第1章 編入生 ♢2
(とは言ったものの......一体どうしたものか)
と、そんなことを思いながら、俺は目の前に広がる現実にため息をついた。
———編入生、鏡美 雛子を【レジスタンス】にスカウトする。
【レジスタンス】リーダー、不知火 焔より課されたこのオーダー。
どうやら、思っていた以上に難易度が高そうだった。
......というのも、俺が顔見知りだからっていう以前に、彼女の性格的に厳しい部分があるのだ。
実際さっきから、
「ねぇ、鏡美さん。お休みの日とかって、何をしてるの?」
「え........? えぇと......それは........(もじもじ)」
「なぁ、鏡美。お前、〈中等部組〉なんだって? すげぇよな、どんなサーバントと契約してるんだ?」
「あ........えと......そんな大したものじゃ..........(もじもじ)」
「キャー!! もじもじしちゃって、かーわーいーいー!! ね、ね! 鏡美さんって、好きな人とかいないの!?」
「ふぇっ......!? そ、そんな........私、好きな人、なんて.........!!!」
「はい、は〜〜い!! そういうことなら俺今フリーだし、彼氏立候補しちゃおうかな!!」
......とまぁ、こんな感じなのである。
勝手に始まってしまった、クラスメイトたちの質問攻撃に、気の弱い鏡美はたじたじになってしまっていた。
なるほど......確かにこれでは、不知火とは相性が悪いかもしれない。
アイツは、いちいち回りくどい言い方をしながらそれでマウントを取り、自信を保ちながらコミュニケーションをする傾向がある。
俺だって、最初出会った時はかなりドン引きしたっていうのに、引っ込み思案な鏡美にとっては、軽くホラーでしかないだろう。
もしかしたらトラウマになってるかもしれないし、これでは俺が【レジスタンス】という単語を出した時点で逃げ出してしまうかもしれない。
いや。そもそもこの調子では、話しかけた時点でアウトではなかろうか?
向こうが俺のことを覚えているかは不明だが、可能性としては十分あり得る。
......後、どさくさに紛れてふざけたことを言っていた天堂には、俺が鉄拳制裁を加えておいた。
「はーい、ちょっとしつも〜ん」
そう言って手を上げたのは、ジャラジャラとしたアクセサリー(校則違反)を身につける、派手めな金髪女子生徒だった。
確か名前は———愛澤 恋歌。
気怠げに手をヒラヒラとさせながら、ギャル特有のやけに間延びするような声音で続ける。
「編入ってことはさー、前の学校は辞めたってことだよね? なんで、そうまでしてこの学校来たん?」
瞬間、クラス内の空気が凍りつき、見事な永久凍土が完成した。
......いや、さぁ。
確かに、ギャルはコミュ力おばけってよく聞くけどさ、さすがにこれは度を越してないか?
そんなこと聞く、普通?
大勢が見てる中で、しかも初対面で、そんなデリケートな部分聞いちゃっていいもんなの?
しかし、そんな俺たちの胸中などつゆ知らず、愛澤 恋歌は実にマイペースな調子で続けた。
「別に詮索するつもりはないんだけどさー? ほら、うちの学校ってちょっち特殊じゃん? 学校辞めちゃうような子が大丈夫なのかなーって、うちも心配になっちゃうわけよ。前通ってたのって、普通の学校なんしょ?」
空気を読まずになお、ズバズバと切り込む愛澤 恋歌。
言葉の端々から、彼女自身に悪気がないのは伝わってくるが、それにしたってこれはやりすぎだ。
言われてる本人だってそうだろうし、見てるこっちも胃が痛くなってくる。
「怖ぇ〜......ギャルってこんな怖かったのかよ........」
「お前が言えた話じゃねぇだろ。開幕早々ナンパしてやがったくせに」
と、体を震わせながらまたもやふざけたことを言っている天堂に、俺はジト目でツッコミを入れる。
言っとておくが、お前の行動だって、初対面からすれば充分怖いわ。
......とは言え、確かに天堂の言う通り、この空気はあまり良くない。
見てるこっちも辛いし、それに何よりフブキの教育にも良くない。
そうじゃなくても、周囲の変人たちのせいで変なことばっかり覚えちゃってんのに、これ以上の悪影響は勘弁だ。
このままでは、フブキに待ってる未来は、ギャル、不良、ナルシスト。
下手をすれば、一番最悪なドロドロ恋愛妄想娘なんかになってしまうかもしれない。
というか、母ちゃんの接してる時間が一番長いわけだし、可能性としては一番あり得る。
未だに、例の本は 夜な夜な読んでいるみたいだし、本当に困りものだ......
......いや、待てよ?
そうか! その手があったか!!
「フブキ。例の本、持ってきてるか?」
「例の本? これのこと?」
隣に座るフブキにこっそり耳打ちすると、彼女は懐から一冊の本を取り出す。
『今宵、あなたに優しく抱かれたい』
......うん。相変わらず学校に持ってくるのはどうかと思うような本だが、この際そんなことはどうでもいい。
持ってきてくれていただけ幸運だ。
「フブキ。しばらくその本読んでていいぞ」
「え......いいの? ほーむるーむ中だよ?」
「いいの、いいの。その代わり、あんまり見えないようにな?」
不安げに聞いてくる彼女に、(自分なりに)爽やかな笑顔で答える俺。
最初は困惑するような様子を見せるフブキだったが、しばらくしてから「......分かった」と首を縦に振ってくれた。
......よし。これで彼女が本の世界に集中してくれれば、周りでどんだけバチバチバトルを繰り広げていようが、耳に届くようなことはない。
ましてや、集中力の高い彼女のことだ。
周りで何が起きていようと、全てがノイズでしかないだろう。
———これぞ、〈ぼっち流回避術 其の弐•読書明鏡止水〉。
これは、全部で17個ある〈ぼっち流回避術〉の基本中の基本。
読書の世界に没頭し、周りのうるさい会話や雑音といったものを完全に遮断することができる技だ。
最初は、周りの音に気を取られて集中できないかもしれないが、しばらく鍛錬を続けていると、それも気にならなくなる。
やがては、文字から頭の中に直接映像が送られてくるようになり、視界すらもそれに書き換えられる。
まさに、見えているものは己の心と、本の世界のみ。
あらゆる邪念や雑念と切り離され、言葉通りの明鏡止水が完成するのだ。
ちなみに、まだ慣れないうちは、とりあえず文字を追うことだけに集中することをオススメするぞ。
授業中は、なるべく机の下に隠し持つようにしながら視線を落とし、見つかりそうになったらすぐさま仕舞えるような状況を作っておくとなお良し、だ。
......さて。
それはともかく、これでフブキに対する悪影響は減ってくれるはず。
結局、読んでるものが読んでるものなんだから本末転倒ではあるんだが......どうせそれに関しては手遅れだし、新しい悪影響が生まれるよりかはよっぽどマシだ。
どのみち、サーバントであるフブキが何をしてようが、周りから気にされるようなことはない。
何かを壊すとか、周りに迷惑をかけるようなことさえしなければ問題にはならない。なったとしたって、俺が少し注意を受けるくらいだ。
......ということで、彼女には思う存分に本の世界を楽しんでもらうとしよう。
後は、俺がこの地獄を頑張って耐えればそれで終わり。
俗に言う、野となれ山となれってやつだ。
「コラ! 編入早々、変なことを聞くんじゃありません!
鏡美さんには鏡美さんの事情があるんです。あまり踏み入った質問は———」
「あ........大丈夫、です。別に........大した理由では、ありませんので......」
この地獄のような状況をどうにかしようと声を上げたイリーナ先生を制止したのは、意外なことに、その渦中にいる鏡美自身だった。
周りの誰もが困惑に思う中、張本人である愛澤自身も、訝しげに眉を寄せる。
「......ふーん? ちょっち意外。でも勘違いしないでね。うちは別に、アンタにイジワルしたくて聞いてるんじゃないの。アンタと仲良くなりたいから聞いてあげてるんだよ?」
「うん......知ってる。私も、皆さんと仲良くなりたい、から。......だから、ちゃんと話します......」
控えめな態度は変わらないものの、1人で愛澤 恋歌の圧にぶつかっていく鏡美。
———昨日も思ったが、やはり彼女は勇敢だ。
決して強くはなく、それでも確かな芯がある。
あの強大な〈ハイ•ワイヴァーン〉に、1人で立ち向かっていったように。
「皆さんも気づいているとは思いますが......私は、前の学校を辞めました。だからこその編入......なんです。でも......決してイジメられてたとか、親の都合とかじゃないんです。自分で、辞めようって決めたんです。
........もう、逃げたくないって、思ったから........」
「「「「?」」」」
重々しく明かされた彼女の告白に、クラス中の頭にはてなマークが浮かんだ。
だが、それも当然だ。
彼女の言葉には、いくつもの矛盾がある。
逃げたくないから学校を辞めたって......彼女には悪いが、結局前の学校から逃げてることと変わらないではないか。
しかも、イジメや親の都合ならともかく、自分自身の意思で辞めたっていう部分も引っかかる。
だが、俺たちのその疑問は、彼女自身の言葉によってかき消されることになる。
「私は......皆さんの言う〈中等部組〉です。つまり、皆さんと同じ召繋師なんです。少しだけ、先輩の。
........だけど私は、一度その道を諦めました」
「それはなんで?」
「それは......怖く、なったから........」
「?」
首を傾げる愛澤 恋歌に、鏡美 雛子は自分の胸の内を明かした。
「私のサーバント、〈音狐〉サウンド•フォックスは........非常に強力な力を持っています。それも、人を簡単に傷つけてしまえるような力。
実際に私は......訓練中、ある人を傷つけてしまいました。......だから、怖く、なったんです。また、誰かを傷つけてしまうんじゃないかって」
震える声で、そんなことを語る鏡美。
......でもなんとなく、俺には彼女の気持ちが分かる気がした。
———自分のサーバントが、誰かを傷つけることが怖い。
俺だって、フブキのことを思うと想像しただけで怖い。
もし彼女の力で、誰かを傷つけてしまったら?
取り返しのつかない過ちを犯してしまったら、その時俺は何を思うだろうか?
......少なくとも、その先俺は自分のことを許すことはないだろう。
俺が彼女の立場ならば、絶対に塞ぎ込み、全てを擲つ。
だが———
「でも........思ったんです。そこで逃げてしまったら、私は全部あの子のせいにしてるんじゃないかって。自分のパートナーに......罪を押し付けて逃げてるんじゃないかって。
あの子にはなんの罪もない........全部、私の弱さが原因なのに........。
......だから、私は強くなりたい。胸を張って、あの子のパートナーって......言えるようになりたい。だから、私はここに来たんです」
途切れ途切れになりながらも、強く言い放つ鏡美。
彼女の決意と勇気に、その場にいた誰もが面食らった。
———普通ならば、きっとそんな風には思えない。
これは、彼女の強さがあればこそ、成し遂げられることだ。
過ちを犯してもなお、前を向いて進み続ける強さ。
彼女だからこそ、口にすることができる言葉だった。
......やがて、しばらく何も言わずに聞いていた愛澤 恋歌が、身に纏うアクセサリーを揺らした。
何か考えに耽るような仕草を見せた後に、なんかのアニメであるようなポーズで、ビシッと指を差す。
「........決めた。アンタ、うちのマブダチ決定な」
「ふぇ........? ......え!?」
愛澤の口から飛び出たとんでも発言に、完全にフリーズしてしまう鏡美。
すると、その様子を見た愛澤は、実に不満そうな様子で口を尖らせる。
「何その反応。普通に傷つくんですけど〜〜。 ......それとも、ひなぴはうちとダチはイヤ?」
「ひな........? え? ......いや、じゃ、ない........けど........」
「じゃあ、決定な! よろしく頼むぞ、ひなぴ!! うちがしっかり、守ってやるからさ!!」
困惑する鏡美をよそに、まさしく満天の笑みを浮かべる愛澤 恋歌。
正直言うと、めちゃくちゃ可愛い。
元々美人だとは思っていたが、笑うとそれがより一層輝く。
気怠そうにしてないで、普段からそうやって笑っていればいいのに。
そうすれば、もっと男子からも怖がられないで済むと思うんだけどな。
......とまぁ、そんなことはどうでもいい。
最初はどうなるかと思ったが、これで編入生である彼女にも友達ができた。
少し変だし、強引で空気が読めないところもあるが、決して悪いやつということはない。
宣言通り、鏡美のことを守り、そして引っ張っていってくれるはず。
彼女のことをそこまで知っているわけではないが、きっと良き友人になってくれることだろう。
(ま、これはこれで、ちょっと困ったことにもなったんだけどな......)
彼女に友達ができたのは大変喜ばしいことなのだが、その相手が愛澤 恋歌というのは、俺にとってはかなり厄介なことだ。
見た目からも分かるように、彼女はクラス内でもバリバリの一軍女子だ。
つまりこれからは、彼女の取り巻きも含めて、皆鏡美の近くに集まるということ。
そうなってしまえば【レジスタンス】という単語も出せなくなるし、そもそも男である俺があの輪に入っていくのも難しくなる。
下手をすれば知り合いだということもバレ、さらに面倒な事態に発展する恐れもある。
愛澤 恋歌がどういう人物なのかはよく分かってないが、マブダチだと明言してる以上、バレたら何をされるかたまったもんじゃない。
それこそ、リンチにでもされるんじゃないか......?
だって、ギャル怖いもん!
........はぁ。
今回のオーダー、開幕早々、本当に前途多難だ。
元から難易度が高かったというのに、後から後にかけてどんどん跳ね上がっていっている。
こうなった以上、もっとじっくり作戦を練る必要もあるし、さらに 難易度が上がる前に手を打った方がいいだろう。
そんな、思わぬ強敵の登場に、また俺の悩みの種が増えてしまったのであった。




