?」
「そ、それは........」
やけに圧を発しながらそんなことを言う愛澤 恋歌に、途端にたじたじになる天堂。
いや......ツッコむとこ、そこ?
もっと他にないのか?
そんなことのためにチーム組んだのか?とか、そんなんで本当に勝てると思っているのか?とかさ。
まぁ、言わんとしてることは、分からなくもないんだけど......
「........そんなことない!! れんたんだって十分可愛いよ! 美人だし髪とか綺麗だし! 後......けっこうおっぱい大きいし!!」
「きんも。二度と喋べんな、くそ野郎」
まるでゴミを見るかのような氷の視線に、見事撃沈される天堂。
......いやまぁでも、今のは明らかに天堂が悪い。
『十分可愛い』って発言だけでも失礼だし、最後のなんて女性に対しては論外だ。
こういうのがモテない要因だし、それを悪気なくやってるのが、またタチが悪い。
「.......こほん。お話中申し訳ないのですが、そろそろ始めてもいいですかしら? 時間も限られていますので」
と、笑顔のまま頬をひくつかせるイリーナ先生に、「すいません......」と、俺たち3人は素直に頭を下げた(鏡美は1人であわあわしていた)。
......色々とツッコミどころは満載ではあるが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
それに、天堂がここにいるということは、コイツにも自分のサーバントができたということに他ならない。
それは親友として嬉しい限りだし、同じ見習い召繋師としても誇らしい。
コイツの努力は誰よりも近くで見てきたし、そんな相手と今一番に試合ができるなど、光栄な限りではないか。
———さぁ、ぐだぐだ考えるのはやめて、そろそろおっ始るとしようじゃねぇか!
「「「「リンク•アライズ———!!!!」」」」
4人の声が重なり、先程の和やかな空気が一転する。
俺の光はフブキへと、鏡美の光はサウンド•フォックスへと伸び、そして繋がる。
瞬間、世界のしがらみから解放され、彼らの本来の力が呼び覚まされる。
「———〈歌姫〉トロイ•マーメイド」
「———来い、〈メルト•ワイヴァーン〉!!!!」
愛澤 恋歌の元には、巨大なハープを持った、石に座る人魚。
そして、天堂の元には、燃え盛る炎を身に纏いし、中型の翼竜。
海を連想させる人魚姫に、空を支配せし炎の翼竜。
海と空、対なる世界を彩る2体の怪物が、俺たちの前に立ちはだかる。
———って、
「お前それ、人造サーバントじゃねぇか!!!」
「あ、バレた?」
「テヘ♡」と、(全く可愛くはなかったが)可愛らしく舌を出して見せる天堂。
その、〈ネオ•ワイヴァーン〉を少しデカくしたようなフォルム。
燃え盛る炎と炎の狭間から見える、結晶と機械の中間のような表面。
急にサーバントができたと聞いておかしいとは思っていたが、こんなの、素人目から見たって人造サーバントなのは一目瞭然だ。
「......確かにお前の言う通り、〈メルト•ワイヴァーン〉は人造サーバントかもしれないけどよ。でもコイツは、俺のパートナーとして学園側から支給された、立派なサーバントなんだぜ?」
「............」
......んな、バカな。
確かにそういった話はよく聞くが、それにしてはタイミングが良すぎる。
それこそ、何かしらの不正を使ったのではないかと思うほどには。
何しろコイツは、バカな上に行動力の化身だ。自分の目的のため......もとい、可愛い女の子のためなら人に褒められないようなことだってできてしまう。
さすがに不正は冗談にしたって、何かしらをやらかした可能性は十分高い。
例えば、駄々をこねまくって、無理くり学園側から賜った、とかな。
「......と、思うかもしれませんが、事実ですわ。信じ難いことに、天堂君の功績は、正式に学園側から認られているんですの。それも、〈ネオ•ワイヴァーン〉の上位個体である、〈メルト•ワイヴァーン〉が支給されるくらいには。
だから、これは天堂君が駄々をこねてというわけではなく、日々の努力が認められたその証で、たまたま今回と重なっただけ。本当に信じ難い話とは思いますが、不正じゃないことだけは保証致しますわ」
「先生〜、なんか棘がないか〜?」
うん......まさにエスパーとしか言いようのないイリーナ先生の補足に、苦笑いを浮かべる天堂。
なるほど......本当に信じ難い話ではあるが、筋が通らないこともない。
それに、確かにタイミングは良すぎるが、決して可能性がゼロということもない。
実際、天堂の成績は優秀なわけだし、たまたまタイミングが重なるなんてことも十分あり得る。
......一応、本当に何もやらかしてないのかだけ、後で確認しておくとしよう。
親友として。
「......鏡美、とりあえずまずは作戦通りに———」
———と、俺が言い終わるその刹那、燃え盛る炎を身に纏った翼竜が、一瞬でフブキへと肉薄していた。
腕をクロスし、それをほぼ反射的に防御するフブキだったが、〈メルト•ワイヴァーン〉は空中へと飛び上がり、すぐさま体勢を立て直す。
からの、滑空攻撃。四方八方より行われる猛攻が、フブキに絶え間なく襲いかかる。
(なんだ———あの、デタラメなスピードは———!?)
一撃一撃の威力は高くない。されども、驚異的なのはその速さ。
〈ネオ•ワイヴァーン〉はもちろんのこと、その飛行速度は、空の支配者たる〈ハイ•ワイヴァーン〉にすらも引けを取っていない。
......いや。むしろ、体格が少し小さくなってる分、〈ハイ•ワイヴァーン〉よりも小回りが利き、攻撃と攻撃の間に隙がない———!
「まだまだッ!!」
その言葉の通り、〈メルト•ワイヴァーン〉はしつこくまとわりつき、凄まじい速度で滑空攻撃を繰り返す。
フブキはなんとか反応できているが、防戦一方。俺は未だに、その姿すら目で追えていない。
「ッ......!! フブキ、一旦後退だっ!! 鏡美!」
「う、うん!! サウンド•フォックス!」
すると、すぐさま俺の意図を察してくれた鏡美が、サウンド•フォックスに合図を出す。
———ソニック•ブーム。
凄まじい速度の衝撃波が、空中を飛び回る翼竜の姿を捉える。
だが———
『〜〜〜〜〜〜♫』
〈歌姫〉がハープの弦に指を触れ、美しい音色がその場に響き渡る。
すると、ソニック•ブームが翼竜へと届くその瞬間、空中でそのまま離散した。
「ちょっと、かなっち〜、うちのこと忘れてもらっちゃ困るんですけど〜?」
「「!!」」
およそ、戦闘中とは思えないテンションで、唇を尖らせる愛澤 恋歌。
......決して、忘れていたわけではない。
されども、あまりにも予想外の干渉に、俺も鏡美も完全に思考が停止していた。
「よっしゃ、れんたんナイスアシスト!!」
「だから、その呼び方やめてくんない? マジキモいんですけど」
真っ白な頭の中で響く、そんな場違いなやり取り。
と同時に、〈メルト•ワイヴァーン〉も元の場所へと後退していき、俺もどうにか現実世界へと意識を戻す。
「フブキ! 大丈夫か!?」
「うん......なんとか......」
〈メルト•ワイヴァーン〉が後退したのを見計らい、膝をつくフブキの元へと駆け寄る俺。
......見たところ、目立つような傷はない。
だが、あの鉤爪のせいか所々切り傷があり、服も一部が焼け焦げてしまっていた。
しかし、あのフブキが、たった少しの攻防でこの有様。
少なくとも、一回戦の相手とは格が違っていた。
「どう、かなっち? これがうちらの実力。これなら、アンタたちに勝つのだって夢じゃないよ?」
「はっ......まだ始まったばかりだろ? 勝ち誇るには、ちっと早ぇんじゃねぇか?」
「ひゅ〜、言うねぇかなっち? そういうとこ、うちはカッコいいと思うよ? ただね———」
すると、いつかの彼女がそうしてたように、そのエメラルドの瞳が、獲物を狙う蛇のものへと変化する。
「そっちが様子見してたように、こっちも少し観察してただけだから。
———お互い、こっからが本番っしょ!! トロイ•マーメイド!!」
『———!!』
———瞬間、ハープを構え、〈歌姫〉が美しい旋律を奏で始めた。
すると、すぐさまそこに美しい歌声が加わり、穏やかで、広大な海原を思わせる幻想が、その場に完成されていく。
「うぉ〜〜〜〜!!!! み な ぎ っ て き た———————!!!!!!!!!!」
「アンタに使ったんじゃないし、いいから早くやって」
「わ、分かったよ......行け、〈メルト•ワイヴァーン〉!!!」
すると、〈メルト•ワイヴァーン〉がこちらへと身体の向きを変え、そして消えた。
次に気づいた時にはもう、丸腰のフブキへと肉薄しており、そのまま強烈な体当たりをかます。
(なんだ......!? さっきまでとは、まるでスピードが......!!)
そんなことを考えている折にも、フブキはどんどん押し込まれていき、あっという間に後方へと下げられていく。
......スピードだけではない。パワーだって明らかに違う。
いくらスピードが上乗せされてるとはいえ、あのフブキが正面から力負けするなど———
「ッ! もしかして、あの歌か!?」
〈歌姫〉があの歌を歌い出した瞬間———あの広大な海原が出現したその瞬間、〈メルト•ワイヴァーン〉の動きが変化した。
もしあの歌に、強力なバフ効果があったとしたら?
それによって、〈メルト•ワイヴァーン〉が強化されているのだとしたら———?
......もしそうなのだとすれば、先に叩かなければならないのは———
「近づけさせねぇよ!!!」
と、そんな俺の思考を見抜くかのように、燃え盛る翼竜が体勢を変え、再びフブキに猛攻撃を仕掛ける。
幸い、先程の攻撃を一度受けていたからか、かろうじて防御は追いついている。
だが、それに専念させられるあまり、フブキはその場から一歩も動けていない———!
「ならば、私が....... サウンド•フォックス!!!」
「ガウ!!」
サウンド•フォックスが口を開き、凄まじい密度の衝撃波を作り出す。
———コンプレス•ロア。
極限まで圧縮された衝撃波が〈歌姫〉向かって飛んでいく。
......しかし、辺りに広がる大海原の幻想が、牙を剥くその暴威を一瞬にして飲み込んだ。
「そんな......!? なんで......」
「ふふん。そんなこと言って、本当は気づいてるんしょ? アンタのサウンド•フォックスじゃ、うちの〈歌姫〉には届かないって」
「!?」
———鏡美 雛子の最大の火力技、コンプレス•ロア。
信じ難いことに、ソニック•ブームとは比べものにならないほどの威力を有しているこの技すら、〈歌姫〉の力によって打ち消されてしまった。
......ここまでくると、もはや威力がどうこうとか、そういう問題ではない。
もっと別の......何か根本的な、鏡美の攻撃手段が封じられてしまっている。
(なんなんだ......この場で一体、何が起こっているというんだ........!!)
ジリジリと追い詰められていく感覚に、俺の全身が徐々に焦りに染まっていく。
音を操る鏡美の技が全て封じられ、戦場を飛び回る炎の翼竜が、〈歌姫〉の奏でる旋律に奮起し、フブキの行く手を阻む。
———そしてその全ての事象が、あの場で旋律を紡ぐ〈歌姫〉を中心に引き起こされている。
言うならば、場の完全なるコントロール。〈歌姫〉による、〈歌姫〉のためのコンサート会場。
今やその演目の全てが、主たる愛澤 恋歌の手によって握られてしまっている。
「———さぁ、かなっち。優勝は、うちらがいただいていくよ」
そんな、絶望的な宣告とともに、俺たちの試合は佳境を迎えていく。




